第38話申し訳ない
梓に連れてこられた場所は、駅前にある私がよく利用するデパートだった。いや、私というより私たち? いつも誰かと放課後にこのデパートで買い物をしていた気がする。それが梓かな? 私は隣でニコニコと楽しそうに微笑んでいる梓の横顔を凝視する。
私の視線に気がついた梓は、こっちをみて「どしたの?」と聞いてきたので、私はさっと顔を逸らすと小声で。
「なんでもない」
と答える。変な奴って思われたかな……。梓を一瞥してみると、梓は特に気にすることなく。
「じゃあ早速回ろっか!」
満面の笑みで私の腕を引いて、デパート内を早歩きで進んでいった。
「ジャーン! ここは梓たちがよく利用する百貨店。ここでよく小物とかを買ってたんだよ。覚えてない?」
そう言われ、私は店内を見渡す。別に他人の記憶がなくなってしまっただけだから、このお店自体は覚えてる。まずはそのことを梓に話さないと。
「あのね、梓……。私の記憶喪失ってその……他人に関する記憶だけが抜け落ちちゃってるの。だからこのデパートも、この百貨店も覚えてる。でも、梓と一緒に回った記憶はないの。……ごめん」
言ってて申し訳なくなり、勝手に謝罪の言葉が口から出てくる。梓はどんな気持ちかな。ショックを受けてるかな。梓の心境が気になるが、梓は特に顔を変えることなく。
「そっか」
とだけ言い、
「まあ仕方ないよ。それよりも店内を見て回ろうよ。あずさ達はいつもあっちの小物が売ってる場所をよく見てて……」
辛さを隠すように、気を紛らわせるように、目の前の彼女は必死で笑顔を作り私を案内してくれる。こんな私にものすごく親切にしてくれて、修学旅行を休んでまで私の家に来てくれたこの子って……。昔の私は幸せ者だなって、まるで他人事のように思った。
そんな彼女に今の私がしてやれることはなんだろうって考えたら、必死に楽しいふりをして梓を楽しませることだと思った。だから今日は梓が楽しめるように全力で頑張ろう!
そう意気込んだのに、結局今の私にはそんなことできるはずもなく、ただ梓の言葉に相槌を打つことしかできなかった。
「隣のクラスの男子がさ〜」
「へ〜」
「この前買った化粧品が!」
「そうなんだ……」
「私も彼氏ほしいなぁ〜」
「あはは……」
一方的に梓が喋っているだけで、会話という会話ができていない。こんな私といてもつまんないだろうなって思うと、余計に場の空気が重くなる。その空気を察したのか、梓はちょいちょいと私の腕を引っ張ってきて、デパートのドアの方に指を向け。
「じゃあそろそろでよっか」
そう言って、出口の方に向かって歩いて行った。私はその後をなんだか申し訳ない気持ちになりながらついて行った。
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