第5話意味のわからない世界

「……分かりました」

 彼は私の提案に賛成してくれたようで、私の後を何も言わずについてきてくれる。

 現代の日本ではあり得ない形をした、洋風の家に私たちは入る。にも関わらず、内装は打って変わって、とても現代の日本に近しいものだ。

 キッチンも私の家のものと似ているし、食器棚なども日本のものっぽい。本当に異質な世界。

 とても私が作り出したとは言い難い世界だ。

「とりあえず座ろっか」

 玄関を入った先にある台所の前に置かれている椅子の上に腰掛け、彼にも同じように席に着くよう言ってみる。彼はというと、家の中を不思議そうにキョロキョロと見渡しつつも、テーブルの目の前の椅子に座ってくれた。

「それじゃあ早速なんだけど、峻輝はその、どうやってこの世界に来たの?」

 気になっていることを質問すると、彼は少し時間をかけ、ゆっくりと思い出すように語り出す。

「どうやってと言いましても、気がついたらこの世界にいたとしか言いようがなくて」

「気がついたら? それって眠って目が覚めたらってこと?」

「はい、そうです。眠って目を覚ましたら、突然地面に倒れてて。それから適当に歩いていたら、神様に声をかけられて……」

 彼は私の方をチラッと一目見て、神様と言ってきた。そんなことを言われると、私は途端に恥ずかしくなり、先ほどの言葉を撤回しようとする。

「あーごめん。そのことなんだけど忘れて! 私も混乱してたから、変なことを口走っちゃったんだよ。だから別に敬語とかも使わなくていいよ」

「あ、そうなんだ……」

 それから沈黙が流れる。めちゃくちゃ気まずい。彼には変な自己紹介をしたせいで、完全に変な奴だと思われてるし。

 というか実際違うのか? ここは私の作り出した夢の世界じゃないのか? 違うのだとしたら、この世界はなんなんだ? 様々な疑念が次々と浮かんでくるが、どれも今の状況では答えが出そうになかった。

 もしかして一生このまま? それは絶対やだな。とりあえず、目の前の彼と今の状況を整理するしかなさそうだ。

「ねえ、峻輝はさ、ここがどことか見当はつく?」

 目の前でキョロキョロと部屋を見渡している峻輝に質問してみる。

「見当か……。全くつかないよ。こんなところ見覚えもないし」

「そっか。じゃあ私とまるっきり一緒の状況ってわけだね」

「七瀬さんも、ここについては何もわからないの?」

「うん。全くわからないよ。どうしてこんなところにいるのか。だからここは私の夢なんじゃないかって、そう思ってるんだけど。でもそれだと君がいることに矛盾が生じちゃうんだよ。ねえ、峻輝はさ、本当に私が作り出した幻影じゃなくて、ちゃんと現実に存在してる人なの?」

 未だにこの世界は夢だと思っている私は、彼にそう質問してみる。そんな彼はというと、逆に質問を返すように。

「僕も七瀬さんと同じことを思ってるよ。ここは僕の作り出した夢の世界なんじゃないかって。逆に七瀬さんが僕の作り出した幻影って可能性はないの?」

 逆に聞き返され、私は不安になり自分の人生を思い返す。私はどちらかというと田舎寄りの場所で生まれて、小さい頃に母親を亡くして、それ以降は父と二人暮らしをして、普通に仲のいい同級生とかと平凡な日常を謳歌して……。

 うん、大丈夫だ。ちゃんと私が今まで積み上げてきた記憶は、私の脳みそに保管されてる。

「大丈夫だよ。今までの記憶とか全部ちゃんと残ってるし、私は君が作り出した幻影なんかじゃないよ」

 そう言い切るが、彼は怪訝そうな顔で。

「本当? 本当にそう言い切れる? もしかしたらその記憶は今さっき適当に、七瀬さんが誕生した瞬間に組み込まれたものかもしれないよ? 何もかも偽りで、そもそも存在すらしていなかったって可能性も、無きにしも非ずかもよ」

 私が考えもしなかった怖いことを突然言われ、たまらずブルっと肩を震わせる。なので気を紛らわせるためにも、適当におちゃらけて返す。

「こ、怖いこと言わないでよ〜。もしそうなら、この世界の記憶がないのはおかしくない? 現実世界の記憶だけがあって、この世界に関しても記憶が一つもないなんて、流石にちょっと意味がない気がするというかなんというか……」

 あははっと苦笑いで言うと、

「そうだよね。変なこと言ってごめん……」

 峻輝は何だか申し訳なさそうな顔をして謝ってくる。

「え? いや、謝んないでよ。なんかそういう考えもあるのかって、ちょっと面白かったし。峻輝ってオカルトとか好きなの?」

 ちょっとだけ重くなった空気を変えるために他の話を振ってみると、峻輝は淡々と答えてくれる。

「別に好きじゃないよ。ただ、僕は友達とかいないから、一人で考え事をする時間が多くて。そのせいで、ついついどうでもいいこととかを考えちゃんだ」

「へー、その見た目で友達いないんだ」

 人は見かけによらないなーとかそんなことを思っていると、峻輝はぎょっと目を開き、何言ってるんだ? と言いたげな表情をする。

「その見た目って、七瀬さんには僕がどう映ってるの? 僕の人から言われる第一印象は、暗そうとか友達少なそうとか、そんなのばっかだけど」

 その言葉を聞いて、私は自分の目をこすりもう一度よく彼の顔を見てみる。

 整った目鼻立ちに、高い身長。スポーツマンのような短髪に、おしゃれな服装。どう見ても友達が多い爽やかイケメンだ。

「その、峻輝は自分を過小評価しすぎなんじゃない? とりあえず、見た目だけで言えば、君は明るいし友達も多そうだよ」

 励ますようにそんなことを言うが、彼は納得のいかなそうな表情で。

「七瀬さんは変わってるね」

 なんてことを言ってくる。変わってる? 私は極めて一般的な感性の持ち主だと思うけど。峻輝が変わってるだけなんじゃないのか? まあ美的感覚なんて人それぞれだし、とやかく言うつもりはないけど……。

