9.頼むなら同じもの

「ほら、見てみろよ! すごいよ、この川! どこまで続いてるんだろうな!」

「国土の外まで続いてるよ」


 馬車の窓の外に身を乗り出して叫んでみたものの、ニッカの杓子定規な答えが返ってきただけで、客車の中で真剣にマジックトーク、通称マジトを触ってる女子グループには全く届いていない。


 くそう……俺だって男だ、キレるときはキレるんだぞ!


「おい、お前ら! たまには景色見ろよ! こうやって村の景色を見ることで『この村を発展させたい』『ここの人達の役に立ちたい』って思えるんじゃないのか!」


 少し声を張ると、オーミがジトーッと怪訝な目で俺を見てきた。あれ? 効果なし?


「……あのね、そんなこといつでも思ってるわよ。ずっとこの仕事に就く気で勉強してきたんだから」

「……まあそりゃそうだよな」


「でも!」

「どわっ」


 立ち上がって、見上げた俺が影で隠れるくらい顔を寄せる。ち、近い! 緊張、そして興奮……っ!


「パーティーみんなで協力してクエストを達成するためには、パーティーの仲が大事でしょ? さっきも言ったけど、人のやりくりの都合でいつメンバーが変わるか分からないんだから、会ってない子ともこうしてマジトで関係性を維持していくの。つまり、ひいてはクエストのためなのよ」


「分かったような分からないような……」

 ホントに努力してることはよく分かった。



「女の子って何でできてる?」

「あ、その詩知ってる! 元の世界にもあった!」


「グループと調和とそれから内紛、そういうものでできてるの」

「やっぱり知らない!」

 そういうものではできてなかった気がする!



「クエスト終わったし、みんなでご飯食べたいね~」

「お、いいわね、ナウリ。よし、4人で食べよう」


 えっ! オーミ……今何て言いました? 俺も、俺も混ざっていいんですか……っ!


「帰り道に美味しいお店ないか、馭者さんに聞いてみるわ。すみませーん」

 客車の窓を開けて、馭者に向かって叫ぶオーミ。彼女に聞こえないボリュームで、ニッカが呟く。


「オーミちゃん、こういうとき私達に何も聞かないで進めちゃうんだよね」

「コンダクターもやってるから面倒見いいんだろうけど、ちょっと1人よがりかもね~」

 女の子って大変!




「わっ、ステキなお店!」


 馬車を降りてすぐ、ニッカがダッシュで店の近くまで走る。

 出発した場所からギリギリ歩ける距離、オーミが馭者からオススメされたカフェに来た。


 丸太を上手に使ったログハウス。元の世界にあってもSNS映えで人気出そうだ。


「いらっしゃい。4名様ね、好きなところに座って」


 ドアを開けると付いていたベルが鳴り、マスターらしき女性が案内してくれた。俺と同じ黒の髪を後ろで縛り、口紅のような真紅のシャツにエプロン。冒険服の店にいたお姉さんとは違う、もう少し年上で、清楚な大人の女性。


「決まったら呼んでね」

 メニューを人数分渡して、カウンタ―でお湯を沸かし始めた。


 ワクワクしながら開くと、「イモのチーズがけ」「塩漬け肉の炙り」「ソーセージ4種」「ケーキセット」など、眺めるだけで鼻腔と胃を刺激する文字が躍る。

「うう、迷うなあ~」

「どれも美味しそうね」


 頭を楽しげに揺らすナウリとオーミ。よし、俺は決めたぞ。


「みんな、決まった?」

「ええ、大丈夫よ」

 全員が小さく頷くのを見て、お姉さんを呼ぶ。


「えっと、俺はソーセージ4種にパンつけて下さい」

「ソーセージね。アナタ達は?」

 右端にいたナウリから左端のニッカまで、順番に答える。


「塩漬け肉の炙りで! あ、パンつけて下さい~」

「……うん、私もそれ」

「……うん、私も同じの」

「分かったわ。今サービスでコーヒー出すから、できるまで飲んで待っててね」


「……ちょっとニッカ来て」

 お姉さんがいなくなると同時に彼女を離れた場所に呼び出す。


「え、何、みんな同じもの食べろって神の教えでもあるの」

 あんな鮮やかな注文リレー久しぶりに見たよ。


「……そういうんじゃないけどさ」

「だってお前ホントは何頼もうとしてたんだよ」

「アップルパイ」

「全然違うじゃん!」

 ほぼ正反対じゃん!


