Quest3:デビルキャット討伐
10.小さな綻び
「討伐クエストがあるね」
「うっしゃあ! 討伐! 待ってました!」
クエスト受付所の小さな小屋で、1人ガッツポーズ。向かいに座っている受付のおばさんがクケケッと怪鳥のような笑い声をあげた。
「他の世界から来てても、男はやっぱり好きなんだねえ、ロマンのあるクエストが」
「まあね。やっぱりモンスター倒すとかカッコいいですし!」
窓の外では、雲の群れが地上の様子を見に来ていて見事な曇天模様。でもその分暑くないので歩き回るにはピッタリ。外で待っている3人も辛くはないだろう。
「といっても、パーティーみんな食い殺しちまうような狂暴なモンスターはいないからね。野生の動物の狩りに近いと思っておけばいいさ」
丸眼鏡のブリッジの部分を中指でクイッと上げる。そのまま右手はグラスへ移動し、琥珀色のアルコールをゴブリと飲み干した。
「で、おばさん、何を倒すんです? ドラゴン? デビル?」
「お、鋭いね。今回のターゲットはデビルキャットだよ」
「なんか弱そう」
キャットってのがなあ、元の世界でもSNSに流れてきてた可愛い動画のイメージしか……いや、強すぎても嫌なんだけどさ。
「アンタ、自信があるのかもしれないけど、デビルだからってナメない方がいいよ」
「そっちはナメてません!」
猫! 猫の方!
「その猫のヒゲが結構特殊でね。長いし強度もいいから、楽器の弦や調度品の固定具に使われるのさ」
「へえ、便利なもんだな」
暮らしに使うから獲る。まさに獣の狩りと一緒だ。
「で、どうするんだい? 受けてくれるのかい?」
「ええ、討伐やってみたいので、お願いします」
よし、今日も冒険が始まるぞ。
「ところでさ、あたしと替わりばんこにこの小屋で受付やってる痩せたババアがいるだろ? あいつの性格が悪いったらないんだよ」
「どこかで聞いたような話……」
前にそのお相手から、ベクトルが逆になった文句をお伺いしましたが。
「今度こっそり討伐リストにあのババア加えてやろうかね、クケケッ」
「はい……あの、失礼します……」
若干目が本気の彼女を見て見ぬふりして、慌てて小屋を出た。
「デビルキャットね」
「さすがコンダクター、知ってるんだな」
オーミは得意気な表情を見せることもなく、「有名なモンスターだしね」と返す。
ニッカの案内に従って、目的の猫が出るという森へ向かい始めた。平坦な道を何度か曲がった後、川沿いの下り坂をゆっくり進んでいく。
「背中に悪魔みたいな模様があるのよ」
オーミがくるっと横を向き、几帳面に自分の背中を見せて説明してくれるのがちょっとおかしい。
オフショルダーのグレーシャツに黒のスカート。両肩が見えるのは、やっぱり相当ドキッとする。
「模様か……ふうん、それでデビルってついてるんだな」
「もちろんそれだけじゃないわ。その模様は実際にデビルなの。火を噴くわ」
「普通に強そうじゃん!」
むしろ背中が本体なのでは! 背面に猫を飼っているデビルなのでは!
「鳴き声、結構可愛いんだよね」
先頭のニッカがこちらを振り向き、指を曲げた猫の手のマネを見せる。薄い黄色のサマーセーターと、ネイビーのショートパンツ。職業柄、これまでとんでもない距離を歩いてきたんだろう、足の筋肉が程よくガッシリしていて、思わず見蕩れてしまう。
「分かる分かる、可愛いよね~。ナアゴナアゴ」
ナウリが真似すると、ニッカが「惜しい!」と指を鳴らした。
「こうだよ、こう。ナアンナアン」
「いや、ナアンゴナアンゴって感じじゃない?」
なぜ女子は全員猫の鳴き真似ができるのか。小学校のときも集団登校で猫見かけると女子全員でニャーゴニャーゴやってた気がする。
「それにしても、この辺りは石が多くて歩きづらいね~。足が痛くなりそう」
右足を持ち上げて軽く振りながら睨むように地面に視線を落とすナウリ。「フレアって言うんだよ~」と教えてもらった、波のように広がる清楚な深緑のスカートの上は、胸の谷間まではっきりと分かるベージュの開襟シャツ。くそっ、お尻も良いと思ったけどやっぱり胸も最高なんだよな……っ!
