5.初バトル、そして決意新たに

「おーい、早く来なよ!」


 ニッカが少し引き返してくると、女子2人の会話はくるりとベクトルを変える。持っていたカバンから麦わら帽子を出して被りながら、ナウリが手を振って彼女を迎えた。


「ごめんごめん、ニッちゃん」

「タクトが転んで手に擦り傷作ったから、ナウリに治してもらってたの」


 パンと手を合わせて、ごめんなさいするオーミ。その咄嗟の創作とリアクションがスムーズすぎて、俺も思わず「魔法ってすごいんだなあ!」と治癒の感想を口にする。


「そっか。タクト君、手大丈夫だった?」

「ああ、大丈夫だよ」


 膨らんだ木の根を飛び越えて俺の隣に来るニッカ。うっ、ショートパンツじゃなくてスカートだったら捲れてたかもしれない、惜しいな。でもショートパンツこそ、「絶対に見えないけどいつか奇跡が起こって見えるかもしれないもの」として崇拝できるよな……。


「なら良かった。ここからは木の枝もたくさん落ちてるから、刺さらないように気を付けてね」

「ありがとな」


 口角をクッと上げて破顔する。ううん、ニッカは中性的な感じだし、性格もさっぱりしてそうだし、他のメンバーより女子っぽく——


「あのさ」

「わっ」


 俺の左にスッと身を寄せたニッカが、他の人に聞こえないような声で囁く。ベリーショートの青い髪が仄かに腕に触れ、くすぐったかった。


「ど、どうしたのニッカ」

「今ちょっと離れてたけど、みんな私の悪口言ってなかった?」


 …………は?


「多分言われてたと思うんだよね。どうしよう、なんかマズいことしたかな……ナウリちゃんのこと悪く言ったときもそこまでひどくは言ってないつもりだし、心証は悪くないはずだけど……ねえ、もし聞いてたら教えてくれない?」


 めちゃくちゃ気にしい女子だこの子! 見た目のサッパリ感とのギャップ!


「いや、聞いてないけど……特に話してる様子もなかったぞ」

「そっか……なんか気になること聞いたら、小さなことでもいいから教えてね。グループで完全に嫌われたら危ないから」

「……はあい」


 おかしい。誰も男の俺に興味を持ってないんですけど。






「あっ、メタモルスライムだ~!」


 鉱石ミスサイトが取れるという山頂まであと僅かというところで、先頭のナウリがモンスターに遭遇した。


 漫画やアニメでよく見るような青い軟体生物だけど、その変幻自在な体を活かして人型になっている。手には本物の剣。


「うっしゃあ、遂に来たな!」


 これですよこれ、戦闘で男らしいところを見せて好感度アップからの、「女子グループにばっかり目がいってたけど、これからはアナタに目を向けようと思って」的に頬を赤らめて、その症状は風邪か疫病か、いやいやそれは恋の病だ、って感じのラブクエスト!


「オーミ、どうやって戦うんだ? 俺が先陣きっても——」

「まず私が行くよ」


 いつの間にかリュックから取り出していた小型の弓に矢をセットし、素早く構えるニッカ。放った矢はスライムの頭部を貫通し、こっちに向かって歩いてきた足が止まる。


「次はワタシ行くね~」


 ナウリが呪文を唱えると、キュウウウと甲高い声を出しながら暴れるスライムの足元からパキリッと音がし、徐々に身動きが取れなくなっていく。やがて、そういうアートかと見紛う、完全な氷づけになった。


「壊すわ」


 最後にオーミが駆け寄り、跳びながらのかかと落としを食らわせる。中の敵もろとも、氷はバラバラに砕けた。



「勝った~!」

「終わっちゃった!」

 俺何もしてないんだけど!


「おい、オーミ! 剣士が仕事出来てないぞ! こういうのは男の役目だろ!」


 その言葉に、女子3人が一斉に首を振った。お前らは雑貨ショップに並んだ太陽光で揺れるインテリアかよ。


「出たわね、男子が転生してくると決まって言うって評判の『男の役目』」

 えええ……それパターン化されてるの……


「あのね、この世界ではモンスターと戦うのは女子の役目なの。そっちの世界の常識押し付けないでよね。ねえ、ニッカ」

「そうだね、価値観を押し付ける男子は嫌われるよ」

「ワタシもそう思うな~。男女関係ないもんね、必要な能力があれば」


 あれ、何だろう。俺が悪者になってる。


 しかし、ピンチは最大のチャンス! 男子校を思い出せ、こういうときに「あえて」攻めたネタをぶちこむことで教室が盛り上がっただろう?


「ちょ、ちょっと待って! 悪かった悪かった、謝るよ。その代わり俺の話も聞いてくれ。俺はな、この異世界で全力でモテようと決めたんだ。オーミ、ナウリ、ニッカ。俺は、お前達3人と距離を縮めて、そしていずれは、ハーレムを! タクトハーレムを作る!」




 沈黙。




 あれ? 「えー、ハーレム? 何言ってるのよ、もう! でも、ふふっ、その意気や良し、かな」みたいな空気にならない。



「え、ハーレム? あれ本気だったの? 何言ってるの?」


 ようやくオーミがリアクションをくれた。想像してたのと言葉は似てるけど、びっくりするほどトーンが違う。



「タクトさん、頑張ってくださいね~」

「ファイトだよ、タクト君」


 ナウリとニッカも穏やかに笑う。その表情は応援じゃなくて同情のニュアンスが強い。


「女子の生態も女子グループの実態も知らないのにハーレムなんて、変わった男子がパーティーに入ったわね」


 大きく溜息をつくオーミ。俺の立場が弱すぎませんか。


「さて、みんなで早くミスサイト採ろ。岩肌から簡単に削れるって!」

「ねえ、下山したらベザンさんのカフェ行かない? パンケーキ始めたんだって!」

「ホント! 行きたい!」


 キャピキャピはしゃぎながら山頂に向けて駆けていく3人。ぱっと見、めちゃくちゃ仲良し。その中には黒いアレやコレが渦巻いてるけど。


「女子ってよく分かんねえ……」


 首を傾げた後、もう一度自分自身に言い聞かせる。


 女子のことはまだよく分からないけど! 全部乗り越えて! 俺は! ハーレムを目指す!


<Quest1 了>

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