22.気張れ、リーダー候補

「到着! この島にアイスゲーターがいるんだな!」

「結構数はいるみたいだから、水辺を探してればそのうち見つかるはずよ」


 無事に辿り着いた離れ小島に上陸し、やや不機嫌なままのアーネックとほんわかオーラのまま野心に燃えるナウリが並んで先頭に歩く。ニッカから聞いてた通り、凍土に覆われた場所ではなく、僅かながら草も生えていた。



「うう、思ったよりちょっと寒いわね。こんなに風が強いと思わなかったわ」


 二の腕を擦るオーミ。体を温めるためか、体をぐにぐにと左右に動かしていて、彼女の頭にじゃれているかのように紫色のミディアムヘアも跳ねる。


 黄緑のオフショルダーワンピース。膝までしか丈のないその服を真っ直ぐ見るのは照れてしまい、自然と目を逸らす。


「上着持ってきてないのか?」

「タクト、オシャレは体を服に合わせるのがスマートなのよ」

「ずっと変な動きしてるヤツが言う台詞じゃないだろ」

 どこにスマートな要素が。



「ふう、船酔いしても大丈夫なようにあんまり食べないで来たからお腹減ったな」


 お腹が鳴らないよう押さえつつ、船着場から整備された一本道を歩いていると、店らしき建物を見つけた。


「あ、あれレストランっぽい! とりあえず食事にしない? なあ、ニッカ」

 ロードガイドのニッカを呼ぶと、彼女は小さくぴょんぴょん跳んでいる。


「やっぱり半袖だと寒いわね」

「『寒かったらこんな格好しない』って言ってたじゃん!」

 ホントにこの地に詳しいんだろうな!


「この先少し歩くことになりそうだし、このままお昼でもいいかもね」

「だろ、オーミ! アーネックもどうだ?」

 俺達と少し離れたところで相変わらずマジトをいじっていたアーネックに近づく。


「おーい、アーネ……」

 その後ろ姿に、思わず言葉が止まる。そして唾を飲むために口を閉じた。


 ノースリーブで丈の長い濃紺のワンピースには白い花柄があしらってある。柄のついてる生地はかなり高いってオーミが言ってたな。でもそんなことより何より、タイトなワンピースではっきりラインが見えるお尻ですよ! そんなにボリューミーだったんですね! 女子グループのいざこざにハラハラしっぱなしで見落としてましたよ!



「んあ、どうしたタック」

「いや、あの、食べた……ご飯を食べたいと思って」

 あぶねえ、危うく「君のヒップを食べたい」とか口から出るところだった。


「ああ、ご飯ね……アタシはすぐには難しいかな、こっちの連絡があるし」


 おろした右手に持ってるマジトをちらりと見て、彼女は首を振った。ううん、よっぽど大事な用があるんだな。


「そしたらどうする? アーネックちゃん、少し待とうか?」


 近づいてきたニッカが俺達を見ながら話すと、ナウリが「いや」とアーネックを見る。


「アーちゃん、時間どのくらいかかりそうか分からないんでしょ~? だったら先に食べてるよ。間に合えば合流すればいいし、パンとか持ち帰りで買ってあげてもいいし。それならアーちゃんもゆっくり時間取れるでしょ?」

「あ、ああ。ありがとな、ナウリン」


 ナウリが仕切ってる! でも何だろう、うっすらだけど言葉にトゲが見える気がする。



「じゃあアタシは食事の間だけ別行動で。ごめんね」

「分かったよ~。じゃあオーちゃん達、行こ行こ」


 ナウリに文字通り背中を押され、アーネックを除いたパーティー一行はピンクの花のリースで飾られたドアを開けてレストランへと入った。




「この4人で動くのも久しぶりだね~」


 おあつらえ向きの4人掛けテーブルに座り、コーヒーとクレープを注文した。クレープはハイラルに来てから初めて頼むけど、どうやら硬く焼くタイプのものらしい。昔「こういうのをデートで女子と食べたい!」って画像検索してたガレットに近いってことかな。



「このコーヒー、香りが良いわね。フローラルっていうか」

「分かる~! ワタシもなんか好き。ニッちゃんはどう?」

「ううん、私はもう少し酸味弱い方が好みかも」

「あ、そっかそっか。確かにね、結構強いもんね~。豆の種類のせいかなあ」

 ナウリ、場を仕切ろうって意識がまざまざと表れてるな……。


「みんなコーヒー好きなんだな。元の世界では、俺達くらいの年じゃほとんど飲まないぞ。こっちに来てようやく慣れたけど、まだブラックで飲むのは苦手だよ」

「もう、タクトさん、味覚が子どもだね~! そんなんじゃハーレムできないぞっ!」

「そ、そうだな、うはは」

 そして会話がなくなる。


 いや、別に誰かが話し始めてもいいんだろうけど、ナウリの「なんとかしなきゃ」という表情と、いつもの彼女と違う「頑張ってる」テンションを見てたら、言葉に詰まってしまった。



「……はい、じゃあみんなでコーヒーにまつわる面白エピソードを話していこ~」

 嘘でしょ? そんな振り方ある? オーミとナウリの表情見てよ。


「じゃあタクトさんから」

「なんで俺なんだよ!」

「あんまり長くないヤツで、出来たら最後はちょっと良い話で終わるのがいいかな~」

「もう創作じゃん」

 お題の幅が狭すぎるよ。



「じゃあエピソードトークは無しで~」


 また少しの沈黙。普段アーネックがどれだけうまくパーティーの話を回しているかよく分かる。


 静寂をBGMに、運ばれてきたベーコンたっぷりのカリカリクレープを、「カラメルみたいなコーヒーの香りが合うね~」というナウリの感想と一緒に食べていった。


「ねえナウリちゃん、コーヒー詳しい?」

 我慢できなくなったのか、ニッカが口を開く。ナイス!


