第22話斉藤由貴
眠って目を覚ますと、ツンツンと頬をつつかれる感覚がする。だから私はう〜んとうめき声をあげ、手の甲でその手を振り払う。私が振り払う動作をすると、いきなり。
「うわぁ!」と、子供が驚いたような声がしたので、私は目を開けて声がした方に視線を向ける。
視線を向けた先にいたのは、小さな女の子だった。何かに怯えているような目付きをして、少女は私を見ている。なんだろうこの子? というか、やっぱりこの世界に来ていたのか。少女に向けた視線を外して、それ以外のものに目を向ける。
豪華絢爛で煌びやかな内装。赤くて美しいレッドカーペット。大きな階段と玉座。
やっぱり夢の世界の続きだ。3回目だからか、もう驚きもしない。ぐっと背伸びをしてから立ち上がると、私は少女の方へ一歩だけ近く。すると少女は、一歩後ろに下がる。さらにもう一歩私が足を進めると、また少女は一歩後ろに下がる。なんだか面白い子だな。もしかして人見知りなのかな?
目の前の少女の行動が面白くて、またも一歩だけ足を踏み出してしまう。そして期待通り、少女はまたも一歩後ろに足を下げる。この子かわいいな。
そんな面白いやり取りをしている最中に、床で眠っていた峻輝が目を覚まして立ち上がる。
「あ、峻輝おはよう」
「おはよう七瀬さん。この子は?」
私の数歩先にいる少女に目を向けた峻輝は、興味深そうに聞いてくる。でも私に聞かれてもわからない。私だって数秒前に起きて、その時にこの子が頬をつついていたんだから。
無言で首を傾げると、私はその場で少女に聞いてみる。
「ねえ、君は誰?」
問いかけると少女は、
「誰って、どう言うこと?」
真顔で聞いてくる。確かに抽象的で分かりづらい質問かもしれなかったけど、まさかそんな返答をされるとは……。逆に聞き返された私は、う〜んと腕を組んで。
「自分がどう言う人間なのかってことかな?」
末尾に疑問符をつけるような言い方で問いに答える。私の回答に少女は顔を歪めて。
「わかんない」と答える。
わかんないってどういうこと? まだ子供だから、自分ってものを理解できてないのかな?
「それじゃあその……君はここで何をしていたの?」
別の質問をすると、少女は後ろにある玉座につながる階段の方へ顔を向けたまま質問に答えてくれる。
「絵本を読んでた」
絵本を読んでたって……。まあこんな世界だし、他にすることがないのかもしれないけど。それじゃあこの子はずっとこの世界で絵本を読んでたのかな? というか、こんなお城にいるこの少女は本当に何者なんだ? もしかしたら何か知ってるかも。そう思った私は、少女にこの世界のことについて質問をしてみることにした。
「ねえ、君はこの世界がなんなのかわかる?」
あまり期待せずに聞いてみると、聞かれた少女は。
「よくわかんない」
首を横に振り回答する。やっぱりわからないか。若干がっかりしていると、少女は続けて。
「でも、一つだけわかることがあるよ」
ハッキリとそう言ってくる。その言葉が気になり、「一つだけ?」と聞き返すと、少女はお城の天井や壁などに目を向けて話し始める。
「この世界ってね、絵本の中の世界なんだよ」
「絵本の中の世界?」
いきなり突拍子も無いことを言われて、少し混乱する。絵本の中の世界って、そんなことあるわけなく無い? 少女の言葉が信じられない私は、どうしてそう思っているのか聞いてみることにした。
「その、絵本の中の世界っていうけど、どうしてそう思うの?」
聞かれた少女は、キョロキョロと辺りを見渡してから答える。
「だって、このお城も、この湖も、外の風景も、どれも私が大好きだった絵本と同じだもん」
だもんと言われても……。もし仮に目の前の少女の言っていることが本当だったとして、なんで私は突然寝ている間に絵本の世界に飛ばされてるんだ? しかも起きたら現実世界にいるし……。
やっぱりこの子の言っていることは間違ってるんじゃ無いかな? どうしても少女の発言が信じきれない私は、訝しむ眼差しを少女に向けてしまう。私にそんな目を向けられた少女は、サッと私から目を逸らした。
それから私は近くで色々と考え込んでいる峻輝のそばによると、ひそひそ声で話しかける。
「ねえ、あの子の言ってること、どう思う?」
「どう思うって言われても、さすがに違うと思うけど……」
「だよね。私もさすがに可笑しな話だなって思ったよ」
私がそう言うと、峻輝は真剣な面持ちで少女に視線を向け。
「でも、あの子が初めてこの世界のことについて話してくれたんだよね。それが正しいか間違ってるかはともかく」