「食べたいもの食べればいいだろ。さすがに違うもの食べたくらいで何か言われることはないだろうし」

「何か言われるとかはないよ」


 でもさ、とニッカは青い後ろ髪を自分で撫でる。その表情にはどこか、安堵のようなものが見え隠れしていた。


「みんなで同じもの食べてるって、『ああ、同じグループにいるな。溶け込めてるな』って私自身も安心できるんだよ。みんなで味の感想言い合うとかも楽しいし」

「そういうもんなのか」

 ううん、やっぱり色々気にしてるんだなあ。


「何、どうしたの、タクト」

 ニッカが戻るのと入れ違いで、オーミが興味ありげにやってきた。


「そういやオーミはホントは何頼もうとしてたんだ?」

「私? お腹そんなに空いてないから紅茶だけ飲もうと思ってたわ」

「そこから違うの!」

 反対以前の問題!


「いや、みんな我慢して注文してんのかなあって」

 その言葉に、彼女は目を大きく見開き、やがて静かに笑みを浮かべた。


「そんな苦しいものじゃないわよ、自然に選んでるから」

 分からないかもしれないけど、と明るく俺の肩を叩く。


「せっかくパーティ―組んだんだから、みんな仲良くしたいのよ。食事だって、みんなで同じ物食べて、私は好きだとか好みじゃないとか話すの楽しいじゃない。別々のもの食べてシェアするのも楽しいけど、今日はなんか同じ物食べようって気になっただけ」

「なるほどね」


 そう言われると何となく納得できる。ナウリもニッカもそしてオーミも、こうやって相手やグループ全体のことを考えて動く女子が、窮屈そうではあるけどとても成熟して見えて、もっと近づきたいなあと惹き寄せられてしまうんだ。


「さ、コーヒー飲んで待ってよ」

「ん、だな」


 一緒に席に戻り、スパイスのような香りで厚みのある味わいのコーヒーを楽しんだ。


「お待たせ、ソーセージ4種と塩漬け肉の炙りね」

 大きなお盆で料理を運んできたお姉さんが、手際よくお皿を配膳していく。


「美味しそう! いっただっきまーす!」

 フォークとナイフを持ち、一斉に目の前のお皿に夢中になる。


「柔らかくて美味しいね〜」

「味付けしっかりしてる!」

「ねえ! このソース、パンにつけても結構イケるよ!」


 キャッキャとはしゃぐ彼女たちを見ながら、俺もソーセージにかぶりついてみる。プチンッという食感と濃厚な肉の旨味に口が幸せになり、跳ねた肉汁がついて指がテカテカと嬉しそうに輝いた。


 と、オーミが肩をツンツンつつく。


「ねえねえ、タクト、ソーセージ一口ちょうだい。炙りあげるから」

「あ! ワタシも~!」

「私も食べてみたい!」


 こ、これは……! 夢にまで見たランチのシェアってヤツじゃないですか……!


 共学の男女がお昼にお弁当のおかず交換をしてる、と勝手に仮説を立てて「そんな夢みたいな生活してるやつに勉強では負けない!」と結果オーライな受験道を歩んできた俺にも遂にこの機会が! ちなみにその仮説は、共学に行った小学校時代の友人から「そんなんあったらむしろ驚愕だわ」とウマい返しによって棄却されています。


「私ももらうね!」


 全員と交換した後で気付く。ほぼソーセージが残ってないことに。


「待って! みんなもらいすぎじゃない!」

 そのツッコミに、オーミが呆れた表情を見せる。


「何よ、細かいわね。減るもんじゃなし」

「減ってんだよ!」

 こういうときに使う言葉じゃないんだよ!


「肉の炙りたくさんもらったんだからいいじゃない」

「いや……分けて楽しむなら始めから色々な種類頼めば良かったのでは……」

 それを聞いた3人は顔を見合わせる。そして。


「一緒のもの食べたかったんだもんねー!」

「ねーっ!」


 全員が飛びっきりの笑顔。ったく、そんなん見せられたら、こっちも笑うしかないぜ。


「……ま、ならいいんだけどさ」



 何はともあれ、俺は初めて、ハーレム要員候補と一緒にご飯を食べられたのだった。



<Quest2 了>

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