23.あの娘にサプライズ

「まあ、いいんじゃないか? 得手不得手ってあるし、ナウリはナウリの居心地良くて得意なポジションがあるだろ」


 じっと俺を見ていた彼女がニッと歯を零す。


「えへへ、タクトさん、今日は優しいね~」

「バカヤロ、俺はいつも優しいっての」

「あと2~3日かのうちに何かしてみたかったんだけどね~」

「へえ、2~3日したら何かあるのか?」


 訊いた俺に、ナウリはウィンクで「内緒だよ」と答える。くううっ、耐性のない男はこういう仕草に滅法弱いんだぜ……っ!


「お昼の時ちょっと変な態度取っちゃったからアーちゃんに話しかけたいんだけど、タイミングが難しいよね~」

「……タイミングってそんなに大事なんだな」

「男子はいいよね~。河川敷でお互いの性格の悪口言い合って、すぐに仲直りするし」

「なんで精神攻撃なんだ」

 河川敷いくならせめて殴り合わせてくれ!



「あ、あの湖のところ、アイスゲーターいるよ」


 ニッカが広い湖を指差す。近づいてみると、俺達より少し小柄な1匹の真っ白なワニがノロノロと2足歩行していた。なんか2本足で歩いてるのコミカルだな……。


「タクト君、口から吐く息に注意して倒すんだよ」

「おう、任せておけ。動きもトロいし、俺1人で十分だ!」


 こっそり近づき、敵の背後に回る。なんだよ、背中ガラ空きじゃん。


「くらえっ!」

 全力で突撃しながら剣を振りかぶる。もらったああああ!


「おい、ちょっと待て」

 ドスッ!


「ぐえっ!」

 槍! 槍の柄で脇腹を突くな! 死ぬかと思ったぞ!


「なんだよアーネック」

「背中に傷つけてどうするんだよ。その皮をバッグとかに使うんだぞ」

「あ、そうか」

 彼女は白い髪を胸元まで揺らし、がっくりと肩を落とす。



「肝心なところが抜けてんだよなあ。オーミ、タックってバカなのか」

「アーネック。そういう人だと思ってやってくしかないわ」

 すごい言われようだ。人として諦められてる。


「じゃあアーネック、どうやって倒せばいいんだよ」

「仕方ない、教えてあげよう」

 そう言って、彼女は堂々と敵の正面に立つ。


「グゴオオオオ!」

 相手を視界に捉えたアイスゲーターが、力強く叫び、口をガパッと上げた。


「いいか、タック。この息さえ避ければなんてことはない」

「グオオオオオオオオ!」


 微細氷が混じってキラキラと光る敵の白い息を、アーネックは上下左右に跳びながらかわしていく。え、人間ってあんなに速く動けるの……?


「体の向きを変えて追い回してくるから、一点に留まらない方が良い」

 やがて、パワーを出し尽くしたのか、攻撃は徐々に弱まり、完全に止まった。


 口を閉じた瞬間、彼女は槍の柄の先を相手に向ける。


「ここで、一気に突く!」

 ドスッ!


「グゴッ!」

 奇怪な声をあげて倒れるアイスゲーター。


「簡単だろ? 特に突きは、さっきお前で練習させてもらったからな」

「俺を練習台にするなよ!」

 パーティ―メンバーをなんだと思ってるんだ!


「まあ、今のが倒し方の一例ね。全員で戦おうとすると、うまく逃げられなくてあの息に当たったりして、逆に危険だったりするのよ」


 解説してくれていたオーミが、「あ、あそこにもう一匹いるわ。もっと簡単な倒し方も教えてあげる」と、そろりそろり、敵と距離を詰めていく。


「ああ、オーミンのアレは格闘家ならではだよなあ」

「アレ?」


 オーミはさっきの俺と同様に敵の背後から近づく。そして足を伸ばしたまましゃがんだかと思うと、そのまま素早く体を回転させ、短い足に足払いを決めた。


「グゴオ!」

 アイスゲーターが仰向けに倒れ込む。そして、そのままジタバタと四肢を動かし始めた。

「この状態ではほぼ起き上がれないから、楽にとどめを刺せるわ」

「えええええええっ!」

 弱い! めちゃくちゃ簡単じゃん! あの太い足を蹴るのすごく痛そうだけど!


