12.俺のやり方

「ニッカ」


 鳥の鳴き声が木々のざわめきに吸い込まれる森の中。後続を引き離して先頭にいる彼女に追いつき、声をかける。大分開いたその距離に、声をかけずにはいられなかった。


「どしたの、タクト君」


 黄色のサマーセーターをぐいっと伸ばして風を取り込むニッカ。ショートパンツから伸びた足は汗ばんでいて、健康的な脚の魅力に思わず目を逸らそうとするものの、視線は固定されてしまう。


「……大丈夫か?」

「ん……うん、大丈夫だよ」


 さっぱりしているように見える彼女が、実は意外と気にしいで、調和を大事にしていることはよく分かっていた。それでも努めて明るく振舞う彼女は本当に優しい子なんだと気付かされる。ああ、やっぱりこのパーティーどの子も素敵だよ……っ!



「ナウリちゃんの家のことも分かってるから、私が流せば良かったんだけどね。なんかつい売り言葉に買い言葉みたいになっちゃって……もともと新しい靴の話題出したのも私だしね」


 ベリーショートの青髪を右手で掻きながら、彼女は答えた。


「……だよな」


 みんな、少なからず自分が悪いって感じてるんだよな。こういういさかいなんて、誰かが一方的に悪い、なんてことはそんなにないのかもしれない。


「でもどうするんだよ、今の雰囲気」

「ううん、なんか仲直りするタイミングが難しくてさ……それに正直、ナウリちゃんだって良くないところあるから、私から一方的に謝りに行くのはちょっと納得できないなあ、とか思っちゃって……これも心が狭いんだろうけどね」

「じゃあナウリが謝りに来るのを待つ?」


 そう質問を向けると、ナウリは「ぐうう」と頭を抱えた。


「でもナウリちゃんだって思うところあるだろうし、どうしようか困ってると思うし」

「めちゃくちゃ気回してるな……」

「そうなんだよ、難しいんだよね、ホント」


 顔に×印が付きそうなほど悩んでるニッカを見ながら、俺はナウリとの会話を思い出していた。




『なんか、素直に謝れなくなっちゃった』

『ちょっとだけこのままにしておいて。そのうち何とかするからね~』




 彼女もまた悩んでいる。2人とも悩んで、でもうまく前に進めないでいる。


 俺にできることはあるだろうか。好感度を上げたいとかそんな打算じゃなくて、このグループの僅かばかりズレた歯車がまた噛み合うために必要なこと。


 ……まあ、自分ができることなんて限られてるよな。頭を振り絞るでもなく、1つの考えが浮かんだ。




「ニッカ、ちょっと待ってて」


 返事を聞かずに後ろに引き返し、特に会話もなく前後で歩いているオーミとナウリのところまで戻る。


「あれ、タクトさん、どうしたの~?」

「ナウリ、ちょっと来て。オーミ、ナウリとニッカちょっと借りていくぞ」

「はい?」


 言いたいことだけ言って、右手でナウリの腕を引っ張ってまた前進する。


「わっ、ちょっ、タクトさん!」


 舞台を学校に置き換えればラブコメ漫画のトキメキ1ページになりそうなシーン。唯一違うのは、途中でニッカを捕まえ、もう片方の手で引っ張ったということ。


 「え、タクト君?」と叫ぶニッカを後ろに従え、3人でバタバタと走る姿はさながら小学生の運動会競技。そうして、横道に逸れるように踏み固められた獣道を辿っていき、濃淡さまざまな緑が重なる小さな草原に出た。




「あの、タクトさん……?」

「タクト君、どういうこと?」


 お互いのことを気にしながら、中央にいる俺に怪訝な目を向けるナウリとニッカ。女子グループで日々鍛えてる、察しのいい2人のことだ。何の件かについては想像がついてるだろう。


 それならそれで、やりやすいってもんだ。



「はい、これから、ごめんね会を始めます!」

「……へ?」


 土曜19時のバラエティー番組のように大声で司会を務める。あのノリを、男子校のノリを思い出せ。


「2人とも相手に言いたいことはあると思うけど、『自分が悪いと思ってるところもある』ってことは俺もよく分かった。だから、まずは謝ろう! 話はそれからだ!」


 両サイドともポカンとしている、というか呆れている。漫画ならニッカの青髪とナウリの金髪にぴょんとアホ毛が立つに違いない。


「あのね、タクト君。そんなノリでやられてもね……」

「そうだよ、タクトさん。ちょっと無理やりすぎっていうか——」

「分かる、言いたいことは分かるぞ。でもな、俺もパーティーの一員だから少しでも雰囲気良くしたいわけよ。で、俺はできるのはこういうことなわけよ」


 ニッカとナウリ、2人を交互に見た後、自嘲的に笑いながら胸を叩いてみせる。


「女子グループはよく分からないからな!」

「……ふふっ、何それ」

「自慢できないよ~」


 俺のその言葉に、どちらも少し頬を緩めた。


 

 もちろん、男子校にだってセンシティブなやりとりはあるさ。そういう相談だって受けたこともある。でも、女子ほど面倒にならなかった気がする。


 これでまたこじれることもあるのかもしれないけど、この状況なら何もしなくても拗れたままだ。やってやるよ、俺の正攻法でやってやる。



「はい、まずはナウリ!」

「あ、ん、えっと……」


 人差し指で唇をカリっと掻いた後、意を決したように目を大きく見開き「ニッちゃん」と呼び掛けた。


「さっき、ごめんね。ニッちゃんが悪いわけじゃないのに、自分の家のこと重ねてイライラしちゃった。ごめんなさいっ」


 対するニッカは、ジッとナウリを見た後、同じようにペコリと頭を下げた。


「私の方こそごめん! ナウリちゃんの事情も分かってたから、敏感になってるの知ってたのに話題出しちゃって。ムキにならないで流せば良かったんだし」

「ううん、ワタシだって!」


 左右から謝る声が聞こえる。これでうまくいった、のかな……? 正直、よく分からないな。後悔はしてないけど。




「……で、タクトが司会して、2人の謝罪の場を作ったってことね」

「ああ」


 正規ルートに戻り、最後尾でオーミと並んで歩く。ナウリとニッカは少し前を歩いているが、前後に離れていて会話する距離感ではなかった。



「だけど良かったのかなあ、全然話してないし」

「どうかしらね」

「どうかしらって……お前、こういうときはもっと元気付けたりするだろ」


 そういうと、彼女は切れ長の目をきゅっと細め、ピンクの唇を曲げて優しく色づかせた。


「ふふっ、ちょっとからかってみたの」


 そんな表情で言われたら息も言葉も飲んじゃうよ! くそう、可愛いなあ! これからも俺だけにそういう顔を見せておくれ! もちろんナウリもニッカも見せておくれ!



「きっと大丈夫よ」

「ホントかよ」



 気休めの会話をしながら川沿いの平原をひたすら歩いていく。そろそろ海にでも流れ込むのだろうか、と考えていたところで、先から何やら鳴き声が聞こえた。



「ナアゴ……ナアゴ……」

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