Quest6:アイスゲーター討伐

21.狙え、下剋上!

「うっしゃ! 討伐クエストがあるんですね!」


 俺の弾む声に無言で頷く、痩せぎすなクエスト受付所のおばさん。


「ったく、なんで男子ってのは討伐が好きなんだろうねえ」

「血が騒ぐっていうか、ワクワクしますからね! 他の女子に確認してから正式に申し込みします」


「あいよ。それでさ、この前、あの丸眼鏡のババアを食事に誘ってやったわけさ」

「俺が全部知ってる愚痴仲間みたいなニュアンスで話し始めるのやめてください」

 まあ相手のおばさんから誘われたって聞いてるんで、大体知ってるんだけどさ。


「そしたら向こうが『もう少し体調が良くなったら』なんて言ってくるんだよ。すぐに一緒に行くと、『こっちの方が相手を酒に誘う度量の広さがありますよ』ってことになると思ったんだろうね」

 お互いの思考がお互い手に取るように分かっている。むしろ仲良くなれるのでは。


「だからアンタ、今度会ったときに『あっちのおばさん、お体心配してましたよ』って言っておいてくれよ」

「なんで俺が」

「優しさアピールは第三者を使うのが一番良いからね」

「はい……」

 うまくいったら報奨金に色付けてくださいね。





「アイスゲーターはワニのモンスターだよ~。ワタシ達を凍らせる冷たい息を吐くの」

 ハイレム王国に来て初めて、船に乗って移動しながら、ナウリの話を聞く。


「討伐でワニか……ってことは皮を使うんだな」

「そう。ワニ皮のバッグは高級品なの~」

 日本でも人気だったもんな、そういう商品。


「それにしても、この船で辿り着けるのか……?」

 改めて不安になってマストを見上げていると、ニッカが「心配要らないよ」と隣に腰を下ろした。


「このあたりは海流も弱いし、腕の良い操縦士をお願いしたから」

 ううん、だといいけどなあ。



 雲行きが怪しかったが、なんとか降らずに持ちこたえた天候の中、馬車で王国の東端近くまで移動し、そこから離れ小島に向けて船に乗っている。


 定員30名の船だけあって、ただの手漕ぎボートより各段にしっかりしている。全員が座れるスペースが用意されてるあたり、元の世界で離島に行くときに使うフェリーに近いのだろう。


 蒸気の力でスクリューを回す設計と聞いたけど、実際はこの船を動かせるほどのエネルギーは取れないようで、手漕ぎと帆で補っている部分も大きいらしい。



 5人全員で波に揺られながら、俺は下手に酔って醜態を晒さないように視線を斜め上に固定していた。


「ニッカ、これから行くところ、寒いのか?」

「ああ、アイスゲーターがいるからってこと? ううん、別に氷の台地ってわけじゃないし、ちょっと涼しいくらいだよ。ほら、寒かったらこんな格好しないでしょ?」


 ちょっと笑いながら自分の胸、冒険服をトントンと叩く。レース柄の半袖トップスと、かなり濃いめのピンクのスカート。確かに、結構露出が多い……! これは興奮で全身火照っちゃうね! アイスゲーターなんて俺の熱でイチコロだ!