「ナウリちゃん、最近出た新しい冒険靴、結構良いよ。靴底しっかりしてるけど軽量化されてるから、履いてても疲れにくいの」
へえ、そんな靴があるのか……と感心していた矢先、ほんわかした空気は一瞬にして冷え、凍りつく。
「いいなあ、ニッちゃん。最近は新しい家もどんどん建ってるから、お父さんも景気いいもんね~」
「……ナウリちゃん」
いつもより低いトーンで名前を呼び、ニッカはナウリに近づいた。
「自分で稼いだお金で買ったんだ。ロードガイドにとって靴は命だからさ。父さんは全然関係ないよ」
「……えへ、そっか、ごめんごめん、勘違いしちゃってた~」
「ホントかな」
ニコっと微笑むナウリを真っ直ぐ見るニッカ。少し強め、責める意思を帯びた口調で、追及の手を緩めようとしない。
ん? あれ、これいつもの雰囲気と違うぞ? ちょっとマズいんじゃない?
「お、おい、オーミ」
「ナアンゴ……ナアンゴ……」
猫練習してる場合かよ。
「オーミ、間入らなくていいのかよ」
「え? この状況で入って好転すると思う?」
「そう言われると……」
どっちかの肩持つなんてもっての他だし、今2人を宥めても逆効果の気もする。
いや、でもこれから討伐クエストだぞ。パーティーが機能しなくなったらマズいし、それこそニッカとナウリで決闘でも始まったらそれこそ一大事——
「……これ以上ここで話しても埒あかないと思うわ。一旦先に進みましょ。頼まれたクエストが最優先だし」
「……そうだね」
「うん、行こう」
オーミの意見に2人が短く相槌を打ち、そのまま何事もなかったかのようにニッカを先頭に歩き始める。
よ、良かった……とりあえず収まった、のかな?
「助かったよ、オーミ」
「え、何が?」
首を傾げるオーミ。重力で薄紫の髪がサラサラと流れる。
「俺は2人が決闘でも始めたらどうしようかと思ったよ」
彼女は2秒固まった後、キャットデビルが火を噴くときはこんな感じかと思う勢いで大きく嘆息した。
「単純ね……私の手の届かない、バカの水底って感じだわ」
「なぜそんなに涼しげな顔で毒が吐けるんだ」
転生した人のためのコンダクターがこんなんでいいのか。
「そっか、だから掬いようのないバカっていうのね」
「多分違うと思いますけど!」
字も違うし!
「そんな物理的なケンカなんかしないわよ」
「だよな」
「その代わり、道中はちょっと大変かもね」
「…………へ?」
その意味を理解するのに、時間は要さなかった。
「…………………………………………」
「………………………………………………」
会話が……無い……っ!
横の川と同じ速さで気まずさも流れていく。
最後尾の俺から見ても、誰も何も話さずに歩いている。これがオリエンテーリングだったらリタイアした方がマシという冷戦。
これは、俺から話を振った方がいいのかな……。
「俺から話振った方がいいのかな、とか思ってるでしょ。余計なことしたら首か小指の骨折るからね」
「オーミ、さらっと心を読むな」
あと2択のうち1つはほぼ殺人ですからね。
「仲直りのきっかけになるかもしれないだろ。少しくらい会話しろよ」
「あら、これは『会話をしない』っていう会話よ」
「哲学!」
不安なクエストが始まりました。
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