第26話一人
見知らぬ世界のベッドの上で布団に包まっていると、なんだか心がすごく落ち着く。ずっと、永遠にこうして隠れていたい。表に出ることなく、嫌な思いも良い思いもせず、一生このままここで過ごしていたい……。
安らかな気持ちで布団に包まっていると、いろいろなことを考えてしまう。結局この世界とはなんなのだろう。由貴ちゃんは絵本の世界って言ってたけど、流石にそれは違うと思う。じゃあなんだろうって考えると、私は一つの答えにたどり着いた。この世界は、私たちみたいな迷い続けている人間の最後の砦なんじゃないのか?
現実世界が嫌で、逃げ出したくて、そんな人間が集う世界。この世界が絵本の中と同じ形をしているのは、由貴ちゃんがこの世界を作り出したからじゃないのかな?
そう考えると、色々と辻褄が合うような……。まあ今更どうだっていっか。どうせもうここから出る気なんてないし、出たくもないし。ふさぎ込むようにして目を瞑ると、脳裏にお母さんの記憶がまたも蘇る。
優しくて、綺麗で、大好きだったお母さんを……。他人の記憶が消えたからか、お母さんの記憶は昨日のことのようにハッキリと覚えている。そのせいで、お母さんのことを頭に思い浮かべるだけで涙が出そうになる。
じわりと瞳が濡れると、私はそれを布団で拭う。この布団にくるまっていると、なんだかネガティブな感情が湧き出てくる。ぶんぶんと頭の中にある嫌な感情を払い捨てると、立ち上がり部屋を出ていく。
何もかもをなくして、私はこれからどうなるんだろうと考える。一生この世界で生きていくのかな? このベッドの上で、一生誰とも会わないで。それで時折思い出すんだ、お母さんのことを……。それでまた涙を流す。部屋を出て階下に降りると、私は家を出てこの世界を次は一人で見て回る。
峻輝と一緒になっていた時は特に思わなかったけど、なんだかこの世界、泣いてる気がする。世界が泣くって言うのは意味わからないかもしれないけど、その表現が最も適切な気がした。嫌になるほど暗い空も、寂しそうに一人で輝くお月様も、肌を切り裂くようなこの気持ちの悪い寒さも、どれもこの世界が悲しんでいるからそうなっているんじゃないかと思った。
はぁーっと息を吐いて手を温めると、スリスリと手を擦り体の体温を上げようとする。昨日まではこんなに寒かったかな? なんだかやけにこの世界の気温が下がったような。自分の口から溢れ出る白い吐息を見ると、思わずそう感じて無意識に体を擦ってしまう。
あてもなくただぶらぶらと外を徘徊していると、不意に家の窓に自分の顔が映った。いや、自分の顔というよりも、お母さんの顔が……。あの頃のお母さんは、いつも優しくてにこやかな笑みを携えていて、真っ直ぐな瞳でいつも私を見てくれていた。なのに、いま窓ガラスに反射しているお母さんの顔は、酷く歪んでいる。嫌だ。
お母さんの顔でこんな表情しないでよ! 私は無理やり口角を上にあげ、笑みを作り上げるが、それはどこか不自然で違和感しかない代物になってしまう。違う。お母さんはこんな顔しない。こんな笑みを作らない。私の中で作り上げた、神格化された母親が崩れてしまうような気がして、私は窓ガラスからサッと顔を逸らす。
何やってんだろ私……。空を見上げて深く思う。こんな世界で、何もしないで、一人で窓ガラスに顔を向け、勝手に否定して。ほんと、意味わかんない。今まで縋り付いていた相手がいなくなり、私の心は迷走してしまっている。
「峻輝……」
何故だか突然その名前を呟き、自分でびっくりする。誰でもいいんだ、誰でも。
ただ、縋らせてほしい。そうして忘れさせてほしい。お母さんのことも、自分のことも……。そうして楽になりたい。何も考えず、ただその人の真似事をして、仮面をかぶり続けて、自我をなくしていたい。そうして生きて、生き続けてきたのだから、今更それ以外に生きる術を知らない。
否が応でもお母さんのことを思い出してしまうんだから、それ以外にどうしようもないじゃん。ピリッとひり付く肌寒い空気が、私の生き方を否定している気がして無性に憤りを感じてしまう。もしかして私は病んでいるのかな? 情緒が定まらない。
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