「これで討伐は終わりか。でもこんな大きいヤツ、どうやって運ぶんだ」

「あ、それは大丈夫だよ~。ちょっと大変だけど、あの魔法使っちゃうね~」


 ナウリが水晶のブレスレットをつけた右手を翳し、呪文を唱える。するとアイスゲーターの体全体が虹色に光り、みるみるうちに小さくなって、ガチャガチャのカプセルみたいなボールの中に収まった。


「クエスト受付所に行ったら戻せばいいね」

「えええええええっ!」

 なんかすごい魔法が!


「重い荷物持つことになったら、たまにこれでズルしちゃうんだ~」

「俺これまで何回か荷物持ちやってますけど!」

 1回くらい使ってくれても良かったんですよ!





「二匹も捕まえたから報奨金ちょっと色付けてもらえるかもしれないな」

「だといいねー」


 船で本土まで戻り、船着場で馬車を待つ。今回のクエストも無事に成功したな。俺ほぼ何にもしてないけど。


「アーネックさん達だね」

「ええ、そうよ」


 馬車が到着すると、60歳くらいの身なりのきちんとした馭者が、綺麗な朱色の布に包まれた小包を持って馭者台から降りた。


「ナウリさんはどちら?」

「え? ワタシですけど……」

 手を挙げた彼女の前まで行き、その小包を渡す。


「はい、これ。アーネックさんから、誕生日プレゼントだ」

「えっ!」

 目を丸くするナウリ。全員でアーネックの方を見ると、彼女はニンマリと笑っていた。


「いやあ、サプライスで渡そうと思ってさ。友達に手伝ってもらってたんだよ。その準備がうまくいかなくて、行きの船で怒ってたんだけどな」

 ああ、なるほど。マジトでこの準備のやりとりしてたのか。


「ナウリ、明々後日しあさってが誕生日だろ? クエストで会えるか分からないから、ちょっと早いけどお祝い。前にペン欲しがってたから、ちょっと選んでみた」


 そっか、ナウリが「あと2~3日のうちに何かしたい」って言ってたの、16歳の誕生日になる前にってことだったのか。


「アーちゃん、嬉しい! ありがとう~! ご飯のときちょっと変な態度取っちゃってごめんね~!」

「いや、アタシも悪かった、気分悪くさせちゃったな」

「そんなことないよ~!」


 テンション高く喚きながらアーネックにハグするナウリ。その様子を、オーミとニッカが微笑みながら眺める。


「まあ、この4人ならアーネックがリーダーね」

「そうそう、まとまりがいいよね。タクト君もそう思うでしょ?」

「ん、そうかもな」


 男子からしたらちょっと歪なバランスに見えるけど、うまくやれるみたいだから今の関係性でいいのだろう。



「そうだ! みんな、今日の夜、ガンナの村でお祭りだぞ!」


 アーネックが手をポンっと叩くと、くっついたままのナウリも「そうだった!」と指をパチンと鳴らした。そういえば前にそんなこと言ってたな。


「よし、全員で行こう!」

「楽しそうね」

「ロードガイドとして村まで案内するよ!」


「俺も! 俺も行く!」

「ああ、タックも来てくれ。服や小物もいっぱい売ってるみたいだから、買った後の荷物持ちがほしい」

「だからさっきのナウリの魔法使えよ!」


 いつの間にかこじれて、火がついて、知らぬ間に消えてて。相変わらず女子グループってのはよく分からないけど、みんなで祭に行ける仲なら、それで十分なのかもしれない。





「そうだ、タクト」


 みんなで馬車に荷物を積んでいる途中、オーミが白い袋をくれた。中身は見えないけど、何か柔らかいものが入っている。


「これ、何だ?」

「パンよ」

「は?」


 首を傾げる俺に、彼女は少しだけ顔を赤くして顔を背けた。


「ほら……パン焼いたりするって話、したでしょ? この前アーネックと色々あったときにサポートしてくれたし……お礼よ」


 …………めちゃくちゃ可愛い! 照れた表情も、お礼にパン焼いてくれるってこと自体も最高に可愛い!


 え、何これ! デレ! ツンデレのデレな部分が出ちゃいましたか! 俺のアプローチにツンが雲散霧消してデレだけが生き残りましたか!


「ありがとな、オーミ! うわあ、もったいなくて食べられないかも!」

「食べないなら返して。よく来る野良猫にあげるわ」

「そんなこと言うなよお、大事に食べるからさあ」

「うるさいうるさい、裏拳で顎狙うわよ」


 アーネックに「2人とも、早く乗って」とアーネックに急かされ、俺達はわあわあ楽しく騒ぎながら馬車に乗り込んだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る