13.なぜかなんでか仲直り

 こんなところに猫? その疑問に、すぐに脳内の俺が答えを弾き出し、声の先に駆けていく。


 猫は猫でも、その背中の模様はブチでも三毛でもない。おそらくは、ドクロのマーク。俺達の獲物、デビルキャット。


 先に見つけていたニッカが嬉しそうに俺の肩をバンバン叩く。


「ほら、やっぱり!」

「ああ、ニッカの道案内はすごいな」

「違うよ。鳴き声、私が真似した『ナアゴナアゴ』だったでしょ」

「え、そこ!」

 誰がどんな真似してたか覚えてないし!



「ナアアアゴ! ナアアアアゴ!」


 トテトテと姿を現した敵は、普通の猫よりかなり大きい、豚くらいのサイズ。

 全身灰色の毛だが、ぐるりと後ろを見せたその背中には、話に聞いた通り、白い毛でくっきりとドクロのような模様が形作られていた。


 そのドクロがぐにぐにと動き、口の部分に穴が開いた。


「危ないっ! けてっ!」

 ニッカが叫んだ、次の瞬間。


「ナアアアゴ!」



 ゴオオオオオオオオッ!



「うおっ!」

「きゃあっ!」


 まるでその骸骨が意思を持つかのように、大きな炎を吐く。全員で倒れ込んでそれをかわし、ゴロゴロと転がって距離を取ってから体勢を立て直した。



「危ねえ……」


 回復できるナウリがいるとはいえ、まともに当たったら結構な深手だったぞ……。


「ナアアゴ! ナアゴ!」


 デビルキャットは真正面を向き、盛りがついたかのように鳴いている。ううん、こうして見てるとただの猫なんだけどなあ。さっきの攻撃、怖いなあ……。


 だけど、ここで負けるわけにはいかない。何でかって? ハーレムを作りたいからだよ!


 たとえこの3人から冷たくあしらわれようが、最後には逆転して「タクト……次は私達の体がどうなってるか、ボディクエスト、して?」とか言わせてやるんだ。俺は女体の冒険者! 思考が大分ひどいことになってる。炎の熱にやられたかな。



「ワタシが攻撃するね~! 炎だから熱に弱いはず!」


 そう言って右手を掲げるナウリ。よし、俺が先陣を切って援護だ。


「うおりゃあああああああ!」

「ちょっとタクト!」

「タクト君、気をつけて!」


 剣を抜き、オーミとニッカが止める声も動力源にして、デビルキャット目掛けて全速力。足はそれなりに速い方だったからな。このまま振り下せば——


「ナアアアアゴ!」

 俺の突進に気付いたデビルキャットが背中を見せる。そのドクロの口には、既に炎を吐き出す穴が見えていた。


 げっ、マズい!


 ゴオオオオオオオオッ!



