第22話
先ほど香澄さんと話していた場所に戻ると、香澄さんは物憂げな表情で窓から見えるお城を見ていた。私たちが戻ってきたことにも気がつかないほど、ジッとお城の方を……。
「あの、香澄さん」
ぼーっとお城の方に目を向けていた香澄さんを呼びかけると、香澄さんはビクッと肩を震わせて、私たちの方へ顔を向ける。そんな香澄さんに、私はこの顔のことについて尋ねる。
「鏡を見ると、現実世界の自分とは違う姿になっていました……。一体これは、どういうことなんですか?」
何から何まで意味のわからないことだらけだったのに、さらに意味がわからないことが増えて、私の頭はより一層混乱する。もう何がなんだか……。脳みそが考えることを放棄したがっている。それでも私は、この奇妙な現象に答えを出して欲しくて、香澄さんに質問する。
私にそんなことを聞かれた香澄さんは、またも少しだけ顔を下に向けると。
「ごめんなさい。どうして現実世界の顔と異なった顔になってるのかはわからないの……」
申し訳なさそうに謝られ、逆にこっちが申し訳なくなる。やっぱり香澄さんも私たちと同じで、あまりこの世界のことについては詳しくないのかな……。そもそもこの世界がなんなのかなんて、わかる人がいるのか? 誰が、どんな目的で作り上げたのか。そんなのは作った本人にしかわからないことだ。
てかそもそも作るって何? こんな非現実的なことを今の科学で出来るとはとても思えない。じゃあこの世界はどうやって出来たの?
考えれば考えるほどわけがわからなくなって、ゲシュタルト崩壊を起こしそうになる。私は「そうですか……」とだけ言うと、何も考えず机の木目を見つめる。
結局何を聞いても「わからない」と回答されそうで、その度に香澄さんに申し訳ない顔をされそうで質問できない。気まずい沈黙が流れると、今まで静かにしていた峻輝が口を開いた。
「その、香澄さんはなんでこの世界に来てしまったのか、その辺の理由とか思い当たる節なんかはありますか?」
「ここに来ちゃった理由か……」
香澄さんは一瞬だけ考える素振りをすると。
「この世界にくる少し前から、あることがあったんだ……」
それから、香澄さんは淡々と自分の過去に起こったことを話し始めた。
「実は私ね、小さい子供がいるんだ。目に入れても痛くないほど可愛くて、その子と二人でみすぼらしい生活をしてたの。でも、ある時一本の電話がかかってきた。私は小さい頃から女優になるのが夢で、でも諦めちゃったんだけど、電話の相手は昔通ってたスクールのコーチからだった。
コーチから『ドラマの脇役だけど、その役を演じないか?』って電話が来て、その話を聞いた私は舞い上がった。それで私は、子供と夢を天秤にかけて、夢を選んだ。
子供は母親のところに預けて、私は一人で昔通ってたスクールの近くに引っ越した。
でも全然ダメだった。子供のことが気になって、ろくに集中できないまま半年が過ぎ去った。そんな時、母親から子供が意識不明の重体に陥ったって連絡が来て、急いで病院に向かった。
でももうその時には何もかも手遅れで、子供は目を覚まさなくなって、コーチにも愛想をつかされて、何もかも失った……。
もう全部が嫌になって、現実から逃げ出したいって本気で思った。そんな状態で眠りについたら、この世界にいたんだ」
香澄さんの話を聞いて、峻輝はうんうんと共感していた。
「じゃあ世界は、現実世界が嫌になったり、逃げ出したいと思っていたりする人が来るってことじゃないですか?」
峻輝がそう質問すると、香澄さんは。
「多分そうだと思う」
曖昧に返答する。え? どう言うこと? 現実世界で嫌なこととか逃げ出したいとか、そう言う人間がこの世界に来るって二人は考えてるってこと? そんなわけなくない? だって私はそんなこと思ってないもん。
現実世界でやなことなんて一つもないし、不満もない。もちろん逃げ出したいなんてことも考えてない。だから、二人が言っていることに全く共感できない。二人の考えが理解できない私はその考えに口を出そうとすると、先に香澄さんが話しかけてきた。
「二人はこの後どうするの?」
唐突にそんな問いかけをされ、私は喉まで出かけていた言葉を引っ込める。この後どうするか、か……。
「香澄さんから話を聞いた後は、目の前にあるお城に行く予定でした」
答えると、香澄さんのは「そうなの?」と声を若干高くして聞いてきた。
「それじゃあさ……」
言いかけて、言葉を詰まらせる香澄さん。そのあとに。
「ごめん。やっぱりなんでもない」
と言い、声のトーンを落とす。何が言いたかったんだろう。まあいいか。深く詮索することでもないし、されたくもないだろし。結局ここに来た理由って香澄さんにこの世界のことについて聞くためだったわけだけど、それは私の中ではあんまり達成されなかった。香澄さんと峻輝の言っていることがあまり腑に落ちていない私にとって、顔が違うと言うこと以外何も収穫がなかった。
結局私たちは、その後特にこれといった会話もせずに香澄さんと別れてお城に向かうことになった。
「その……あまり力になれなくてごめんなさい」
玄関で香澄さんと別れる間際、申し訳なさそうに謝られる。
「別に気にしないでください。こんな世界ですし、誰もわかりませんよ」
香澄さんにフォローするようにしてそんなことを言うと、香澄さんは何かいいかけるが、すぐに言葉を引っ込め。
「それじゃあその、もしお城で何かあったらまたここに来てよ」
そう言って、私たちを見送った。香澄さんの家のドアが閉まると、私たちはお城に続く橋に向かってゆっくりと歩き出す。
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