4.ターゲット変更

「ふう、結構登ったな」

「そうだな……もう全体の3分の2は来たね」


 額を拭って汗を落としていると、軽快に横を歩いていたニッカが後ろの行程を振り返りながら教えてくれた。


「ニッカは、ハイレム王国全体の地理が分かってるのか?」

「いやいや、さすがにそれはないよ。結構広いし、まだ開拓されてない森もあるしね」


 ぴょんと飛び跳ねるように前に出る。くうう、白いショートパンツから覗く生足! 生足が眩しい! 男子校の水泳の時間とエラい違いだ!


「でも国土の右半分なら、人が足を踏み入れたところなら大体巡ってるんじゃないかなあ」

「へえ、すごいな」


 さっき歩きながらナウリに聞いた話だと、ハイレム王国は500年の歴史のある国らしい。横断も縦断も徒歩で10日以上と言っていたので、少なくとも縦横300キロくらいはあるだろうか。


 とはいえ、文明は予想通り未発達、徒歩以外の移動手段は馬車か手漕ぎの船といったところだ。


「へへっ、タクト君、私ロードガイドだよ。どこでも案内できるようにならなくちゃ」


 ニッと歯を見せる。なんかあれだな、ニッカは見た目もそうだけど、トーンもなんだか男っぽくて話しやすいな。


「あ、こっちにも道があるよ~」


 後ろのメンバーを待ってまた並んで歩き出すと、ナウリがなだらかな横道を指差す。


「こっちの方が歩きやすそうね、ニッちゃん」


 あだ名で呼ばれたニッカは、「んー、ありがと、ナウリちゃん、そっちでもいいよ」と耳の辺りを掻いた。


「日射し強くて時間かかるけどね。こっちの道の方がちょっと勾配急だけど楽だよ」

「そっか、じゃあ楽な方に行こ~」

「うん、もう少しだからね!」



 ギアを上げて大股で先に進むニッカ。ううん、さすがロードガイド、頼りにな——

「ニッちゃん、あの言い方だけなんとかならないかな~」


 おっとり口調はそのまま、随分と冷めた目でナウリが呟く。


「『君がいいなら別にいいけど』みたいなトーン、ちょっと嫌味だよね~」


 え、これ何、みんなナウリのことアレだと思ってるけど、そのナウリはニッカのこと——


「オーちゃんも思わない?」

「分かる。公平に選択肢出してるつもりなんだろうけど、逆効果だよね」

「そうそう、私は何でも知ってるんだぞ感出ちゃってるよ~」

 ええええええっ! ターゲットって変わるの!!!


「え、あのさ」

 ニッカが大分先に行ってることを確認して、3人に話しかける。


「どうしたの~、タクトさん」

「これは何、メンバーから距離を置いたら不満を言っていいルールなの?」

「ふふっ、タクトさん、面白い表現するね~」

 いや、ホントに初心者なんでルールブックにまとめたいくらいだよ。


「直接言えばすぐ直してもらえそうなのに言わないんだな」


 驚きを込めて口から出た言葉に、オーミは罪のない小動物を愛でるようにウンウンと笑って肩を叩いた。


「直接言って何か面倒なことになったら、言った人は次の日から道を歩くだけで腐った柑橘類をぶつけられる。例えるなら私達はそういう世界に生きてるの」

「そんな世界は滅ぼした方が良いのでは」

 笑顔で言うのやめて、なんか怖い。


「それなら、そもそもこういう場でも言わなきゃいいのに」


 その感想に、今度はナウリが、何も分かっていない3歳児を愛でるようにウンウンと笑って反対側の肩を叩いた。


「タクトさん、本当にほんわかした世界で生きてきたのね~」

「ほんわかした人に言われちゃったよ~」

 その張り付いた笑顔を解除してくれ。


「はあ、まったく……バ……」

 オーミがそこまで言いかけて、慌てて首を振る。


「バカの相手は疲れるわ」

「言い淀んでめたんじゃないの!」

 1文字目で止めた意味は!


「あのね、タクトさん。言わないとそれはそれでストレス溜まるでしょ? うまく発散しないとお肌にも悪いし~。ねえ、オーちゃん?」

「そうそう。それに、言うことで連帯感が生まれることもあるでしょ? 共通の敵ってヤツよ」


 右手で前髪をサッと横に流しながら、わざとらしくウィンクしてみせる。いや、ウィンクするシーンではないのでは。


「でもさ、オーミ。この場合、毎回共通の敵が変わるから——」

「ああもう、いちいち細かいこと気にしないの。掌底打ち食らわせるわよ」

「じゃあもう黙るしかないじゃん!」

 腰を落とすな! 手に力を入れるな!


「とりあえず、先に進も~。ニッちゃんも待ってるし」


 白いワンピースの襟ぐりをパタパタさせ、暑さを逃がすナウリ。オーミと一緒にその数歩後ろを歩きながら、彼女を肘でつついて小声で訊く。


「あのさ、つまんないことかもしれないけど、オーミも『自分のこと悪く言われてるかも』って思うのか?」

 その質問に、彼女は片手で顔を覆った。


「何を言うかと思えば……」

「あ、いや、ごめん、そうだよな。悪い、なんか俺、勘違いしちゃって——」

「そうに決まってるでしょ」

「決まってるの!」

 すごい精神力だ!


「まあ、自分がいないときは言われてるのかもなあとは思うわね。ナウリやニッカもそうなんじゃないかしら? みんな言ってるし、言われるよね、って感じで」

「ううん、そういうことか」


「でも、だからこそあんまり言われないように、みんなにイヤな思いさせないつもりよ」

 そうか……女子にとってはグループって大きな存在なんだな……。


「俺が恋愛対象として割り込むのはハードル高そうだな」

 モテたい願望を口に出すと、オーミは白い肌の頬をカリカリと掻いて苦笑いした。


「そうね。グループに比べたらタクトの重要度は、良くて……そうね、良くて…………良くないわね」

「例え! 例え!」

 比喩はどこに行ったんだよ!


「なになに、タクト君は恋愛対象になりたいの~?」

「あ、いや……」


 地獄耳のナウリに一番マズいところを聞かれてしまった。「ゴシップでパンが3つ食べられます」みたいに楽しげな顔で近づいてくる。


「まあね、うん、そういうことだ!」

「わ~、ワタシどんな風に距離縮めてもらえるのか楽しみだな~」


「期待させちゃだめよナウリ。女子よりも虫に触れた回数の方が多そうな男子なんだから」

「だんだん本性が隠せなくなってきたな」

 めちゃくちゃな毒舌を聞きながら、ニッカを待つ。

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