第29話幸せ
広大で寂しげな灰色の橋の上を歩き、目を見張るほどの規格外なほど大きなお城の中に足を踏み入れる。キラキラと金色に輝く天井に目を細めつつ、赤い絨毯の上を歩いていくと、ふさ、ふさと耳心地の良い音を奏でてくれる。思わずスキップでもしたくなるような絨毯の上を歩き続けていると、やがて大きな階段の前に着いたので、そこを左に曲がり、階段下にある扉の前に立つと、トントンと二回扉をノックする。
ノックしてから数秒の時間をおくが返事はなく、私はもう一度ノックする。しかしそれでも返事がないので、入るよ? と大きめの声を掛けてからドアノブを捻り中へお邪魔する。部屋の中に入ると由貴ちゃんが恨めしそうな視線を向けてくるので、心がズキズキと痛みながらも私は由貴ちゃんが座っているその隣のベッドの上に腰掛ける。
「何しにきたの?」
邂逅一番、怒り気味にそう聞いてきた由貴ちゃんに私は説明する。
「えーとね、由貴ちゃんを説得しにきた」
「説得?」
どう言うことだと聞きたげな由貴ちゃんに、私はその回答としては相応しくない返答をする。
「由貴ちゃんはさ、今のここにいる生活って幸せ?」
突然そんなことを聞いてきた私に訝しむ眼差しを向けつつ、由貴ちゃんは間を挟んでから小さめの声で。
「……別に、幸せではないけど」
もの哀しそうな表情でそう言ってくれる。なので私は、だよねと口にしつつも他の質問を投げかける。
「じゃあさ、由貴ちゃんにとって幸せってなに?」
わかりきった質問。その答えを、私はなんとなく察しているし、きっと本人が一番理解しているはずだ。なのに由貴ちゃんは頑なに答えようとせず、だんまりを決め込んでいる。だから私はおもむろに、自分の過去のことを思い出すように語り出す。
「私はさ、お母さんと一緒の時が一番楽しかったんだ」
不意にそう言い出すと、由貴ちゃんは顔を私の方へ向けて真剣に聞く体制に入った。なので私も由貴ちゃんの方へ顔を向けて喋りを続ける。
「何をするにもお母さんの側にずっといてさ、ひっつき虫みたいにずっとお母さんと一緒にいた。それが何よりも幸せで充実してたんだ。でもある時お母さんは突然私の前からいなくなっちゃった。交通事故で、あっさり死んじゃったんだ」
「…………」
空気は重苦しいものになってしまい、由貴ちゃんはなんとも言えない表情を作っているが、私はそんな由貴ちゃんに羨望の眼差しを向け。
「だから、今、自分がほんのすこしでも勇気を出せば直ぐに幸せを掴みとることができる由貴ちゃんが、私はすごく羨ましいんだ」
そう言うと、由貴ちゃんは何も答えずただ床に視線を落とした。空気はどんよりと重くなってしまったが、由貴ちゃんからは先ほどのような怒気を感じない。きっと今なら大丈夫だろう。
そう思っていた時のことだった。こんこんとベストなタイミングで扉がノックされ、そこから峻輝と香澄さんが中に入ってきた。
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