優しい口調で口にする。私は峻輝が何を言いたいのかわからず。
「峻輝は何が言いたいの?」
質問すると、峻輝は腕を軽く組んで、
「あの子なら、この世界に来てから起こってる可笑しな現象について何か知ってるんじゃ無いのかなって思うんだ」
淡々と説明してくれる。そうかな? 私はあまりそうは思えなかった。今の絵本の発言だって、適当なんじゃ無いのか? あの子の言っていることを間に受けることができない私は、少女の方に視線を向けてから。
「それじゃあの子に質問してみようよ。顔のこととか記憶のこととか……」
そう提案する。すると峻輝は、少女を一瞥して。
「そうだね」
うなづいてくれる。峻輝の承諾を得た私は、少女に近づき。
「とりあえず名前を聞いてもいいかな?」と名前を尋ねると、少女は、ん? と可愛らしく首を斜めに傾けながらも、曖昧に答えてくれる。
「名前……? 名前は、斉藤由貴?」
自分の名前を聞かれたのに、どうして曖昧な感じで返答してきたんだろう? と言うか斎藤って。少女の名字を聞いて、私はある人物の顔を思い浮かべる。
そういえば香澄さんって確か斎藤って名字だったよね? 雰囲気もなんだか香澄さんと似ているし、もしかしてこの子……。うっすらと察するが、まだなんの確証もないので何も聞かないことにした。
一旦そのことは頭の片隅に追いやると、私も名前を名乗る。
「由貴ちゃんか、いい名前だね。私は七瀬仁美。それで、こっちの男の人が八田峻輝ね」
勝手に峻輝の名前も紹介すると、峻輝は少女にぺこりと頭を下げる。私たちの名前を聞いた少女は、興味なさそうに「そうなんだ……」とだけ呟くと。
「ねえ、あなたたちはもう記憶がなくなっちゃったの?」
逆に質問してきた。記憶か……。そこらへんのことも聞きたかったから丁度いいや。私は素直に自分の身に起こったことを話し始める。
「私の記憶はもうほとんどなくなっちゃった……。どうして記憶がなくなるのか、由貴ちゃんはわかる?」
そう質問すると、由貴ちゃんは首を横に振って。
「さぁ」とだけ答えた。
そのあとに、付け足すようにして。
「意味がないからじゃない?」
声のトーンを変えずに怖いことを言ってくる。意味がないってどう言うこと? 他人の記憶なんて”ある意味がない”ってことかな? そんなわけなくない? 少女の言葉に疑問を抱いていると、横で聞いていた峻輝が自分の顔を指差しながら由貴ちゃんに質問する。
「僕はもうほとんど他人に関する記憶を無くしちゃったんだけど、それでもこの顔との思い出や記憶は忘れてないんだけど、それはなんで?」
それを聞いて、確かにお母さんの記憶は無くなってないなと思った。随分昔のことなので色褪せてしまってはいるが、それでも朧げにだがしっかりと記憶に残ってる。
気になった私は、由貴ちゃんの回答を待つ。質問をされた由貴ちゃんは、悲しそうな顔を浮かべつつも、先ほどとは違って今度はしっかりと説明を始めた。
「それは、私たちにかかった呪いだから」
いきなり物騒な言葉を発した由貴ちゃんの言葉に驚きと疑問を抱く。
「呪い?」
私がそう聞き返すと、由貴ちゃんは淡々と説明し始める。
「そう、呪い。成長できない呪い。ずっと囚われて、塞ぎ込んじゃう呪い。この人のことしか考えられない呪い。永遠に解き放たれることのない呪い。そんな呪いにかかってるから、私たちはこの人のことを忘れない。忘れられない……」
そんなことを言われるが、私にはなんのこっちゃって感じだ。呪いとか言われても意味がわからない。でも峻輝の方をみると、納得した様子だった。私の頭が悪いだけなのかな? 由貴ちゃんの言っていることも、峻輝が昨日言っていたことも、全然わかんない。でも聞き返す気になれないから、もやもやとした気持ちのままにすることとした。
そんな気持ちでいると、由貴ちゃんが私に声をかけてきた。
「ねえお姉さん」
由貴ちゃんに「お姉さん」と呼ばれ顔を上げると、優しく、なに? と聞き返す。
聞き返された由貴ちゃんは、ピッと後ろにある階段の方を指差して。
「あの階段の下にさ、部屋があるの。そこで絵本を読んでよ」
そんなお願いを急にされる。やっぱり子供だなとか思いつつ、私は「いいよ」と返す。すると由貴ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべ、少しだけ駆け足で階段の方へと走って行った。そんな由貴ちゃんの後を、私と峻輝はゆっくりと追いかける。
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