もう一人の私

 私が目を覚ますと、そこはいつもの草原でした。


 でも、何かが違いました。違和感の正体は、夜の暗闇に隠れて漂う黒く歪んだ“何か”のせいでした。“何か”は私が目を覚ましたことに気付くと、大きく蠢いて私の足元に集まり始めました。


 そして、それは徐々に“形”になっていきます。


 まずは足。それから下半身、上半身、腕から手。最後に顔が出来上がると、そこに居たのは黒い“私”でした。真っ黒で光を一切通さない“私”。


「ど、どういうこと……一体何が……」


 私はその子から距離を取りますが、対してあの子は何もしてきません。よく見れば、その子はずっと私の右横を見つめています。私は何となくその視線の先を追うと、そこには盗まれたはずの薬草があったのです。


 ――“色”を高める薬草。


「あなたが、取り返してくれたの?」


「…………」


 …………。


 …………。


 何を考えてるのか分からない!


 この子は魔法使い? ううん、何だかよく分からないモノから魔法使いになったから魔物? う~ん、でも魔物なら襲ってくるはずだし……。


 とにかく、今はそっと距離を置こうかな……。


 私はその子から少しずつ距離を取ります。すると、その子も少しずつ私に近づいて来ます。私は少し駆け足で距離を取ります。すると、その子も少し駆け足で私に近づいて来ました。


「あなたは、誰?」


「ア……タハ……レ?」


「え?」


「エ?」


 私は首を傾げます。すると、その子も真顔のまま首をちょこんと傾げました。


「ふ、ふふ……あははは!」


 私は何だか、怖さよりも可愛さや面白さが勝って笑ってしまいました。久々にお腹を抱える程笑いました。そんな私の姿を見たもう一人の“私”は、無機質な声で不器用に笑い始めました。


「あぁ~あなた、怖い魔物さんじゃないのね」


「コワ……マモノ……」


「あなた、名前は?」


「アタ……エ……?」


「アタエ?」


 それはきっと、ただの言葉の反復。けれど、私はこの名前でいいと思いました。


「それじゃあ、あなたはアタエね。よろしくね!」


「ヨロ……シク……?」


 私は手を差し出します。するとアタエちゃんもやっぱり真似をしました。私はアタエちゃんの手を取って握手をします。


「よ・ろ・し・く、ね!」


 私は、ようやくお友達を見つけられた気がしました。


 こんな世界の中で、たった一人のお友達を。





 ――翌日の朝。


「さてと……アタエちゃん、今日は明日の商品を調達しに行くよ! 良い場所を知ってるから、早く行くよ!」


「ショーヒン? イ……バショ……?」


 首を傾げるアタエちゃんを連れて、私はいつもの森の中へと入っていきました。森の中は精霊さんの魔力で空気が透き通っていて、とても心地が良いです。


 風でざわざわと揺れる木々と、その間から漏れる木漏れ日。全てがまるで昔読んで貰った絵本から飛び出したみたいで、とっても好きです。


「さて、アタエちゃん。今日は魔法の枝を探すよ! 魔法の枝には精霊さんの魔力が籠っていて、それを元に魔法の杖を作れるの! まぁ、作るには色んな勉強と魔法が必要なんだけど……」


「ツ……エ? エ……ダ?」


「とにかく! アタエちゃんは私についてきてね! そしたら分かるから!」


 私は試しに近くの大きな木に耳を当ててみます。小さく聴こえる鼓動とキラキラと流れる魔力の音。でも、力強さが足りないかな。


 私が他の木に耳を当て始めると、アタエちゃんも真似し始めました。でも、アタエちゃんは耳は当てるけれども、ぼーっとした顔でずっとこっちを見てきます。


 ……多分、何も分かってなさそう。


「アタエちゃん、こっちこっち」


 私がアタエちゃんを手招きすると、アタエちゃんはちょこちょこと歩いて、私の元に来てくれました。


「アタエちゃん。ここに、耳を、こうやって、当ててみて」


「コ……ミミ……アテ……」


 私の真似をして、アタエちゃんは木に耳を当てます。すると、アタエちゃんは驚いたように倒れ込み、木から後退りしました。私はその様子がまるで赤ちゃんのようで、何だか微笑ましかったです。


