第24話二人

 この世界から脱出するにはどうすればいいのか。その方法の見当はなんとなくついている。でも私一人で成功させる自信がない。だから峻輝にも手伝って欲しくて探しているのだが、なかなか見つからない。先ほど一緒にいた橋に行ってみてもいないし、その周辺を探してみても見つからない。

 どこ行ったんだろう? キョロキョロと辺りを見渡しつつも、私は先ほどいた家に戻ってきた。峻輝はどこ行ったんだろうと思いつつも家の玄関を開けると、何故か台所にある椅子の上に峻輝が座っていた。何をするでもなく、ただぼーっと一点を見つめたまま……。

「何してるの?」

 不気味に何もしていない峻輝に声をかけると、峻輝はこちらに顔を向けず話し出す。

「いきなり七瀬さんの様子がおかしくなっちゃったから、どうしたのかなって思ってさ。余計なお世話かもしれないけど、記憶を無くした今、僕はもう七瀬さん以外に話せる人もいないし……。だからもし、何か悩み事とかあるなら、僕に相談してほしいなって」

 峻輝らしからぬ気の利いた発言を受け、私は驚く。どうしたんだろう? もしかして、さっき私が冷たい態度をとったから傷ついてるのかな。だとしたら申し訳ないな。そう思い、一旦峻輝の話に乗っかることにした。

「そっか。じゃあその……峻輝はさ、今までどうやって他人と関わってきた?」

 なんとも回答に困るようなことを質問してみると、峻輝は表情を変えずに答えてくれる。

「さぁ。前も言ったけど、僕には友達と呼べる人がいないんだよ。小さい頃親友を亡くしてから、他人と深く関わるのが怖くてさ。この人もまた僕の前からいなくなっちゃうんじゃないかって思うと、どうしても誰かと仲良くしようと思えなくて……」

 峻輝の話を聞くと、そうなんだ……とだけ相槌を打つように呟く。それから無性に、私は自分の身の上話をしたくなった。ずっと抱え込んでいた想いなどを、目の前の彼にぶつけたくなった。だから私は、聞かれてもないのに喋り出す。

「私はね、皮を被ったの」

「皮?」

 峻輝は首を傾げて聞き返してくるので、私は続けて話す。

「うん、人の皮。元気で友達が多くて、誰からも好かれる女の子の皮を被ったの。自分を押し殺してその子を演じれば、嫌なこととか全部忘れられた。そうやって母さんが死んだ事実から目を背け続けてれば、苦しくなかったの。

 でも、今は演じれない。ずっと真似をし続けた女の子の記憶を無くしちゃったから。だから今まで自分がどうやって人と関わってきたか忘れちゃったんだ。

 無意識でやってたことを意識的にやろうとすると出来ないように、元気なふりはできても、心からはそう思えない。ねぇ、これから私はどうすればいいと思う?」

 そんな質問を投げかけると、峻輝は困った顔を作る。

「そんなの、僕に聞かれても分からないよ。由貴ちゃんはこの顔に呪われてるって言ってたじゃん。そのことってすごく的を得てるなって思う。僕たちはずっと呪われてたんだよ。この顔に。演じたり、逃げたりして、あの頃からずっと、一歩も前に進めないままこれまで生きてきた。そんな僕たちが、今更どうこうしたってどうにもならないんじゃない?」

 キッパリとそう言い切る峻輝だが、私はその言葉であることを思いつく。何もかも失って、ずっと前に進めていない二人。そんな私たちなら、もしかして……。

「じゃあさ、二人で前に進まない?」

 いきなりヘンテコなことを口にしてみると、峻輝は頭に疑問符を浮かべ。

「どう言うこと?」

 理解できない様子で聞いてきた。なので私は、自分が心の中に思っていること、考えていることを峻輝に打ち明ける。

「私たちはさ、ずっとずっと、大切な人を亡くしてからずっと、前に進めないでいた。でも、そんな成長できてない私たちがさ、お互いに手を取り合ったら、少しは前に進めるんじゃないかなって……」

 恥ずかしいことを言ってるかもしれないけど、そんなこと今の私にとってはどうでもよかった。羞恥心なんてものは感じずに、私は続けて言葉を紡ぐ。

「だからさ、もし、この世界から出られて、他人に関する記憶を忘れた状態で、誰も頼れる人がいなかったらさ、私のところに来てよ」

 言い切ると、峻輝は呆気にとられた表情で。

「七瀬さんは、僕と友達になりたいの?」

 そんな見当違いのことを言ってきた。だから私はそれを微笑みながら訂正する。

「ふふ、違うよ。私たちは一人で抱え込んで、ずっと内側に秘め続けてきた。でもさ、二人でなら前に進めるかもしれないじゃん。亡くした大切な人とか嫌なことから目を背け続けてきたけど、二人なら向き合えるかもしれないと思うんだ……」

 自分の気持ちを峻輝に伝えると、峻輝は納得してくれたのか、私の瞳を見つめて力強く。

「七瀬さんの気持ちは分かったよ」

 答えてくれた。

「もし僕が現実世界に戻ることができたら、その時は真っ先に七瀬さんの元に向かうよ。だからその、七瀬さんの住んでる場所を教えてよ」

 そう言われ、私は自分の住んでる住所を峻輝に伝える。

「ちゃんと覚えた?」

「うん。記憶力は良い方だから。こんな見た目でも」

「何それ」

 私は笑いながらそう言うと、峻輝もはにかむようにして。

「なんだか今の七瀬さん、昨日までの七瀬さんとそっくりだよ」

 そう言われ、私はもうすでに少しだけ前に進めているのかもしれないと思った。














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