26.お相手のこと、どう思ってますか?

「おい、ナウリ」


 比較的傾斜の緩い山を登りながら、隣の彼女に話しかける。


「どうしたのタクトさん? ちょっと待って、汗拭いてからね」


 ポケットから出したモコモコのタオルで額を拭う。この山の頂上にスイートスネークが大量に生息しているらしく、太陽が嬉しそうに照りつける中、俺達5人はほぼ整備されていない道を歩いていた。


「ひょっとしてさ、アーネックとカナザって仲悪いのか?」


 比較的前後と距離があるのをこれ幸いに訊いてみると、表情がぴしりと固まった。


「ん~、極端に悪いわけじゃないと思うけど……グループ的には色々あるからね~」

 昔を思い出すように、顎に手を当てて斜め上を見る。


「グループって、クラス内の?」

「うん。ワタシ達は所謂オシャレグループみたいなところにいたって話はしたでしょ? アーちゃんがリーダーで、流行りのファッションとかカフェとか音楽とか、そういうのに一番敏感で楽しんでるグループ」


「ああ、それは聞いた」

「で、カナちゃんやオーちゃんは、何て言うんだろう……バランスグループ的な? オシャレも勉強もクエストも、スポーツもちょっと変わった趣味も、どれもそこそこ楽しんでいこうって感じかな~。ヒエラルキー的にもオシャレの次に高いっていうか」

「なるほど、そういうグループか」


 何となくイメージできるな。コミュ力や要領の良さを活かしてどれも器用にやっていくって感じ。


「で、そのバランスグループのリーダーがカナちゃんだったんだよ~」

「2大巨頭がここに!」

 何この幸運のような悲劇!


「だから、うん、直接的にあの2人がケンカしてるのは見たことなかったけど、カナちゃんがどう思ってたか分からないね~。良くも悪くもアーちゃんは目立ってたから、あんまり良く思ってなかったかも」

「そっか……ん? グループ違いってことはナウリとオーミも対立してたのか?」


「オーちゃんは個人的には仲良しだよ~。でもどっちもリーダーがいるから、グループごとにまとまっちゃうかもね~」

 だよな。さっき感じた2人と2人に分かれてるってのは正しかったんだな。


「教えてくれてありがとな」

「ううん、気にしないで。それにしても暑いね~」

「あ、ああ……そうだな……」


 手で顔を扇ぐ、その仕草でチラリと見える腋と胸元に、ごきゅりと喉を鳴らして唾を飲んだ。


 レンガに近いような赤色で染めた、オフショルダーのワンピース。巨大な胸で服がつかえてるので、着てるものが落ちる心配はないのだろうけど、それでもそんなワンシーンを妄想して興奮せざるを得ない。肩から提げている綺麗な円型の鞄も、ちょっと変わっていてオシャレ。



「タクトさんもハーレムのために色々大変だね~」

「いや……まあ日々の生活のためでもあるんだけどさ」

 誰だって平和な日常を送りたいじゃない?


「また何かあったら相談するぜ」


 ナウリへの調査を終え、最後尾まで下がる。続いてインタビューするのは、バランスグループのオーミ。両方に聞いておかないと正しい情報が掴めないからな。


「あのさ、オーミ。ちょっと教えてほしいんだけどさ」

「どうしたのよ? そんなに改まって」

「正直よ? 正直、カナザってアーネックのこと苦手?」

「苦手」

「即答!」

 何の前置きもないんだ!


「うちのグループのリーダーがカナザだったんだけど、グループ自体はすっごく温厚だったわ。でもオシャレグループは内部のヒエラルキー争いも激しいし、たまに他のグループにも攻撃的になるから、カナザも疲れたと思う」

「聞いてるだけでも大変だな……」


「もっとも、アーネックもカナザのことそんなに好きじゃないかもね。『中途半端にオシャレにも手出して、アレコレうまくやろうとしてるのが鼻につく』とか思われてたりして」

 ううん……お互い思うところはありそうだな……。


「何? タクト、何かのきっかけでひっそり内部分裂するの心配してるの?」

「あ、ああ、まあな」


 こめかみの辺りを掻いていると、オーミは「心配しなくていいわよ」と右手を揺らした。


「水面下なんてことはないわ。分裂するなら、どっちかの一言で一気に表面化して、対立構造が浮き彫りになって喚き合った後に分裂するはず。タクトでも気付けるから安心して」

「何をどう安心しろと」

 その日が来ないように努力したいじゃん!


「まあ、相性抜群ってわけじゃないと思うから、苦労かけるわね」

「いや、うん、それ分かっただけでも助かる。ありがとな」

 不安だけを膨らませて、両グループへのリサーチは終了した。





「ちょっと傾斜が急になってきたな」


 背中の槍を背負い直し、アーネックが足に力を込めながら地面を踏みしめていく。さっきより土が柔らかくなっているせいか歩くテンポが上がらず、もともと前後の間隔が開いていたパーティ―一行は、いつの間にか団子状になっていた。


「大丈夫、アーネックちゃん? その靴、土入ると歩きにくいんじゃない?」

 彼女の足元を見つめるカナザ。ネイビーのハイウエストパンツに合わせた靴は、足の甲が一部剥き出しになっている。


「ああ、ありがとう、大丈夫だ。カナも、アタシの足気にしてるんだな」

 片側の口角だけクイッと上げ、アーネックは前に向き直って歩き出す。


 ……気のせいでしょうか。今のお礼とか、全然お礼に聞こえないんですけど。


「そう、大丈夫なら良かった」

「いいねえ、カナもオーミンもちゃんとした靴履いてる」


 アーネックがいつもより2段階高いトーンで2人を褒めた。


「これ、ちょっとだけヒールあるんだよね。アタシももっとシンプルな靴にすれば良かったなあって」


 ……あれですよね。後悔に見せかけて、「2人の靴って地味だよね」って遠回しに言ってるやつですよね。


「シンプルな靴、オススメだよ。私もクエストの日はどこ行くことになるか分からないから、動きやすさ重視で行くわ。ね、オーミちゃん」

「ん……そうかも」



 怖いよ! アーネックとカナザで互いにほんのり敵意が隠せてないじゃん!


 俺は間違っていた。これまで、みんなが黙っている場面に何度か遭遇し、その度に「気まずいなあ……」と思っていたけど、間違っていた。こっちの方がよっぽど気まずい。

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