過去と内なる声

 私は、幸せだった。


 将来の夢は別であったけれど、それとは関係無く今が幸せだった。


 家族が居て、色んな場所に出掛けて……お金は無くても幸せだった。


 でも、私はただの役立たずだった。


 商売は下手くそで売り文句も無し。商品探しも下手くそで、自分の魔法もろくに扱えない。


 そんな私はいつからか見捨てられ始めた。


 「私のせいで商品が売れない」


 「私のせいで人が来ない」


 「私のせいでお金が無い」


 「私が産まれたから不幸なんだ」


 私はそう言われて、殴られて、蹴られて、罵られて、ボロボロにされた。そうして気付けば、私の家族は消えていた。


 それから私は沢山勉強した。売り文句、集客、笑顔、お金の使い方、全部勉強した。全ては、私が昔持っていた一つの夢の為に。


 でも、やっぱり私は外には出られない。私の運命は、生まれた時から定められている。だから、外には出られない。


 ……でも、もしかしたら。アタエちゃんとなら、もしかしたら。


 ――出られないよ。


 それは、私にそっくりな声。私にしか聞こえない声。私が希望を持てば、いつもこの声が邪魔してくる。


「やめて、邪魔をしないで……」


 ――何も出来ないあなたがどこにも行ける訳がない。


「そんなことない……アタエちゃんとなら……」


 ――あなたは役立たずだから。





「やめて!」


 私が勢いよく起き上がると、そこは昨日の森の池でした。私の身体は汗だくで、ベタベタして気持ち悪いです。


 私はささっと服を脱いで池に入り、そこで軽く水浴びをします。池の冷たい水は、私の目を覚まさせてくれました。


「あれは夢。私はきっとアタエちゃんと外に出れる。きっと自由に……」


 私から滴る水が一滴、その池にぽちゃんと気付けば落ちていました。





「さて、アタエちゃん! 今日はこの魔法の枝とその他諸々を持って、また商売だよ! 今度こそガーネストロで大金を稼ぐんだから!」


 私は勢いよく拳を突き上げます。そしてアタエちゃんの方を見ると……何となく昨日より元気が無さそうに見えました。


 でも私は気にせず荷物を背負い、アタエちゃんを連れて森の外へと向かいました。


 何事も問題なく首都ガーネストロに到着すると、いつものようにテントを張り始めます。テントを張り終わると、青い絨毯を敷いて商品を並べます。後は商品に値札を付けて準備完了です。


 私はアタエちゃんを私のとなりに座らせます。大丈夫、双子ってことにするか、魔法で作ってもらった事にすれば良いはず。


 ――ゴーン。ゴーン。ゴーン。


「ほら、始まったよアタエちゃん! ……アタエちゃん?」


 何だかアタエちゃんはいつもより影が薄い感じがしました。それに、何だかブルブルと震えているような……っあ、お客さんだ!


「いらっしゃいませ! 何をお求めで?」


「えっと……それじゃあその魔法石を……きゃぁぁぁ!」


 そのお客さんは突然悲鳴を上げて崩れ落ちてしまった。私はすぐにそのお客さんの視線の向く先を見る。するとそこには、身体を黒く歪んだ“何か”に変化させたアタエちゃんがいた。アタエちゃんはテントから飛び出てガーネストロの広場を飛び回り始めた。


「化け物よ! 早くミスコット城の兵を!」


 アタエちゃんはあちこちを飛び回り、広場を滅茶苦茶にする。私のテント以外のお店は商品を滅茶苦茶にされて、もう商売が出来ないような状態だった。


 私は飛び回るアタエちゃんを追いかけながら必死に呼びかけます。


「もうやめて! もうやめてよ……アタエちゃん!」


 その瞬間、アタエちゃんの動きが宙で止まりました。けれど、お城の方からは沢山の兵士がこっちに向かってきていました。私はジャンプして黒く歪んだアタエちゃんを抱え込みます。


「あそこに居たぞ! 捕まえろ!」


 私は腕の中で暴れるアタエちゃんを必死に押さえます。身体が引っ張られるくらいの強い力……何で、こんなことに……。


「追い詰めたぞ! 錬金部隊、攻撃準備!」


 前から現れた兵士と後ろから追いかけてくる兵士に、遂に私たちは追い詰められてしまいました。錬金部隊が武器や捕獲網を作り出したら、もう私たちの逃げ場はありません。


 ……もう、これで本当にお終い。


 その瞬間でした。アタエちゃんの力で私の身体は宙に浮きました。そしてアタエちゃんの引っ張る力で、私の身体はそのまま城下町の外へと向かって行きます。それは兵士達でも追い付けないスピードで、私たちは何とか逃げ切ることが出来ました。





 何とか逃げ切って城下町の外に出れた私たち。アタエちゃんは黒く歪んだ“何か”から姿を変えて元の“私”になりました。城下町にはもう、戻れません。私は自分用に持っておいた魔法の枝と珍しい薬草しか持ってません。もう、何も出来ません。


 私は俯いたままどこかへと歩き始めます。すると、アタエちゃんも真似するように私の後ろをついて来ます。


「もうついて来ないで!」


「…………」


 アタエちゃんの動きが止まります。


「もう、十分でしょ……私から何もかも奪って……。あなたはただ私に寄生してるだけ! あなたは私が居ないと何も出来ない、ただの“役立たず”よ!」


「…………」


「もうついて来ないで……どっか行ってよ! 私の前から消えてよ!」


 その瞬間、私の脳裏に過りました。私が両親から捨てられたあの日。


 そうあの日、私は同じことを言われました。


『何も出来ない役立たずなんていらないわ。もうついて来ないで。二度と私たちの前に現れないで』


 そう言われて、私は捨てられました。


 私は我に返ります。私はアタエちゃんを止めようとします。


 けれどアタエちゃんは、もうそこには居ませんでした。


 私は、今度こそ、本当に全てを失ってしまいました。


――あなたも所詮あの両親と同じ。


――あなたは何者にもなれない。


――あなたは役立たずよ。


――あなたの運命は生まれた時から決まってるの。


「うるさい……うるさい! 何で、私は私の道を歩めないの……」


――あなたはどこにも行けない。


――あなたの夢は、決して叶えられない。


「私に決めさせてよ……私の、私だけの道を歩ませてよ……生まれた時から運命が決まってるなんておかしいよ……」


――私の道は、私に決めさせてよ!


 その瞬間でした。私を包み込んでいた声が突然消えて、私の中から様々な色が混ざった霧の様な靄が現れました。アタエちゃんは空間が歪んだ様な存在だったけれど、これは違う。


 靄は私の周辺を霧で囲い、私を閉じ込めました。

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