「家にこれと似たようなコーヒーがあるんだけど、酸味抑えるにはどうすればいいかな?」

「え? あ、うん、それは……息止めて飲むとか」

 止めるなよ。回答が斜め上すぎるでしょ。


「確か深く焙煎すると、苦味は増すけど酸味が薄くなるってアーネックが言ってたわね」

「ああ、アーネックちゃん、コーヒーも詳しいもんね」

「そ、そっかそっか。じゃあ後でアーちゃんに聞いてみよ」


 オーミの助け舟でやや気まずい食事を無事に終え、外に出てパーティーの空気も入れ替える。ちょうどのタイミングで、アーネックから「もうちょっとだけかかる」とマジトに連絡が来たらしい。


「どうする? さすがに俺達だけで先にアイスゲーター探してるわけにいかないもんなあ」

「う~んと……あ、あそこに冒険服の店あるよ~。オーちゃん、ニッちゃん、行ってみよ!」

「ホントだ。うん、入って時間潰してよう」


 ナウリが自分に言い聞かせるように「次は頑張る」と呟きながら、強い足取りで店に入っていった。




「へえ、結構色んな服出してるわね」


 広いとは言えない店内だが、棚を使ってうまく上下に仕切り、展示品を増やしている。加えて入り口近くに新作を展示するスペースを設けていて、ちょっと覗きに来たお客さんも興味が湧くようなディスプレイになっていた。


「ナウリちゃん、最近の流行りって分かる?」

「もちろん! 最近はこういうちょっとくすんだブルーが人気だよ~」


 自信満々に答えたナウリに、ニッカは「そっか」とやや困ったように鼻の頭を掻いた。


「でも私、青髪だからあんまり被らせたくないんだよね……他にも流行ってる色合いとかある?」

「え……う、ううんと、どうだろう……確かホワイトもトレンドだった気がするけど……」


「ねえ、ナウリ、色じゃなくてアイテムとしては何が流行りなの?」

「ううん、えっと、何だったかなあ……確かシャツ系が結構人気だったかな…………」


 腕を組んで困り果てるナウリ、声もだんだん小さくなってきている。


 その時、店の入り口の方から声が聞こえた。


「さすがだね、ナウリン。ちゃんと流行押さえてる」

「アーちゃん!」


 用事がひと段落したのか、清々しい顔の現リーダーがやってきた。


「ニッカ、色はブルーとホワイト、あとは淡い色味の服が人気だよ。青髪に合わせるなら、薄い灰色とか緑のがいいと思う。あとオーミ、シャツが人気なのはホントだよ。綿で作った手触りの良いシャツは寒暖どっちでも使えるし、しばらく流行ると思う。あとはシャツやワンピースの上に着られるベストも新作よく出てるかな」

「わあ、ありがとう、アーネックちゃん!」

「さすがアーネックね」


 ナウリはさぞかし落ち込んでいるのかと思いきや、「アーちゃん、すごいすごい!」と懐いていた。服の質問によっぽど困ってたんだろう。


「よし、じゃあ改めて討伐に向かって出発!」


 その後もキャピキャピとファッション談義に花が咲き、なんならナウリは1着買って、店を出た。


 意気揚々と歩きだすと、アーネックが「おい、タック」と肘で小突く。


「どした?」

「ナウリ、少し様子変じゃないか?」

「え、あ、いや、そんなことないと思うけど……」

 辛うじて声が上擦るのを押さえる。ううん、さすがリーダー、鋭い。


「さっき他の3人にイライラして当たっちゃったから、ナウリとか怒ってたのかなあって。悪いことした」

 そっか、こいつもこいつなりに反省してるんだな。


「気にしてるなら謝ればいいのに」

「難しいんだよ、タイミングとか色々。男子みたいに河川敷で『ごめんね』『やだ、許さない』『ええ……』『うそだよ』『もう、コイツー!』みたいに簡単に謝れないの」

「そんな謝罪したことねえよ」

 なんでテイストがラブコメなんだよ。



「ねえ、タクトさ~ん!」

 今度は後ろにいたナウリに呼ばれる。どういう役回りなんだ俺は。


「どうしたんだよ、リーダー狙うのやめる、みたいな話か?」

「えっ、当たり! すごいね~」

 なんとなく疲れた表情で分かったよ。


「リーダー役ってなんだかんだ疲れるなあって。いつもみんなのこと気にかけて、情報収集して。アーちゃん、よくやってるなあって」



 2人でアーネックに目を遣る。真っ白な髪に切れ長で強い目、自然体でも自信に満ちた明るい顔立ち。確かに、リーダーがよく似合っていた。

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