7.スマホは競技

「枠の中に文字や絵を書いたら、グループの仲間に送れるってわけか」

「そうそう。で、例えば5人グループなら、相手の4人のうち3人が読んだとか、人数が分かるようになってるのよ」


 言いながらもマジトをジッと見ているオーミ。へえ、既読機能もあるんだ。


 というか、オーミの服! 胸元が開いた白のシャツももちろん色っぽいけど、細身のパンツですよ……! お尻が! お尻のフォルムがしっかりくっきりと……!


 ああ、俺は幼稚だった。前の世界でもグラビアでは胸にばっかり目がいってて、ヒップの良さを理解していなかった。受験勉強よりもっと大事なことを今日学べた気がする。


「って、みんなそのマジト触ってるけど、3人でやりとりしてるのか?」

「違う違う。クラスの他のメンバーだよ」


 マジトを見せてくれるニッカ。水晶には知らない名前が数人表示されていて、最近行ったオススメのお店やお互いのクエストの状況を話していた。


「……そっかあ、仲良いんだなあ」

「まあ仲が良いってのもあるけど、関係性は維持しておきたいっていうかさ」


 話し相手の俺には目もくれず、ものすごい速さで画面に字を書いていく。


「このパーティーもずっと続くわけじゃないでしょ? そしたら他の女子と組むことになるわけよ。そのときに他のみんなが楽しそうにやってるのに、私だけ『あ……ひさしぶり……』とかだったらやりづらいじゃん? 今のうちに種は蒔いておくってこと。ねえ、ナウリちゃん?」

「そうだね。みんなもやってるだろうし、ワタシだけ放置するってわけにもいかないしね~」

「そうなのか……」


 すごいな……そんなに色々考えてグループトークやったことないぞ……。


「でも、みんないつまでやってるんだよ。ほら、オーミ。外見ろよ、ステキな景色だぞ!」


「ちょっと待っててタクト、景色より既読なの」

「何その新しい格言」

 花より団子の数倍は生々しい。


「今2人で会話してるんだけど、自分で会話終わらせたくないじゃない? 会話飽きたように見えてもアレだし」

「え? いいだろ、『これからクエストだからごめんね』って言えば」


 その答えに、彼女は大きく溜息をついた。


「なんかいいわね、真っ直ぐな世界で生きてきた人って。ニッカ、そう思わない?」

「私もそんな風に穏やかに過ごしてみたいなあ」

 あれ、どうしよう、控えめなテイストで小馬鹿にされてる気がする。


「いい、タクト、復唱して。『女子グループは気が付くと内紛』」

「そんなの復唱したくない!」

 何言わせる気なんだよ。


「急にぶつ切りにならないよう、うまく会話を運んでいってお互い満足したところで『じゃあね』って形で終わらせるの。特に2人の場合は」

 オーミが紋所のように水晶の画面をババンッと見せつけてくる。


「分かる? マジトは競技なのよ」

「競技じゃねえよ」

 何と戦ってるの? 自分自身?


「それにしても、私が相手のメッセージ読んだら既読マークがつくじゃない? あれを相手が確認したかどうか知りたいわよね。確認してたなら、急いで返信しなきゃだし」

「いや、何もそこまでしなくても——」


 俺のツッコミにニッカが割って入る。


「私もそう思う! 既読の既読通知が欲しいよね。あ、でもそうしたら相手もその既読の既読通知の既読通知が欲しくなるかも。で、更にその既読通知——」

「だから何と戦ってるんだよ!」

 たまには窓の外見ようぜ!





「あ、あそこだね」


 ニッカが指差す先に、今回の目的地のお店があった。「シマージ火山の灰あります」と大きな木の看板が立っている。

「今日は暑いね~」


 ナウリがハンドタオルで汗を拭いた。ところどころに花のワンポイントが入った薄黄色のワンピースが汗でほんのり透けて、俺の動悸を激しくさせる。学ランで埋め尽くされた俺の日常、さらば。


「おじさん、シマージ火山の灰ちょうだい!」


 先頭で入ったニッカが勢いよく引き戸を開けると、髪にあご髭を蓄えた中年のおじさんが手際よく棚を拭いていた。


「あいよ、若い子に来てもらえるなんて嬉しいねえ。男の子は誰かの彼氏さんかい?」

「あ、そう見えます? いや実は——」

「違いますよ~」


 早押し問題に即答する高校生クイズのごとき遮り方を披露するナウリ。問題文も俺の話も最後まで聞いてください。


「えっと、ただの……ただの……同業者ですね~」

「せめてパーティー一緒だって言ってくれ!」

 知り合い認定してくれよ!


「じゃあこれ、灰3袋ね。これだけあれば薄めて家1軒は軽く塗れるよ」


 小さい袋を受け取って買い物を済ませたニッカが、カウンターの奥にあった巨大な黒い袋に目を留めた。前の世界のポリ袋で優に2袋分はある。


「おじさん、あれも火山灰?」

「ああ、ちょっとお得意様用にな」

「あれなら、多少減っても大丈夫よね……」


 そう呟いたオーミの声を、他の女子2人は聞き逃さない。途端に口をグニャリと歪ませ、乙女とは程遠い意地の悪い笑顔を見せる。


「ねえ、おじさん。あれ、少しだけもらえません?」

 スッと彼の前に立ち、いじらしく髪を耳にかけながら特上の微笑みを見せるオーミ。


「え、いやいや、結構大量に頼まれてるから——」

「なんか、化粧品に使えるって聞いたんですよね。せっかく遠いところから来たから、出来たら私達にも少しだけ分けてほしいなあ」


 ニッカがすかさず飛び道具、ウィンクをかます。


「ちょっとだけ、ね、おじさん。ちょびっとだけでいいですから~」

 とどめ、ナウリが敵の手にそっと触れる。無意識なのか故意なのか、僅かに胸を寄せながら。


「……んふっ、じゃあちょっとだけだよ」

「やったあ!」

「おじさん、ありがとう! 嬉しい!」

 敵、陥落。3人の一糸乱れぬチームワーク、ちょっと怖いです。




「いやあ、買い物もできたし、これで帰れば無事に完了だね」


 頭の後ろで手を組みながら、おもちゃの兵隊のように足を振り上げて陽気に歩くニッカ。汗でペタリと肌にくっつくノースリーブが、女性らしい体付きを浮き出たせる。


 そんな彼女を、後ろにいたナウリが呼び止めた。


「あ、見て、ニッちゃん。服屋さんあるよ~」

「どれどれ! あ、ホントだ!」


 少し奥まったところにある、レンガ造りの家。入口の上に「冒険服あります」という木の看板が掲げられている。


「行ってみたい! ナウリちゃん、行こう!」

「うん、行こ行こ! オーちゃんも!」

「うん!」


 オーミとニッカがバヒュンと走りだし、「オーちゃん達元気だなあ~」とナウリがワンピースの裾を風に遊ばせながら後を追った。

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