2章 狙うはハーレム、維持してグループ
Quest2:シマージ火山灰購入
6.みんなでお買い物
「買い物? そんなクエストがあるんですか?」
ドアと窓が1つずつあるだけの小さな小屋に、地元の図書館の貸し出し受付を思い出させる、低めの木製テーブル。向かいに座っているクエスト受付所のおばさんが、「ああ」と掠れた声で頷く。
昨日はお休みし、1日ぶりにやってきて、新しいクエストを選んでいる途中。
「モンスターがいる地帯の村や、かなり離れた小島でしか買えないようなものもあるからね。男どもが仕事で使う材料なんかを買ってくるのさ」
言いながら、痩せぎすの印象からは想像できないほど豪快にカッとグラスを煽る。鼻をつくアルコールの匂い。この声、酒焼けってヤツだな……。
「やるかい? それなら、早く外のお嬢さんたちにも伝えてやんな」
「あ、はい。じゃあ、お願いします」
これで今日の予定は決まったな。
「ところで、あたしと交代でこの小屋で受付やってる丸眼鏡のババアがいるんだけど、これがまあ性格が悪くてね。この前なんか——」
「失礼します!」
愚痴を聞くクエストは割と間に合ってますので!
「シマージ火山の灰?」
買う物の名前を聞いたナウリが首を傾げる。
「少し南の方に火山があって、その周辺に噴火した灰が落ちてるらしい。森を抜けるから途中で馬車が使えなくなるんで、クエストになってるんだってよ」
「ふうん、聞いたことないな~。あんまり行きにくいところだとイヤだけど……ニッちゃんは知ってる?」
小さなヤスリで爪を磨いていたニッカが、話を振られて小さくピースサインをする。
「私、シマージ火山行ったことあるよ! 近くにトッピングでクリームつけてくれるドーナツ屋さんがあったのだけよく覚えてる」
「わあ、それいいね~!」
「もっと地理的なこと覚えておいてくれよ」
ロードガイドっていうか女子向け観光ガイドだよそれ。
「オーミは?」
風で紫の後ろ髪にくっついた小さな葉を取りながら、彼女は首を傾げる。
「火山もだけど、火山灰についても詳しくは知らないわ。高温で溶かすと塗料になって家の壁とかに使えるんじゃなかったっけ。買い物クエストだと買ったもの少し貰えたりするけど、今回はもらっても仕方ないわよね」
「でもオーちゃん、最近の灰は化粧品としても使えるはずだよ。灰の成分で肌が綺麗になるんだって~」
「さて、タクト、火山の地図はもらってる?」
「お前は……」
色々分かりやすくて安心するよ。
「買う物がどうであれ、クエストでお金稼げば好きな化粧品買えるんだからさ、まずは地道に頑張ろ!」
「ニッカの言う通りだな。よし、じゃあ行くか」
「じゃあタクト君、地図貸して。馬車乗り場まで案内して、シマージまで最短距離で行くよ!」
ニッカが俺達を誘導する中、俺の脳内は反省と迷走で混乱していた。
待って待って、俺の読んだ漫画とかライトノベルとかアニメとかを思い出してごらんよ。みんなあんなに簡単にハーレム出来てたじゃん。俺がちょっとカッコいいこと言って俺がちょっと戦えばヒロインの心で赤い実がはじけて俺は冒険者にしてハートの盗賊っていう2足のわらじになるはずじゃん。
それが今はどう? もう女子全員が俺に興味がない。というか、他の女子にしか興味がない。いや、これが百合的な意味ならいいんですよ? それはそれでご馳走だから。違うでしょ、もっとこう「グループを破綻させないように、誰も傷つけないように、そして自分も嫌われないように」みたいな、俺が男子校で一切遊んだことのないバランスゲームみたいなヤツでしょ。
毒舌のオーミも、おっとりのナウリも、さっぱりした(実は気にしいな)ニッカも、みんなグループの維持に力を入れてる。おかげでこの前の初クエスト終了後のカフェご飯は「女子だけで話したいこととかあるし」って言われてタクトさん不参加でしたから。帰り道が涙で見えなくならないか不安だったわ。
あと宿泊場所とかね。そりゃもう「良かったら……私の家、泊まってく? 1人だと寂しくて……」みたいな展開期待したけど、みんな実家暮らしっていうね。
住む場所なんか急に決められないからしばらく超安宿暮らしですよ。ベッドのマットがフレーム並に堅い。クエスト集合の連絡とか、俺が出かけてる間に宿のおばさんに言付けされてたりする。
とにかく、ハーレムの第一歩! 少しでも仲良くなる! 今回の目標は、クエスト終わりに一緒にご飯に行くこと!
「おじさん、もう少し行って十字になってるところ右折したら、川を越えるまでしばらくは道なりね」
馬車に乗りながら、ニッカが前の馭者に行き先を指示する。白のショートパンツは前と同じ、上は青のノースリーブ。腋が、もう腋が。男と同じ部位とは思えん。
「いやあ、なんか馬車っていいな! 冒険してるって感じだよな!」
畑が続く窓からの景色を眺めつつ、カッポカッポという蹄の音に興奮する。これこそまさに、俺が想像していたファンタジーの世界。
「確かに私も始めの頃は楽しかったなあ」
「馭者が下手だと酔うんだよね~」
そんな俺に、弟を可愛がるような感じで相槌を打ってくれるオーミとニッカ。客車の中は電車のボックス席のように3人ずつ向かい合わせに座れるようになって、そこに2対2で座っていた。
「……ところで、みんな何見てるんだ?」
3人全員で、何やら四角いものを両手で持って見入っている。開封したばっかりの石鹸より少し大きいそれは……まるでスマホ……?
「マジトよ、マジト。マジックトーク」
オーミがその本体を見せてくれる。水晶か何かで出来た画面の下に、幾つかのボタン。え、ほぼスマホじゃん。
「何これ、電話できるの! 回線とかあるの、この世界!」
「デンワ……? カイセン……?」
初めて聞くらしき単語を復唱するオーミ。あ、さすがにそこまでじゃないのね。
「タクトさん、これは設定したグループに指で書いた文を送れる装置だよ~」
自分が書いた文字を見せながら、ナウリが教えてくれた。
「ワタシなんか足元にも及ばない大賢者の魔法で動いてるの。クエストに携(たずさ)わってる女子がスムーズに情報交換できるように作られたんだよ~。学校を卒業するときに、同じクラスの40人と連絡できる状態で渡されて、好きにグループ作ってやりとりしてねっていう」
「へえ、俺がいた世界にも似たようなものあったな」
LIMEのグループトークと同じようなものだよな。
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