33.まだ死ねない、ハーレムを作るまで
「ナウリンをよくも……っ!」
アーネックが背中から槍を抜き、真っ白な髪をぞわりと揺らして突進する。最小の動きで突きを繰り出そうとするが、敵はその人間ほどもある巨大な翼を羽ばたかせ、宙へと回避した。
「クソッ、上に行かれたら槍では——」
回避した、のだと思っていた。
「キシャアアアアアア!」
その長い体躯を
「逃げて!」
「うわっ!」
オーミが言うが早いか、全員が左右に跳んで避ける。しかし、一撃を避けられたとはいえ、そうして無防備になった姿は、敵にとっては正に狙い通りだったのかもしれない。
「ガアアアアアッ!」
口から吐かれた毒に、俺以外の4人が当たる。
「ああああっ!」
「
「大丈夫か!」
幸い顔は燃かれていないものの、手足や首からシュウウ……と煙があがり、変色して
「このっ……食らえっ!」
飛んだまま接近してきたポイズンイーグルの体に跳び蹴りを食らわせるオーミだったが、分厚い羽毛でダメージは少ない。
「羽毛が薄くなってる首や頭狙わないとダメみたいね」
「ううっ……炎で攻撃するよ~!」
傷ついた右腕をゆっくり持ち上げ、ナウリが呪文を唱える。空から敵めがけて、夥しい量の火球が降ってきた。が、しかし。
「キシャアッ!」
真正面で羽ばたき、突風を起こす。その余りにも勢いのある風に火球の軌道は逸れ、誰もいない平原へと落ちて芝を燃やした。
「それなら、毒には毒でいくよ!」
カナザが、調合して水で溶いておいた深緑の液を、500mlペットボトル大の瓶ごとぶつけた。ガシャンと音を立てて瓶が割れ、液体が敵の胸元にかかり、羽毛を溶かす。
「シャアアアアアアア!」
「やった!」
だが、それは致命傷にはならない。動きを制限するほどのダメージもない。むしろ、逆上の契機となった。
「ガアアアアアアアアッ!」
高く飛び上がってから滑降する。錐揉みもしない、ただの体当たり。しかし、「巨体が勢いをつけて全身で突撃する」という単純な攻撃が、俺たち人間にとっては恐ろしい程の恐怖となる。それはおそらく、野生の熊と対峙したときのようなものだろう。
「キシャアアアアアアッ!」
「きゃあああっ!」
「うおおっ!」
爆音が響き、砂埃が舞う。直撃は避けたものの、その勢いで5人全員が違う方向に吹っ飛ばされた。
「う…………あ……」
「……この、野郎…………」
地面に伏せたまま動けない。ちくしょう……ナウリとカナザがこの状態じゃ、魔法や薬で回復することも望めない。
くそっ、これで終わりなのか……
こんなところで終わる…………わけにはいかないよなあ!
まだ! ハーレムを! 作ってない!
5年間女子とのふれあい無し、なんならアマガエルを瓶に詰めて遊んだ回数の方が多い中高男子校生の欲望なめんなよ! 強敵だろうが散々なダメージだろうが、俺にとってはハッピーのために乗り越える障害の一つに過ぎないんだよ!
「おい、ポイズンイーグル! 俺のハーレム要員候補に何してくれてんだよ!」
剣を抜き、真っ直ぐに構える。
「オーミもナウリもアーネックもカナザも、もちろんニッカも、いつか俺に従順な女子になるんだよ! お前が手出していい相手じゃねえんだ!」
叫んだ勢いのまま突撃する。敵の顔の高さまで舞う砂埃が視界の邪魔をしたのか、ポイズンイーグルはこちらに気付くのが遅れた。
「うおりゃああああああ!」
上から下に、馬鹿正直に、振り下ろす。
「シャアアアアア!」
ザシュッという音とともに、斬りつけた胴から赤い血が噴出した。しかし、その血の勢いもすぐに弱まる。
クソッ、これでもダメ——
「アタシはハーレム要員になんかならないっての」
いつの間にかアーネックが起き上がっていた。
「アーネック、無事だったか!」
「ああ、お前の発言に腹が立ったから、怒りで元気が出てきた」
えええええっ! そこなの!