「ふふ……ビックリした? この木は大きな鼓動に、透き通った魔力。私達が探していた木だよ。まぁ、私も最初は驚いたから気持ちは分かるよ」


 私はアタエちゃんの手を取って起き上がらせます。


「っさ、この近くで木の枝を探すよ! 一応、枝の魔力にも耳を澄ませておいてね!」


 さて、木の枝を集めなくちゃ。


 私はあの木の近くに落ちてる木の枝を拾って耳を当てます。さっきと同じ音がしたら、そのまま拾ってポケットに入れます。


 アタエちゃんは……私の真似をしてたまに魔力の音に驚いてます。驚いたアタエちゃんはそのまま木の枝を捨てちゃうので、私が拾います。


 ……うん、逆に反応があって分かりやすいかも。





「さて、枝~枝~魔法の枝~」


 のんびりと探していたその時でした。突然私の後ろで爆発音が聞こえたのです。私は驚いて腰を抜かし、そのまま後退ります。


「一体、何……が……」


 そこには、大きな斧を振り下ろしてきたゴブリンと、その斧を防ぐアタエちゃんの姿がありました。


「アタエちゃん!?」


 アタエちゃんはそのまま真っ黒な歪んだ“何か”に姿を変えて、大きな斧からゴブリンの方へと向かっていきます。その動きはまるで蛇のようで、何だか恐ろしかったです。


 ゴブリンも何が起きたのか分からず、その大きな斧をあちこちに振り回します。けど、それらは一切アタエちゃんには当たりません。アタエちゃんは遂にゴブリンの大きな身体全体に巻き付き、飲み込んでいきます。


 強い風が吹き荒れた後、もうそこにはゴブリンは居ませんでした。黒く歪んだ“何か”は1ヶ所に集まっていくと、また元の“私”の姿に戻りました。


 戻ったアタエちゃんは、何だか目に生気を感じられなくて、とっても恐いです。真っ黒な目で、ただじっとこちらを見つめていました。


「アタエ……ちゃん?」


 震える私の声を聞いたアタエちゃんは、真顔のまま首を傾げました。真顔のままなのだけれど、何となくさっきより温かさを感じて安心しました。


「はぁ~恐かった~」


 私は地面に倒れ込んで仰向けになり、大きく息を吸って吐きました。気付けばもう日は落ちてきていて、森を出るには遅い時間でした。


「そうだ、アタエちゃん! 私ね、良い場所を知ってるから、今日はそこで夜を明かさない?」


 私は首を傾げるアタエちゃんを引っ張ってある場所に向かいました。


 そこは、小さな池。池の周りには木が沢山生えているんだけど、池の真上だけは空がよく見えるように開けています。


「さて、テントを張らなきゃ!」


 私が準備をしている中、アタエちゃんは物珍しそうにずっと上と池を見比べていました。


 ……何だか、昔の私みたい。


「ほら、アタエちゃん、こっちこっち」


 私はアタエちゃんを呼ぶと、私の隣にちょこんと座らせました。ここは池と空がよく見える絶好のテントスポット。けど、その本領を発揮するのはもっと日が落ちてからかな。


「アタエちゃん、私ね、本当は商人じゃなくて冒険家になりたかったの」


 私は池を見つめながら話を続けます。


「でも、冒険家になるには魔法のお勉強もしないといけないし、やっぱりお金が必要だった。私のお家は貧しかったから、こうやって商人として生活するのが当たり前だったんだ」


 私は、口が動くがままに話を続けます。


「でも私、商人は向いてなかったみたいで、いつも迷惑ばかりかけて、全然役に立たなかった。だから私、すっごく頑張って商人のお勉強をしたの。笑顔の練習から売り文句まで、沢山練習した。その結果、私は今アタエちゃんと一緒にここにいる」


 私はアタエちゃんの方へ顔を向けます。


「私ね、アタエちゃんのお陰で冒険家みたいになれて、とっても楽しいし嬉しいよ! だから……ね」


――ありがとう。


 その時でした。私とアタエちゃんの間を、小さな光が横切っていきました。そう、気付けば日は完全に落ちていて、私が見せたかった光景が広がっていました。


「ほら、アタエちゃん、見て」


 そこには、小さな蛍や青い水の精霊さんが池の周りを飛んでいました。蛍と精霊さんのダンスは池の上の月光に照らされて、とっても綺麗です。


 私はアタエちゃんの方を見ます。アタエちゃんは相変わらず無表情だけれど、今は何だか目がキラキラと輝いているように見えました。


「ここは、私が昔小さかった頃に教えてもらった場所」


 私が最後に教えてもらった場所。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る