第22話女のような男
階段を登りきった先には、左右に二つの扉があった。泣き声は右の扉から聞こえてくる。
私はひそひそ声で峻輝に問いかける。
「ねぇ、ほんとに開けるの?」
泣き声が近付いてきて、途端に怖くなる。そんな私を察してか、峻輝は階段を開けて。
「別に怖いなら下で待っててもいいよ」
気を使ってか優しい言葉をかけてきてくれる。ただ、なぜだか峻輝のその言葉が私にとっては挑発のように聞こえ、俄然やってやるという気持ちになった。
「別に怖くないし。それじゃあ開けるよ」
ドアノブを掴むと、怖さを紛らわせるために勢いよくドアを開ける。開けた先には、普遍的で一般的な日本っぽい内装をした部屋と、ベッドの上で泣いている男性がいた。
私はベッドの上で体育座りをしながら泣いている男性に近づくと、そっと肩に手を当てて声をかける。
「あの……」
「きゃっ!?」
声をかけられた男性は、女性のような反応で驚き声をあげる。なんだか世界観も相待ってとても不気味だ。私は女性のように怯える男性の恐怖心を和らげるように、笑みを携えて質問する。
「えっと、あなたは誰ですか?」
私に質問された男性は、びくびくと怯えつつも上目遣いで。
「え……? 逆にあなたたちが誰ですか?」
質問を返してきた。確かに、勝手に不法侵入しといて誰ですかって、客観的に見ておかしなこと聞いてるな。ごほんとわざとらしい咳払いをして。
「いきなりすいません。私は七瀬仁美って言います」
自己紹介をする。すると男性は、ヒク、ヒク、と嗚咽を漏らしながらも、目元に浮かぶ涙を拭うと私と同じように名前を教えてくれる。
「えっと、宍戸清美です……」
清美さんか……。女性らしい名前だな。所作といい名前といい反応といい、なんだか全てが女性らしい人だ。どうしてだろう? もしかして性同一性障害を患ってたり? デリケートな話なので、敢えて触れないことにした。
清美さんは膝にかけていた毛布をより一層深く被ると、私に合わせていた目線を外して下を向いてしまった。
「それで、私に何か用でしょうか?」
不安そうに尋ねられる。んー、警戒されてるな〜。私はなんとか警戒心を解こうと、出来るだけ笑顔で元気よく質問する。
「あの、清美さんはこの世界について何か知っていますか?」
真っ先に気になることを質問すると、清美さんは五秒ほど黙ってから。
「わかんないです」
とだけ答えた。わかんないってことは、私たちとおんなじ状況なのかな? 右も左もわからず、ひとりぼっちでいた。そういうことなのかな?
何かわかるどころか、ますますわかんなくなった。本当になんなんだこの世界は!
そんな風に憤りを感じつつも、私は女性口調の男性に質問を続ける。
「じゃあその……清美さんはどうして泣いていたんですか?」
質問しといて、なんでこんな質問してんだ? と思った。正直清美さんのことなどどうでもいい。今ここで聞くべき質問じゃない。もっとこの世界につながる質問をするべきだ。なのになんで私はこんな質問を……。
とか思いつつも、私はそっと清美さんの手を握る。手を握られた清美さんは、俯けていた顔を私の方に向けて、淡々と話し出してくれた。
「その……下らないかもしれないですけど、彼氏に振られて……」
「彼氏?」
「はい、私が田舎から上京してきたときに知り合って。それ以来、都会のことを親切に教えてくれる彼に惹かれて付き合い始めたんですけど……」
清美さんは、太い声で泣きそうになりながらも続けて喋る。
「私たちはずっと、何事もなく順調に付き合ってました。きっと私はこの人と結婚するんだろうなって、本気でそう信じてました。
でもあるとき、突然理由も言われないまま別れを告げられて……。それからずっと放心状態で、軽い鬱病にもなって……う……うぅ……」
清美さんは泣き始めてしまった。そんな彼にかけてあげる言葉が見つからなかった。辛そうな人に向かって、「辛かったですね」なんて知った口をきけば、何様だと思われそうだし、「大丈夫ですよ」と気休めの言葉を掛ければ、お前に何がわかるんだと思われそうだし。
何を言っても蛇足というか無意味というか無駄になりそうで、なら何も声をかけずに手を握ってあげるのが正解なんじゃないかと思い、私は何も喋らずに清美さんの手を握っていた。私には彼の傷心を癒す術がないから。
部屋の空気は重く、なんとも居た堪れない気持ちになる。そんな空気をぶち壊すように、峻輝は清美さんに向かって。
「あの、どうしてそんな見た目なのに、女性らしい喋り方をしているんですか?」
いきなりデリカシーのかけらもないことを言い放った。私だって気になっていたけど敢えて聞かなかったのに……。峻輝にそう言われた清美さんは、一旦泣くのをやめてから、手のひらを見つめて、その後に自分の顔や髪の毛を触った後に、また泣き出した。もうこれ以上見ていられないなと思った私は、峻輝の手を引いて部屋を出て行った。
「ねえ、流石に今のはどうかと思うんだけど」
少し怒り気味に言うが、峻輝が悪びれる様子はなく、むしろ開き直って質問してきた。
「逆に七瀬さんは気にならなかったの? あの人がなんで女性の喋り方をしていたか」
「確かに気になったけど。でももしかしたらそう言う病気かもしれないし……」
「そうかな? あの人の仕草とか喋り方って、ものすごく板に付いていたというか、女性らしかったんだよね。まるで生まれてからずっと、女性として生きてきたかのような、それぐらい自然だった」
どういうことだろう? 峻輝の発言の意図が掴めない。
「つまり、峻輝は何が言いたいの?」
「えーと、つまりね」
峻輝が説明を始めようとしたとき、峻輝は突然天井を見るようにして、キョロキョロと首を動かし始めた。
「ど、どうしたの?」
いきなり挙動不審な動きをし始めた彼を見て、心配になり声をかける。
「いや、七瀬さんには聞こえないの? このうるさいアラームの音が」
「アラーム? 何も聞こえないけど」
よくわからないが、彼にはアラームの音が聞こえているのか? いきなりのことに困惑して状況が掴めない。本当になんなんだこの世界は!
そう思うと同時ぐらいに、いきなり脳内にジリリリと目覚ましの音が鳴り響いてきた。なんだこれ、うるさい。思わず耳を塞ぐが全く意味はなく、次第に意識は朦朧としてきた。そしてそのままパタリと倒れ、気がつけば見慣れた天井が目の前に広がっていた。
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