第15話 裏の進行①
人口およそ900万人、総面積は約2500㎢。85の鉄道路線が敷かれた、内陸の最盛地である。
見渡せば縦に長い石造りの建物が乱立し、人の往来に切れはなく、昼夜問わず明かりが灯る。この街もそこに住む人々も、皆眠ることを知らない。
その地の東部に、一際巨大な施設がある。この世界のほとんどの建築物に
その広さ、およそ 100万㎡。ネズミやアヒルが夢を与えてくれる国の、ほぼ倍の面積である。
高さ5メートルの壁で円状に囲われた中には無数の建物がひしめき合っており、外観はもはやビルなどというものではない。言うなれば、城。それはまさしく巨大な城だ。
ドアが、コンコンと音を立てる。
『入れ』
部屋の奥、窓を背にしたところにある机に腰掛けていたサザデーがそれに答えると、入って来たのは1人の男。桜色の華やかな長髪をひとつに結い、エメラルドのような瞳を持った長身の人物。
『なんだお前か、アルバノ。何しに来た』
『ええまぁ、ちょっとした報告に。しかしここは相変わらず殺風景な部屋ですね。物が無さすぎて寒々しい。仮にも元帥執務室なんですから、もっとこう、
アルバノは机と小さな棚しかない部屋を見渡し、苦い顔をする。
『ほう……己の威厳を示すために物に頼れと? つまらんことを言うようになったな、アル』
『あぁ〜はいはい分かりました。このままでいいですよこのままで』
煙管を
『で? 何を伝えに来た』
聞かれた瞬間、アルバノが一気に神妙な面立ちになる。
『界境付近のツェルノ地区。先月末、奴らはそこに新たな基地を建設しました。把握した限りでは少なくとも1500人が駐屯、中型戦車7つを配備。さらに、長距離弾道ミサイル射出筒ふたつが建てられている最中とのことです』
『ほう、我らの領土侵攻への足掛かりをまたひとつ増やしたというわけか。連中もなかなかマメに働くようになったものだ』
『ええ。人間共もこの15年に渡る
『予想通りじゃないか。それを見越した上であの小僧を呼んだのだから。有事の際は存分に働いてもらうとしよう』
『しかし……本当に役に立つのですか、あの
『まだ疑問は晴れないか』
『当たり前だ。逆にあなたは、あんな奴が我々の切り札になると本気で思っているんですか』
『なるのではない。するんだよ。なんとしてもな』
サザデーは口から煙を吐き、机の上にある灰皿に煙管の灰を落とした。
『それに問題はもうひとつある。サザデーさん……本気で彼を我らが憲征軍に迎え入れるつもりですか』
『ああ。なにか問題あるか?』
『大ありだ。彼は人間なんですよ。必ずそれが仲間にいることを気に入らないと思う兵士は出てくる。それに敵対する種族の者を迎え入れたとあっては、我々上層部への反感を抱く者すらも現れるでしょう』
『ああ、それについては手を考えてある。気にすることはない』
『気にするなって、あなたね……』
アルバノはいかにも納得いかぬといった表情をする。
『気持ちは分かるが、そう心配するな。彼は必ず、我々にとっての良い
『はあ? なぜそう言い切れるんです』
『分かるんだよ。いや……
そう話すサザデーは、どこか遠い目をしていた。
『……なぁにを言ってるんだか。やっぱり貴方は変な人だ』
アルバノは呆れてため息をつく。
『それにあれからユウヤ君も多少はマシになったそうじゃないか。お前の仕置きが効いたんじゃないのか? ユリンが怒っていたぞ。彼に余計な怪我をさせるな、とな』
『僕にあいつの性根を叩き直すよう命じたのは貴方でしょう。言いつけ通りにしたまでですよ』
『誰が半殺しにまでしろと言った? 全く……彼は相当お前の
『あの甘ったれた精神も勿論ですが、僕は何よりあの黒い瞳がどうしても気に入らない。異界の出身とはいえ、なぜ人間などの手を借りなければならないんですか』
アルバノがそう言った途端、彼を見るサザデーの表情が急に険しくなる。
彼女の背後で、窓ガラスがピシリと音を立てる。
『……アル。そのくだらん選民思想が、お前の唯一にして最大の欠点だ。改めろと何度も言ったはずだが? それではお前自身が何よりも嫌悪する人間共とやっていることが変わらんぞ』
彼女の視線は重く、鋭く、そしてぶ厚かった。目は口ほどにものを言うとはよくいったものだ。
それに晒されたアルバノは額に脂汗を浮かべ、顔を逸らそうとする。しかし首から上どころか、自身の眼球さえも動かせない。サザデーの瞳から、そこから発せられる引力から、逃げられないでいた。
『……失言でした。撤回します』
彼がそう言うと、サザデーは目元の力を緩めた。
凄まじく鋭利な眼光から解放されたアルバノは軽く息を切らし、心臓の鼓動を落ち着かせる。
『ま、ダメならダメでいいじゃないか。仮にユウヤ・ナモセが死んでも、また新しい転移者がやってくるだけだ。そいつを使えば良い。そいつもダメなら、また次だ。駒は無尽にいるんだからな』
『……我々には時間が無いと言っているでしょう。 新しく呼び寄せたそいつをまた1から鍛える余裕なんてありませんよ』
『確かにそれもそうだが……いや、もう考えるのはよそう。もう来るところまで来たんだ。あとは我が
『ユリンちゃんはよくやっていますよ。しかし教育者がいかに有能であったとしても、不出来な教え子を支え続けるには限度がある。結局はユウヤ・ナモセ本人がどうにかするしかない』
『やれやれ、前途
『
『分かっている。だがユウヤ・ナモセの訓練期間は残り半年。それが終わるまでは今まで通りにやるしかない。お前にも苦労をかけるぞ』
『構いません。出来ることは何でもやる。我ら
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