20.どの色が合ってる?
「あれ?」
と、アーネックがかなり遠くにある木造の家を指差した。
「ねえ、服屋って、アレじゃないか」
その家は確かに、ただの民家にしては随分綺麗な佇まいで、人が集まる場所に見える。近くには倉庫のような建物があり、生地の在庫はいくらでも保管できそうだった。
「言われてみればそれっぽいね。行ってみよ~」
散歩気分で畦道を歩き、アタリをつけた家に到着。木造の建物は丁寧に茶色で塗られていて、手入れが行き届いていることが窺えた。
玄関前に一番乗りしたニッカが、足元を見てハイな叫びをあげる。
「ほら見て、地面に『服あります』って書いてある!」
「なんで看板やのぼりにしないんだ……」
分かりづらいですよこれ。完全に間違った宣伝方法ですよ。
「こんにちは! 生地を届けに来ました」
学校の教室くらいの広さの店内。結局最後まで抱える羽目になっていた麻袋を持ち直し、元気よく入りながら挨拶すると、店主の若いお兄さんが「ああ、ありがとう」と返してくれた。
30歳、もいってないだろうか。短い髪に綺麗に整えたあごひげで、清潔感のあるお兄さん。
「こんな場所じゃ生地揃えるのも大変だからね、とっても助かるよ」
「そうですよね。はい、これです」
麻袋を渡すその後ろで、店内を見渡していたナウリが、「へえ、すごいな~」と感嘆の声を漏らした。
「これ、全部作ってるんですか?」
「ああ、うん、デザインからやってるよ。立地が悪いから、なかなか売れないけどね」
後頭部を撫でながら苦笑いする。でも確かに、品数はすごい。主に若い人向けと思えるちょっと独特な色使いの服が、通路にも壁にもところ狭しと並んでいた。
「おい、見てみろよ、オーミ。俺すごいの見つけたぞ。こんな派手な色のパジャマ、買う人いるのかな」
「タクト、私この色のパジャマで寝てるんだけど」
「申し訳ありませんでした」
こうやってハーレムが一歩ずつ着実に遠のいていく!
「あれ? アーネックは?」
いつの間にか姿が見えなくなったリーダーを探してウロウロと彷徨う。彼女はちょうど店内の角で1着の服に目を留めていた。
「ったく、勝手に動くなよな」
「なんだ、タックか。いいんだよ、渡すもの渡したし、せっかくだから色々見たい。ナウリン達も物色始めてるみたいだし」
通りの向こうで、ナウリの「これ可愛いね~」という声が聞こえた。
「これも冒険服なのか?」
「うん、そうみたい。こういう緑系のゆったりした服は少ないから、1枚持っててもいいかもしれないね」
そして胸元からメモ帳とペンを取り出す。
「うわっ、すごい!」
そこには、服の色や材質、特徴や価格のメモがびっちりと書かれていた。
「何これ! 1つ1つ書いてるの!」
「はあ? 当たり前でしょ。後で見返して、自分の持ってる服との相性も考えて、今度買うときの参考にするの」
言われてみればそりゃそうだ。インターネットがあるわけじゃない、ファッション雑誌が売られてるわけじゃない。写真すらハイレム王国にはないんだ。だからこそこうして細かく細かくまとめている。オシャレに対する情熱がそのままパッケージされた、世界に唯一の、彼女だけの情報誌。
「すごいな、本当に好きなんだな」
「うん、まあ好きっていうのもあるけど」
若干言い淀み、数回瞬きをしてから、彼女は「続けなきゃ、とも思うんだよね」と、覚悟を決めたような表情で微笑んで見せる。
「学校にいたときからさ、オシャレ大好きなグループにいたんだ。夢中で調べて、色々買ってみて、そしたらみんなから褒められて、すごく嬉しかった。せっかくそれで認めてもらって友達も出来たんだし、そこは卒業してからも貫こうかな、みたいな」
そんなこと考えてたのか……それはそれで窮屈なのかな……。
「もちろん、嫌々やってるわけじゃないよ。嫌々でできるようなことじゃないしね。ホントに好きなんだ、季節の流行色見ながらあれこれコーディネートするの。カフェ巡るのも好きだし、お金と時間のやりくりに必死だよ」
うはは、と笑うアーネック。友達の輪の中では常に場を回しつつ、オシャレやグルメもしっかりリサーチして、かける時間も惜しまない。
この前オーミと話したとき「オシャレグループは忙しいし、大変だと思うよ」とかポツリと言ってたっけ。本当にそうだ。そうやってエネルギーを燃やして、学校のヒエラルキーを駆け上っていったんだろう。
…………ん? あれ? 今この状態って、俺に弱み見せてない? 「いつも気丈な女子が、気になる男子にだけ見せるふとした弱さ」みたいなやつじゃない? 落とせるか、落とせちゃうのか!
考えてみればリーダーのいるグループのハーレム化って簡単なんじゃない? リーダーが陥落すればみんなついてくるでしょ? 狙うか、狙ってみるか、オシャレな花園! まずはオーミに習った通り、共感の姿勢を示すことから!
「アーネック、辛かったんだな……」
「いや、だから辛くないっての。聞いてた? アタシの話」
「無理しなくていいよ。ありがとな、俺にだけ話してくれて」
「いや、結構みんなに話してるよ」
おかしい、見事に会話が噛み合ってない。
「俺に出来ることあれば言ってくれ」
「ホント? じゃあアタシ達ここで何着か買ってくと思うから、帰りに持ってほしい!」
「…………はい」
こうして、逆に俺が従属する形で短いハーレム大作戦は幕を閉じました。
「これと、これと……ううん、色迷うなあ」
3着のボタンシャツを手に取り、交互に見るアーネック。やがて、くるりと俺の方を向いた。
「ねえ、どれが一番下に合ってると思う?」
ギャザーのついたグレーのスカートの上に、3枚の濃い赤のシャツを順番に当てていく。
「これが、ワインレッド。これが、クリムゾンレッド。これが、赤レンガ色」
「…………?」
色が多少違うのは分かるけど、グレーとの相性そんな変わらなくない……?
「……どれもそんな変わらないような……」
「もう! はっきり違うじゃん。パンにつけるものはどれ、って聞かれてバターと歯磨き粉と泥だされたら、すぐに判断できるでしょ?」
「それならバター一択だろ」
3つで迷ってる前提はどこいったんだよ。
「ダメね、タックじゃ埒があかない。オーミン、ちょっと来て」
「どうしたの?」
裏側の通路にいたらしいオーミがひょこっと顔を出した。
「これ、どうかな? 色の感覚はオーミンが一番アタシと近いからさ」
「うんうん、どれも良い色ね」
…………んん? あれ? アーネックとオーミ、普通に会話してる?
「このクリムゾン結構くすんでて逆に目立つわね。アーネックがこの前買ってたスカーフとも合わせやすいんじゃない?」
「確かに! それいいかも!」
お互い謝ったりとかもない……仲違いなんかあったのかって感じだな……。
「だから言ったでしょ」
いつの間にか、隣にはナウリとニッカが。
「ちょっとしたことで元に戻るからって」
「そうそう、一件落着だね~」
「そんなもんかねえ」
笑ってボタンシャツを当て合っている2人を、ホッとした気分で見つめる。
結局3着全部買って、帰りに全て持たされるのは、もう少しだけ後の話。
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