「ランサー甘く見るな……よっ!」
槍を握りなおし、足を怪我したとは思えない跳躍力で、痛みで暴れるイーグルと相対し、その切っ先を突き刺す。
「っていうかタッちゃん、ハーレムって……?」
「あ、いや、カナザ。カナザには話してなかったけど、実はこれには理由が——」
「オーミちゃんからちょっとだけ話聞いてたけど、ホントだったんだ……タッちゃんに従順に尽くす予定なんかないけど」
カナザも低い低い声で俺に声をかけてから、両手で2本ずつ毒の瓶を持ち、見事なコントロールで投げつける。
「いや、あの、あれは反撃のために勢いで出ちゃった言葉で——」
「タクトさん、ワタシもハーレムは勘弁かな~。ニッちゃんも断ると思うよ~」
ナウリが両手を翳し、呪文を唱える。いつもより長い詠唱が終わると、急に敵の頭上で光が明滅し始め、耳を
「キシャアアアアアア!」
大ダメージを負って満身創痍のイーグル。もはや飛んで逃げることもできそうになく、平原に降り立ってフラフラと揺れている敵を見ながら、オーミがゆっくり立ち上がった。
「タクト……」
「オーミ! お前は分かってくれるよな! 俺はただハーレムを——」
「大バカね」
「それだけ!」
一番辛いリアクションだ!
「さて、負けるわけにはいかないわね」
地面を強く蹴って駆け出し、低い姿勢のまま接近する。
「せいっ!」
敵の少し前で踏み切り、体を捻りながら跳んで、後ろ回し蹴りを食らわせる。胴体ではなく、狙い通り頭に強烈な一撃。
「ガアアッ…………」
絞り出すように鳴いたポイズンイーグルは、ドシンッと轟音をあげて倒れ込む。
「やった、倒した! クエスト達成だ!」
戻ってきたオーミを迎えて、4人全員とハイタッチをするために手を挙げる。
が、8つの目からジトッと冷たい視線が俺に向けられた。
「女子をハーレム要員としか見てないんだな、タックは」
「ひどいなあ、タッちゃん。ナウリちゃん、ずっと一緒にいてしんどくない?」
「たしかに、ずっと俺の女扱いされるのはしんどいかもね~。オーちゃんもコンダクターとしてもっとはっきり言ったほうがいいよ~」
あれ、なんかすごく、みんな意見が一致してませんか……?
「そうそう、オーミンが説教した方がいいな」
「ナウリとアーネックの言う通りかも。ちょっと甘やかしすぎたかな」
「オーミちゃん、よく言った! うん、タッちゃんは少し反省した方がいいね」
何これ……団結してる……俺のおかげ、というか俺のせいで……。
「いや、ほら、あの、あれは言葉の綾だから……」
「いいや、間違いなくアレが本心だな。みんな、タックは放っておいて、帰ってカフェでも行かないか?」
「いいわね。アーネック、良い店教えてよ」
「いやいや、カフェならアタシよりカナの方が詳しいだろ?」
「うん、オススメなら幾つかあるかな」
「ところでさ、カナちゃん、そのショートパンツどこで買ったの~?」
「あ、今度一緒に行こうよ! 結構店長のセンスが良くてさ、オシャレグループでも気に入るもの結構あると思う!」
4人みんなで仲良くなってる。俺が望んだ世界のはずだけど、おかしい、肝心の俺の存在が無視されている気がする……!
「ぬおおお、こんなはずじゃ……」
両手で頭を押さえる俺の肩を、オーミが優しく叩いた。
「タクト、ありがと。やっぱり共通の敵は友情と結束の近道ね」
「いやあああああああああ!」
さっきのポイズンイーグルより大きい叫び声が、平原に響き渡った。
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