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 カーテンの隙間から月明かりがこぼれていて、どうせ部屋の明かりは切っているのだからと、ドレープカーテンだけを開け放した。理央は仰向けになりながら、レースカーテンをすり抜けてくる月明かりを、だまって全身で浴びていた。しっとりと汗に湿った身体が、ところどころ星屑のように光っている。


 汗をかいたから……と言い、さっき雄平が消えていったバスルームからは、シャワーの音が聞こえている。汗を流すだけなのになぜスマートフォンをバスルームへ持って行ったのかは、今更訊くのも何故か野暮に思えて、何も言わなかった。



 数日前の夜に理央がふと目覚めたとき、隣で寝ていたはずの雄平はベッドに背をもたれるようにしながら、小声で誰かと電話をしていた。その相手が男友達でなく、知らない女であることは、会話の内容だけで簡単に察しがつく。雄平が時折、会話の途中で自分が眠っているかどうか様子を窺っていることを、理央はなんとなく感覚でわかっていた。

 いつも理央が仕事に出かける時間になっても寝ぼけていることが多い雄平は、その翌日は理央よりも早く身支度を整えて出かけて行った。口では「職安で職探しをしてくる」と言っていたが、それは「職安通りで女探しをしてくる」の間違いではないのか……と、理央は独り取り残された部屋の中で、寂しく薄ら笑いを浮かべたのだった。



 思い出すと、いま自分のしていることがあまりにも滑稽に思えて、また笑えてきた。親とほぼ同じ年代の、自分が絶対に愛すことができない男に抱かれた身体と金で、自分に対する愛がない、若い男を食わせている。

 そしてこの男は、自分ではない女を抱いて帰ってくると、また子供のような顔をして、自分の胸にすがりついてくる。その横っ面を張ることができないのは、この男はいつも大事な時に、まるで捨て犬のような瞳で自分を見つめてくるせいだった。


 中途半端な母性が、この悪い男から自分を離してくれない。原因がわかったとしてもおいそれと解決できないのが、人間関係というものの面倒臭さだ。それでも人は独りで生きていけない。いつまでも正しく生きられない自身への情けなさは、理央の唇を寂しい笑みのかたちに歪ませた。



「なに笑ってるの、理央さん」



 いつの間にか、雄平はバスタオルで頭を拭きながら、ベッドのそばに戻ってきていた。一緒に持っていったスマートフォンは、テーブルに伏せて置いてあった。わかっていてそうしているのか、天然なのか、いちいちそんな小細工をするのも、いじらしく映る。体毛の薄い歳下の男の裸を一瞥して、理央は微笑みながら言った。



「うん? わたし、笑ってたかな」

「笑ってたよ。なにかいいことでもあったの」



 言いながら、雄平は理央の隣に身体を横たえた。ボディソープの甘い香りが、シーツにわずかに残った、ふたりの汗のにおいと混ざり合う。

 理央は身体を雄平の方へ転がすと、その身体の上に自分の掌をそっと重ねた。



「ううん。特になにもない」

「そっか。じゃあ、遅くなったし、寝ようよ」

「そうだね。……おやすみ、雄平」







 いっそ、このまま夜が明けなければいい。



 はっきりと間違いなく、月の光を浴びながら、そう願っていた。



 しかし、それすらも隣で胸を上下させている男の術のような心地さえしてくる。理央は声を出さずに歯を食いしばって、瞳から溢れそうになったものを堪えた。




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※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

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ベルベットムーン 西野 夏葉 @natsuha

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