第25話恋

 不思議なことに、峻輝と喋ると勝手に口角が上がり、思わず満たされた気持ちになる。さっきまでの作った醜い笑顔とは違い、きっと今の私はちゃんと心から笑えていることだろう。そう思うと、なんだか胸の内側から外にかけて、ぽかぽかとした不思議な気持ちに包まれる。心臓が強く脈打ち、頬は紅色に染まっていくのを実感する。

 初めて味わう感情だ。空っぽだった杯に、言葉では言い表せない何かが満たされていくのを感じる。

「ねえ、峻輝……」

 おもむろに口を開き彼の名前を呼ぶと、脈拍が速く動き出す。「なに?」と優しく返答してくれる彼の顔を直視せずに、私は立ちあがり台所の前に立つと。

「一緒にさ、ご飯、作らない?」

 ぎこちない様子で言ってみる。なんでか分からないけど、何故だか急に、峻輝と料理をしてみたいと思った。いや、料理じゃなくたっていい。なんだっていい。ただ、そう言う、”恋人がするようなこと”をしてみたいと、柄にもなく思った。私がそう言うと、彼は椅子から立ちあがり「いいよ」と返してくれる。ホッと謎の安心感を感じると、早速役割を決める。

「峻輝は料理とかできるの?」

 聞くと、彼は首を横に振る。

「全然できないよ。だから料理できる人ってすごいなって思う」

「そう……」 

 そんな何気ないお世辞であろう言葉にも、気分が高揚する。

「じゃあさ、峻輝は野菜を切ってよ。私が炒めるから」

 そうして私たちの料理が始まった。とん、とん、とリズム悪く野菜をゆっくり切る峻輝の様子を見て、指切らないかなーとかそんな心配の眼差しを向けつつ、特にアドバイスなどは送らないで見守り続ける。

 とん、とん、とん、とん、とゆっくり刻まれていく野菜たちを視界の隅に捉えながら、私はフライパンに油を引いて、コンロの火をつける。それからしばらく熱すると、峻輝が刻んだ野菜をフライパンに投げ入れ、火が通るまでじっくりと炒めた。

 コンコンコンと、フライパンと木べらがリズミカルにぶつかる音を奏でつつ、私は峻輝に何気なくあることを聞いてみる。

「峻輝ってさ、恋したことある?」

 唐突に、なんの前触れもなく聞いてみると、峻輝は照れた様子で「え?」と戸惑って固まる。それから野菜に少し焦げ茶色の跡が付いてきたので、味付けの塩コショウをまぶしていると。

「なんでいきなりそんなことを聞いてきたの?」

 峻輝は当然の疑問をぶつけてくるので、私は明後日方向を見たまま答える。

「いや、なんだかこんなことを言うのはとても恥ずかしいんだけど、恋っていいなって不意に思って」

 突然にそんなことを口走った私に、峻輝は頭に疑問符を浮かべたような顔を作っていた。まあ峻輝は”そういうこと”に興味なさそうだし、共感してもらえるとは思ってなかったからいいけど……。私は懐かしむ眼差しを作り、朧げになってしまった記憶を思い出すかのようにして口を開く。

「学校でさ、恋してる人たちが一番幸せそうだったんだよね。部活に勤しんでる人たちでも、勉強してる人たちでも、友達と談笑してる人たちでもなくて……。

 だから私はそんな彼らに羨望の眼差しを向けてた。一体彼らをこんなに惑わせるその感情はどんなものなんだろうなって、ずっと気になってた」

 私は喋りながら、炒めあがった野菜を皿に移す。

「私ってさ、結構モテたんだよね」

 そんなことを言うと、峻輝はつまんなそうな顔で。

「嫌味?」

 少し言葉に棘が刺さっているような言い方をしてきたので、即座に否定する。

「別にそんなんじゃないよ。私はさ、いろんな人から好意を向けられても、それに応えることができなかったんだ。なんだか申し訳なくなっちゃって」

「申し訳ない?」

「うん。あなたが好意を向けてる私は、本当の私じゃないんだって。そう思うと、なんだかすごく罪悪感に苛まれた。告白されて、仕方なく付き合ってみても、後ろにいる冷静で冷徹な私が恋をさせてくれない。だからずっと、恋ってものに憧れみたいなものを抱いてた」

 野菜炒めの乗った皿をテーブルに移すと、私たちは椅子に座り、自分たちで作り上げたそれを食べ始める。

「結局七瀬さんは、何が言いたいの?」

 私の言ってる意味を理解できない峻輝は、何故か少しだけ不機嫌になって聞いてくるので、私は野菜炒めを咀嚼し終えると。

「いやさ、私の憧れていたものはやっぱり尊くて、期待通りのものだったなって。これでやっと私は前に進めるかもしれないって、そう思っただけ」

 結局峻輝には何も伝わらなかったようだけど、私はものすごくスッキリとした気持ちのまま、目の前にある野菜炒めもむしゃむしゃと頬張る。





















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