「うおおおおっ!」


 急ブレーキをかけ、真っ赤な炎の柱を躱すために後ろに跳ぶ。そこには不運なことに、詠唱中のナウリがいた。


「ぐえっ!」

「痛っ!」


 2人で山になって崩れ落ちる。オーミが「ナウリ、大丈夫!」と完全に俺を無視した心配を口にする。


「タクト、早くどいて!」

「わ、悪い……足捻ったっぽい……」

「バカなの!」


 怒りのツッコミを入れるオーミ。無理な足の使い方をしたらしく、彼女の声がジクジクと右足首に響く。


「ナアアアアアアゴ!」


 絶好のチャンスとばかりに、またもやデビルキャットが俺達に背中を向けた。


 ぐっ……逃げようにもこの足じゃ……


「タクト! ナウリ!」


 敵が俺達を焼き払おうと構えた、その時。



「よっと!」


 俺の体がふわりと持ちあがり、しばらく宙を浮いた。


 そして、少し離れた場所に放り出される。


「大荷物持って国中飛び回ったからね。力は結構あるんだよ」

「ニッカ!」

「ニッちゃん!」


 サマーセーターを風で揺らし、ニッカがリュックから弓を取り出す。


「さあ、こっちから攻めるよ!」


 普段から相当練習しているのであろう。即座に狙いを定め、矢を放つ。


「ニギャアッ!」

 背中を刺され、咆哮して暴れまわるデビルキャット。



「オーミちゃん!」

「わかった!」

 ニッカに促され、オーミが低い姿勢で接近する。


「ニャアアアゴオオオ!」


 怒り心頭の突進を、彼女は体を捻って避けた。そのままグルンッと体を回し、頭に向かって旋回裏拳を決める。勢いのついたその一撃に、敵は脳震盪に陥ったのか、ぐらあっと体がフラついた。


「最後お願い、ナウリ!」

「うん、任せて~!」


 改めて右手を天に掲げ、呪文を詠唱するナウリ。手首の水晶が光ったかと思うと、先端が錐のように尖った氷柱つららが2本、宙に出現し、猛スピードで飛んでいく。


「ナアアァゴオオォォ……」


 胸と腹に突き刺さり、デビルキャットは無念そうな鳴き声を残して倒れた。


「よし、やったな!」


 全力のガッツポーズを決める俺に対し、オーミとニッカは溜息混じり。


「タクトは何もしてないでしょ」

「むしろワタシの攻撃の邪魔してたよ~」

「剣士名乗ってるのが恥ずかしくないのかしら」

「まずは喜びに浸ろうよ!」

 チームの勝利なんだからさ!



「さあて、ヒゲ換金してもらって、そのお金でみんなでパーッとやろうぜ! 何食べる? 甘い物でもいいぞ!」


 その提案に3人は、とどめを刺した氷柱より冷ややかな目で俺を見た。


「別にタクトさんは何もしてないんだから、お金4分割しなくてもいいんですよ~。ね、ニッちゃん?」

「そう考えればそうだよね。タクト君、ただ歩いただけだし」

「2人とも、言い方言い方」


 もうなんか罵倒プレイみたいになってるじゃん。


「タクト君、これでハーレム目指そうっていうんだから面白いよね」

「まったく、女子グループなめてもらっちゃ困るね~」

「あのな、ニッカもナウリも……ん?」

 あれ? いつの間にかニッカとナウリ、普通に会話してない?



「夕方から雨降るかもっていうし、早めに戻ろ~。そうだ、とっておきのカフェ教えてあげる! 自家製の生クリームが絶品なんだよ~!」


 パンッと手を合わせたナウリに、オーミとニッカが「いいね、食べよ食べよ!」とピョンピョン跳ねた。


「ナウリちゃん、場所教えて! それによって私、帰り道のルート変えるからさ」

「ニッちゃん、さすがだね~! そのお店、ケーキだけじゃなくて紅茶も絶品でね……」


 そのまま並んで歩き出す2人。楽しげに話しながら軽快な足取りで来た道を登っていくのを、オーミと一緒に眺める。


「仲直り出来て良かったわね」

「不思議だな。あんだけ険悪だったのに」


「あら、私からすれば男子の生態だって不思議だわ。ごめんね会で仲裁するなんて」

「やかまし」

「まあ、きっかけがあればうまく転がるものよ。今回はタクトの手柄じゃない?」


 クスクスと笑うオーミ。

 はぁん! やっぱり女子の笑顔って最高だな! 特にオーミの笑顔は何回でも見たくなるな! 男子校には絶対なかったタイプの癒やしだ! これはやっぱり、モテてモテてモテてハーレム目指すっきゃない!



「おーい、オーミ、行くよ!」

「タクト君、足捻ったの大丈夫?」

「そうそう、ナウリ、足治してくれよ」


「でもタクトさん攻撃の邪魔したからな~。みんなの荷物持つか、ケーキご馳走してくれるならいいよ~」

「なんで回復に対価を求められるんだ!」



 俺のツッコミに、ニッカとナウリの笑い声が返ってくる。そのやりとりを笑うように、束ねて握っていた獲物のヒゲがゆらゆらと揺れた。


<Quest3 了>

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