難病
Slephy
難病
期待に溢れたようなにこやかな笑顔で、きゃしゃな若者が部屋に入ってきた。
「先生、こんにちは」
壁に向かっておかれた机、その上にパソコン、そして画鋲で止められたカレンダー。
特別なことは何もない。
「どうもどうもこんにちは」
白衣を着た男が、そう答えた。
「田中さん、先日おっしゃってた手首の調子はどうですか?」
若者は背もたれのない質素な丸椅子に腰かけつつ、なおもにこやかに答えた。
「あ、もうすっかり良くなりましたよ。先生に診てもらったらすぐでした」
「ははは、いやぁそりゃよかった。で、今日はどんな御用ですか?」
若者は顔を少し引き締め、まじめな顔で訴えた。
「聞いてくださいよ。最近ちょっと、手首が良くなったと思ったら今度は肩の調子が良くなくて。」
「肩ですか、それはそれは。例えばどんな時に痛みますか?」
「同じ姿勢で長時間パソコンしたり、いつもと違う姿勢で寝たあとだったりは、特によく痛みますね」
刹那の考慮の後、白衣の男は愚直に切り出した。
「ああ、それはたぶんショルダーロック症候群ですね」
「ショルダーロック症候群?」
「最近見つかった病気なんですけどね、若い年代の人が稀に発症するんですよ」
「普通の肩こりとは違うんですか?」
「ええ、もう全然違う病気です。遺伝的な要因で発症する病気なんですよ」
「あぁー、これは病気なんですね」
何かに合点がいった様子だ。
「有効なお薬はまだ見つかってないんですが、市販の湿布を貼っておくと多少症状が緩和すると言われています」
「分かりました。試してみます」
「他に気になることはありませんか?」
若者は積もる悩みを打ち明け始めた。
「最近集中力が続かなくて困ってるんですよね」
「それはニューロン障害ですね」
「あと、夜寝付けなくて」
「夜行性覚醒反応です」
「課題を締め切り直前まで溜めちゃって」
「ポーストポンポン病」
「味の濃いものばかり食べちゃって」
「若年性濃食症」
「外に出るのが億劫で」
「出不症」
少しの沈黙の後、相談が尽きたことを確認してから若者は話し始めた。
「先生やっぱりすごいですね!僕が何か言ったらすぐ分かっちゃいますね」
そう言う彼の顔は、にこやかな笑顔に戻っていた。より一層にこやかに。
「いやいや、医者ならこれくらい当たり前ですよ」
「ただ、どれも最近見つかった病気なので、残念ながら有効なお薬がまだないんですよね」
「どれも本人の努力では解決できないものばかりですので、症状が出てもあまり気にしないようにしてくださいね」
「うーん、病気だったら仕方ないですよね」
「じゃ先生、またお願いしますね」
若者は、足早に部屋を後にした。
部屋に取り残された男はおもむろに白衣を脱ぎ捨て、それを椅子の背にかけた。
そしてぽつりと、つぶやいた。
「ありゃ病気だな」
難病 Slephy @Slephy
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