8.似合う? 似合わない?

「いらっしゃいませ。どうぞご覧下さい」


 店に入るなり、綺麗にお化粧している女性が挨拶してくれる。20代前半だろうか、長い丈の薄手カーディガンに、ハイウエストのパンツで、高めの身長が更に際立って見える。元の世界でもモデルにいそうな体型だ。



「わあ、すごい!」

「あっちでは見ないデザインもあるな」


 店内を歩きながら、楽しげに声をあげる4人。広い店とは言えないものの、所狭しと服が並び、上の方にもオススメ商品が掛けられ、華やかな空間を演出している。


 俺達しか客はいないらしく、さっきの女性の店員さんが声をかけてくれた。


「あら、誰かの彼氏?」

「あ、そう見えます? いや実は——」

「違うわ」


 イントネーション変えたら漫才のツッコミかと思うほどのテンポ良い遮り方を披露するオーミ。あれ、どこかで聞いたやりとりだぞこれ。


「ただの……性別が違う人、というか……」

「もう紹介になってねえよ!」

 素直にパーティ―メンバーって言ってくれよ!


「ところでオーミ、冒険服って何だ? 入り口の看板に書いてあったけど」

「ああ、私達が来てる服のことよ」


 オーミは自分の胸元をトントンと叩く。返事をするように白シャツがファサッと揺れた。


「汚れや傷に強い素材で出来てるのよ」

「なるほど、着て歩き回るにはピッタリってわけか」


 凝りに凝ったデザインじゃないけど、こんなにカラフルで元の世界みたいにバリエーションがあると思わなかった。どこの世界の女子もファッションは楽しみたいってことか。



「ねえ、これどう? 似合うかな~?」

 前にいたナウリが、オレンジのワンピースを体にあてがって見せる。


「あ、いいね!」

「似合うよ、ナウリちゃん!」

 オーミとニッカがキャピキャピとはしゃぐ。


「どうかな、タクトさん」

「あ、うん? ああ、似合う、うん、全然悪くないと思うけど、正直よく分かんないな」


 その答えに、オーミが4歳の従弟を見るような優しい眼差しで肩をポンポンと叩く。


「……学んでいこうね」

「だからその目で見るなよ!」

 作り笑いをやめるんだ!



「あのね、タクト。似合うと思うなら素直に似合うって言えば良いのよ」

「でもさ、オーミ。俺はそんなに女子のファッションは分からな——」

「良いのよ、『似合う』って言うことに意味があるんだから」

 え、そうなの。そういうもんなの。


「1人1人センスは違うんだから、私の『似合う』だって本当はどうか分からないでしょ? でも、そもそも『どうかな?』って見せてるってことは自分では悪くないと思ってるわけ。だから、似合うと思ったならちゃんと言った方がいいわ。女子は共感の生き物なんだから」

「共感か。なるほど……」


「タクトも別に顔は悪くないんだから、そういうところ伸ばしていけばいいのよ」

「えっ……!」


 トクン。え、今オーミなんて言った? 遠回しにイケメンって言ってくれた?


 普段褒めない人が褒めてくれるってこんなに嬉しいものなの? 何この心の奥がじんわり温まるようなふわふわした気持ち。これが恋? というか向こうが恋に落ちてる? ってことはもう両想い?



「……オ、オーミさえ良ければ、その、付き、合うか?」

 瞬間、固まるオーミ。次の瞬間、俺に2歩、近寄る。


 そして、肘から下をすばやく俺の顎に寄せ、握り拳の背部でドンッと打った。


「せいっ!」

「痛え!」

 裏! 裏拳だこれ!


「どういう思考でその発言をしたか分からないから、とりあえず打っておこうと思って」

「言葉で返せよ!」

 コミュニケーションを放棄するな!


「とりあえずタクトは、服について聞かれたときのリアクションは覚えておきなさい。間違ったらまた裏拳やるわよ」

「スパルタすぎるだろ」

 顎をさすっていると、ニッカがひょいっと顔を覗かせた。


「タクト君は元いた世界ではどんな風に相手の服褒めてたの?」

「え……服?」


 記憶を呼び覚ます。しかし、掘っても掘っても、友達の男子がアパレルショップで服をあてがっているときに何か声をかけて喜んでもらった覚えがない。


 というかそれ以前に、友達の男子がアパレルショップで服をあてがっているときに何か声をかけた覚えがない。


 いやもっと言うと、友達の男子がアパレルショップで服をあてがっていた覚えがない。



「褒めてなかった気がするな」

「あははっ、それは私達と話すの大変だ」

 声をあげるニッカの白い歯がこぼれる。


「ちなみにタクト、もしこんな風にちょっと『イマイチかな』って服で感想を聞かれたら、何て言ってあげるのがいいと思う?」

 オーミがショッキングピンクのTシャツをヒラヒラと揺らす。


「え? えっと……派手すぎるぞ、かな」

「あのね、派手な格好に派手って言うなんて、卵料理に卵使ってますねって言うようなものよ」

「それの何が悪いんだよ」

 比喩のスキルが低すぎませんか。



「いい? 基本は褒めながら! 『わぁ! ステキ! 思ったよりアリだね! んー、でも、やっぱりちょっとだけ派手、かなあ』 はいどうぞ」

「いや、どうぞと言われても」

 俺は一体何のトレーニングを受けてるんだ。


「じゃあ、タクト、代わりに。『いつもみんなにお世話になってるから、気に入ったものがあれば買わせて頂きます』 はいどうぞ」

「言うと思ったか!」

 お仕着せの謝辞で俺の報酬を奪っていくな!


「分かった? とにかく女子には褒めること。思ったままを、少しだけやんわり言えばいいんだからね」

「わーったわーった……おっ、見ろ、男モノの服もあるぞ!」


 ワンピースの隣に掛かっていた、通気性の良さそうな赤色の長袖シャツをパッと取り、体に当ててみる。


「どうだ、これ? 似合う?」

 一瞥した3人が、3秒かからず首を振った。



「似合わないわ」

「センスちょっとズレてますね~」

「派手すぎよ」

「俺に対するケアはないの!」

 思ったよりアリだね、の一言ほしいんですけど!

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