 そこで二人とも喋らなくなる。人と一緒にいるのにこんなに静かになるなんて久しぶりだ。私は結構人と話すのが得意なのに、それでもこんな静かになるなんて……。

 もしかして私の発言のせいかな? 峻輝って意外と見た目とか気にしてるのかな? いやでも、私は見た目を貶すような発言をしてないし。何だか変な罪悪感を感じる。

 そんな時だった。私の目には数多くの食材が目に映った。ちょうどいいじゃん! 

 なんだか雰囲気も暗いし、気分転換に料理でもしよう。そう考えると、私は椅子から立ち上がり。

「ねぇ、何か作ろっか?」

 ウキウキと声色高くそう提案すると、

「突然どうしたの? お腹すいたの?」

 彼は私のお腹に目線を向けて失礼なことを言ってくる。

「違うよ! なんか気分転換に料理でも作ろっかなーって思っただけ」

「そうなんだ。でもこの世界で料理を作ることって意味あるのかな? 今の所のども乾かないしお腹も空かないし……」

 そんな疑問をつぶやく峻輝。確かにこの世界(私はまだ夢だと思ってる)で料理なんて無意味なのかもしれないけど、料理って空腹を満たすためだけのものじゃないと思ってる。

「いいの。私って料理が趣味みたいなところがあるじゃん?」

「いや、知らないけど……」

「まあなんでもいいから、なんか作って欲しいものとかある?」

 そんな質問をすると、峻輝は興味なさそうに、なんでもいいよとだけ返してくる。まあ今から私がすることは本当に自己満足だから、適当でいいか。

 そんな感じで、私は台所にある食材に一通り目を通すと作るメニューを決める。冷蔵庫の中には豚肉や卵。そのほかにも多くの調味料が完備されており、作るメニューには困らなさそうだった。

 まあ、だったら無難にあれでいくか。卵を二つ手に取ると、それをボールの中に入れてその中に牛乳を入れてかき混ぜ、フライパンに油を敷いて、いい感じの温度になるまで熱する。それからケチャップをご飯と混ぜ、野菜や豚肉を炒め、フワフワの卵になるまで焼き上げると、ケチャップライスの上にそれをのせる。

「はい、召し上がれ」

 私は熱々のオムライスが乗った皿を彼の前に出す。

「美味しそう」

 普通に褒められて、私は「でしょ!」と嬉しそうに返す。

 それから私の分も作ると、彼の隣にそれを置き。

「「いただきます」」

 オムライスを食べ始める。

「おいしい」

 私のオムライスを一口食べた峻輝は、そんな嬉しい感想を漏らしてくれる。だから私は自信満々に。

「そうでしょ! 料理には自信あるんだよね〜」

 私が嬉しそうにすると、峻輝もテンションが上がったのか。

「うん。多分僕が食べたオムライスの中で一番おいしいよ」

 パクパクパクパクと勢いよく私のオムライスを口に掻き込んでいく。それからあっという間に完食していた。

「はや! もっと味わって食べなよ」

「いや、普段はこんなに早く食べないんだけど。すごく美味しくて。箸が止まらないってこう言うことなんだろうね」

 峻輝の言葉に、私は。

「スプーンだけどね」

 野暮ったいツッコミを入れる。そんな私のツッコミは、華麗に無視された。

「ごちそうさま」

 私は手を合わせて、峻輝と一緒に台所に食器を持っていく。

「結局、この世界ってなんなんだろう?」

 独り言のように漏らした発言に、峻輝は小さく返してくる。

「現状だとなにもわからないね」

「うん。この後どうする? また外に行く?」

 ちらりとドアの方に視線を向ける。

「そうだね。今のところやることもないし、外に出れば何かわかることがあるかもしれないし」

「だね……」

 意味もなくかちゃかちゃと食器を洗いながらそんな話をしていると、すんすんと男性の泣き声のようなものが聞こえてくる。

「……え?」

 いきなり不気味な声が聞こえてくるもんだから、食器を洗っていた手が止まる。シャーと流れ出ていた水道の水を止めると、泣き声はより一層強く聞こえてくる。

「これって……」

 不安そうにすると、峻輝が階段の方を見る。

「上の階から聞こえてくるけど、どうする?」

「どうするって、え? 行くの?」

 絶対に嫌なんだけど。こんな奇妙な世界で男性のすすり泣く声。完全にホラーだ。

 でも峻輝にだけ行ってもらうってのも卑怯というかずるいというか……。私はふぅーと息を吐くと、手に持っていた食器を台所に置いて、階段の方に足を進める。

「行こ。もしかしたらこの世界について何かわかるかもしれないし」

「そうだね」

 そうして私たちは、ゆっくりと一歩ずつ階段を登り始めた。


























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