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食器を洗い終えて、バスルームに消える理央の姿を、雄平はだまって仔犬のような眼差しで見つめていた。理央はそれに気づいていたし、どうせ数刻経てば自分も服を脱いで入ってくるのだろう……と思っていた。今日もその予感は当たって、 理央がバスタブの湯に身体を沈めた頃、雄平は何食わぬ顔でバスルームのドアを開けて入ってきて、シャワーで身体を洗い流しはじめた。外に出てもいないのに身体を洗う必要があるのかどうかはわからなかった。けれど、自分が家を空けている間にどこかへ出かけていたのだとすれば、念入りに身体を洗う理由にも頷ける気がする。
やがて、雄平が理央の向かいに身体を沈めると、勢いよくバスタブから湯が溢れた。雄平はどちらかといえば痩せ型だが、理央が入った時点で肩口までたまっていた湯は、そこに雄平が加わっただけでみるみる排水口に吸い込まれていった。雄平はそのまま、理央に抱きつくようにして覆いかぶさってくる。
「もっと深くつからないと、背中が冷えちゃうよ」
理央の言葉に、へへ、と笑った雄平は腰を落とした。またわずかに湯がバスタブからこぼれてゆく。尖った乳房の先に、雄平の薄い胸板が触れた。
「理央さんって、どうしておれみたいな奴のこと、追い出さないの」
理央の身体に抱きついたまま、耳のすぐそばで、雄平が湿っぽい声で囁く。いま腕の中に抱いているのが、自分を追い出せもしなければ怒れもしない女だということを、よく理解している言葉だった。蛇口の先から雫がひとつ落ちて、ぽつ、とどこか間抜けな音をたてた。
「どうして、って言われてもなあ」
理央は苦笑いを浮かべながら言った。
「逆に、いまわたしがこの家から追い出したら、雄平はどこにいくの」
「わかんない。何も未来が見えないんだ。すぐに野垂れ死にそう。今も首の皮一枚で、この世界とつながってるような感じがする」
雄平の声は、普段遊んでいるゲームのキル数で一喜一憂している時とは、別人のような声色だった。
「ごめん。なるべく早く、ちゃんと仕事見つけて、ここを出てくからさ。理央さんにいつまでも頼っていられないの、おれもわかってるし」
口ではそう言いながらも、まるで理央の身体にすがりつくように、雄平の声は弱々しかった。それが弱さなのか演技なのか、理央はとっくに考えるのをやめていた。自分がこれまでにこの若い男に施してきたこと全てが、石鹸の泡と一緒に消えてゆくのを認めたくなかったからかもしれない。
「いいよ。きみは、好きなだけここにいていいんだよ」
甘ったるい言葉を耳に吹き込みながら、理央は雄平の身体にまわした腕に、わずかに力を込めた。雄平の腕もそれに応えるように、理央の身体を強く抱いた。ふっと身体を離したあと、一瞬見つめ合って、唇を重ねる。
初めは静かだったその行為は、やがて互いのすべてを貪るかの如く、荒々しいものになった。身体を拭く時間も惜しく、バスルームを出ると、ふたりでシングルサイズのベッドに身体をもつれさせながら倒れ込んだ。汗なのか水なのか分からなくなるほどに、濡れた互いの身体を重ね合わせる。雄平の指が身体の上を這うたびに、理央はそこに灼けつくような若い男の熱を感じた。理央の身体を上から下へ口づけてゆく雄平の唇も、その間もずっとどこかしらに触れたままの皮膚も、男にしては絹でできた服のようになめらかだった。
雄平が内腿に口づけようとしたのを感じ取って、理央は自分から両脚を開いた。ゆっくりと扉を押し開くように、雄平が少しずつ、理央の中に入ってくる。そうして理央の一番奥に辿り着いたとき、こらえきれない息を洩らしながら、雄平がぎゅっと目を瞑った。理央は汗ばんだ手で、雄平のやわらかな髪を撫でる。身体の芯を走り抜けてゆく快楽を顔に出さぬように、口元に笑みを浮かべながら。
もう、わたしから離れられなくなればいい。
たとえ、あなたの中に、わたしがいなくても。
自分の奥深くへ迎え入れた若い男に、もう一度、無言でそんな呪いをかけた。それを合図に、雄平が理央の身体を行き来しはじめる。理央は雄平の汗ばんだ背中に両腕をかけた。している行為は昼間と同じでも、そのとき胸の中に芽生えるのが義務感かそうでないかという点だけで、身体に押し寄せる快感には大きな差があった。噛みしめるように漏れ聞こえる雄平の声が届くたび、理央は高い声を上げながら、全身に力を込める。交わる男の熱も脈も息遣いも、直接に伝わってきた。
やがて、あ、と濁った声とともに、雄平が理央にしがみつきながら、果てた。
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