 もはや日課となっている、ハーレム実現の決意に鼻息を荒くしていると、アーネックの声が響いた。


「あーもう、ちゃんとやってんのかなあ!」


 マジックトーク、マジトを見ながら苛立ちを甲板の手すりにぶつける。何か相手と揉めてるらしい。


「買ってなかったら困るんだけど! 連絡の一本くらいしてよ!」


 騒がしく愚痴を吐きだす彼女に、3人は黙ったまま景色を見たり、マジトをちらっと覗いてみたり。

 ううん、リーダー格が機嫌悪いとグループの空気もよどむなあ。


「アーちゃん……大丈夫?」

 我慢できなくなったのか、ナウリがそろりと声をかける。


「アレだったらワタシから何か聞いてみる~? あ、その、相手によっては結構仲良い子もいるし」

「いいよ、ナウリン。変に気遣わなくて」


 ぶっきらぼうに答えるアーネック。そのまま、間髪入れずに続ける。


「大体さ、結構仲良い子もいるって何? アタシとは仲良くない人が多いって嫌味?」

「や、そういうわけじゃ——」

「ありがと、気持ちだけもらっとくわ。まだ着きそうにないし、しばらく放っておいて」


 おざなりな感謝を投げつけ、彼女は俺達と反対側の甲板に足早に去っていった。


 ううん、ナウリもこれは気落ちするよなあ……。



「おい、あんまり気にしない方が——」


 言いながら彼女の顔を見て、そのまま固まってしまう。怒りと呆れに投げやりな感情を丁寧に混ぜ込んだように、口を開けたまま、小さな舌で上唇をチロリと舐めている。


「ああいうの、やめてほしいな~、ホント。イライラしてるの、そのままぶつける感じ。ワタシ達が悪いことしてるわけでもないのにさ~」

「んん、まあそうだよな」


「普段は良いけど、こういう時はリーダー向いてないって思っちゃう」

「え、そうなのか。ナウリ、アーネックに憧れてるみたいな話もしてたから、てっきり信奉してるのかと」

「辛抱してるときも多いよ~」

 誰が上手いこと言えと。


「アーネック、普段と機嫌悪いときのトーンが全然違うのよ。ああいうのは直した方がいいわよね、ニッカ」

「分かる。一緒にいると疲れるときあるよね」


 オーミとニッカが混ざってきた。そうなのか、リーダーとその仲間って関係でもやっぱり思うところはあるんだな……。


「なあなあ、ニッカ。女子って幾つかのグループに分かれてて、それぞれにリーダーっぽい人がいるんだろ? リーダーってどうやって決まるんだ?」

「ん、タクト君が元々いた男子だけの学校で、グループの中心にいる人っていなかった?」

「ああ、そこは同じなのか」

「そうそう、なんとなく決まるっていうか、グループが形成されたときに自然と仕切り役になってること多いね」


 男子校だとリーダーの他に、女子高とのパイプを持ってるヤツは「社長!」って呼ばれて取り巻きがついてたな。なんか違う気がする。


「どのグループでも、当たり前の話だけど向いてる人がリーダーになるのよ」


 コミュニケーション上手よね、と続けるオーミは、ここにいないアーネックや学校時代のリーダーを思い出しているのか、純粋な尊敬に満ちた眼差しになっている。


「私達の学年のオシャレグループは、はじめからアーネックがリーダーだったわね。何かのきっかけでリーダーが変わることもあるみたいけど、うちの代はずっと一緒だったわ」


 アーネック、女子が好きな話題にメチャクチャ詳しいし、話振るのも上手だもんな。


「あと、オーラとかも重要だよね」


 オーミの頭をグイっと下に押し、上から顔を出して遊ぶニッカ。上が青髪、下が紫髪のトーテムポールみたいになっている。


「オーラ?」

「カリスマ性っていうのかな。華やかさ、みたいなものかもしれないけど。私とか、正直女子にモテるタイプだったけど、そういうのとは全然違うんだよね、グループのリーダーって」

「ニッカのは確かに違うかもね。といっても私もオーラとか全然だけど」


 モテると求心力ってのは全然違うってことか。言われてみればそうかもしれない。


「でも、意外とナウリちゃんは狙えると思うよ」

「えっ……ニッちゃん、ホント?」

「うん。ナウリちゃんオシャレだしね。それにおっとりしてるから、居心地良くてなんとなく引き寄せられる人も多いと思うし」


 それを聞いたナウリは、自分が学芸会の主役と告げられた子どものようにキラキラと目を輝かせ、俺の目の前までグッと距離を詰めた。


「タクトさん、どう? ワタシ、リーダーいけるかな?」

「あ、ああ。いける、と思うぞ……」


 相槌も曖昧に、視線はついクリーム色の襟ぐりの広いシャツに行ってしまう。ただでさえ零れそうなバストなのに、そんなに胸元がダイナミックに開いてる服着たらとんでもなく気になるよ! 胸のチラチラ具合も尋常じゃないよ!


 でも、その上もオシャレだな。なんだこれ? 腰のところで紐を結んでるからワンピースっぽくなってるけど、紐をほどくとガウン……? ダメだ、男子とばっかり戯れていたせいかファッションに疎い。脳内でどう表現を推敲しても、「カーテンを巻いてタッセルで留めてるみたい」しか浮かばない。



「よし、決めた!」

 俺のカーテンの妄想を遮り、ナウリがパンッと両手を合わせる。


「ワタシ、オシャレグループのリーダーを狙うよ~! せっかく一緒のパーティーだし、今更だけどアーちゃん超えを目指します!」

「ナウリ、ホントに?」


 目を丸くするオーミに、ナウリは「こういうのは気合いと勢いが大事だからね~」と小さくピースサインして見せる。


「狙え、下剋上だね~」


 かくしてここに、オシャレグループのリーダーとライバルという、新しい関係が生まれたのだった。

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