第33話おはよう
「仁美、仁美! おい仁美!」
ゆさゆさと体を揺らされて、私はスゥーっと瞼を開ける。私の肩を揺さぶるのは、見知らぬ眼鏡をかけたおじさん。多分お父さんだ。あぁ、戻ってきたんだ。いまだに実感が湧かないけど、この見慣れた天井が現実世界に戻ってきたことを訴えてくる。
ぐぐっと腕と背筋を伸ばすと、私はおじさんからプイッと顔をそらすようにして、左肩が下になるように体の向きを変える。私が何も返事をしないでいると、おじさんは慌てた様子で。
「仁美、もう時間だぞ」
と伝えてくる。
「時間?」
尻に疑問符がつくように聞き返すと、おじさんは修学旅行! と強めの口調で言ってきた。
「あぁ……」
そういうばそんなものもあったな。まあどうでもいいけど。私はもう一度目を閉じ、外の世界の情報をすべて遮断してから。
「行かない……」
一言だけ、呟くようにしておじさんに伝えると、おじさんは驚いたように「え!?」と声を上げる。
「どうしたんだよ一体? もしかして体調でも悪いのか?」
心配そうに声をかけてきてくれるおじさんを尻目に、私は機嫌が悪そうに感じ悪く。
「うん。だから行かない」
突き放すように答えると、おじさんは、
「そうか……」
と諦めた様子で私のベッドの前から離れていき、電話しとくぞと言い残してから部屋を出て行った。パタンとドアが閉まると、部屋の中は静寂に包まれ、布団と私のパジャマが擦れる微かな物音でさえ大きく感じる。
本当に……何も覚えてないんだな。今までの私がいきてきた記憶を深くから手探りで漁って行くが、誰も彼も、みんなの顔に靄がかかっている。グググっと頭を目をつむり、より一層いろいろな人のことを思い出してみようとするが、頭の中に浮かぶのは全部峻輝の顔ばかり。
それ以外には、ほんの少しだけ母さんの顔がうっすらと浮かび上がってくるぐらい。それ以外の人との思い出はほとんど思い出せない。本当に、これからどうしよう。峻輝と一緒に前に進もうなんて行ったけど、どうやって進むの? 二人とも半人前なのに、そんな私達が手を取り合ったところで何か変わるのかな? というか峻輝は来てくれるのかな? もしかしたら来てくれないんじゃ。
頭の中には無数のネガティブな感情が右往左往して、私の気分はどんどんと下がっていく。このままじゃ壊れてしまう。何か気分転換をしないと。そう思い、私は枕元にある携帯を手に取り、電源を入れる。電源をつけると、ラインに未読通知が入っていることに気がつく。
梓と書かれた人から「仁美おはよう〜。今日は楽しみだね!」と言った、特になんの用事も書かれていないラインのメッセージが入っていた。梓ってだれ? もしかして昨日の昼休み私の前に座ってきた子かな?
昼休みに私の席に来たってことは、多分記憶を失う前の私とは結構仲が良かったってことだよね。だったら何か返信しないと不自然だ。でもなんて返せば……。結局なんて返そうか2分ほどスマフォとにらめっこをした挙句、何を返せばいいのか分からず既読スルーした。
ごめんなさいと思いつつも、ツイッターやらを開いてみる、ツイッターを開くと、トレンドに「意識不明者」が入っていたので、私は気になってその文字をタップすると、「意識不明者が一斉に目覚める!?」と言った記事が一番上に出てきた。
あーそっか。あの世界が壊れたから、みんな目を覚ましたのか。でも結局、目を覚ましたところで、今まで積み上げてきた人間関係なんかも全部忘れちゃってるわけだし……。私のしたことって正しかったのかな。あのまま由貴ちゃんと香澄さんを仲直りさせたて、あの二人以外はどう思ったんだろう。
謎の罪悪感に押しつぶされそうになり、私はすぐさまスマフォの電源を消して瞼を閉じる。外界の情報を遮断して、ぎゅっと体を丸め込む。もう、ほんと、意味わかんない。なんで私がこんな目に。誰に対して抱いていい変わらない憤りを感じつつも、私はそっと眠りに落ちた。
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