第14話何が何だか
授業中から昼休みになるまでの間、ずっとこのクラスメイトたちや他の人たちのことを考えていた。それでも、現実世界で関わった人たちのことを思い出すことはできなかった。こんなことになったのも、全部あの夢のせいだ。なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの? 本当に意味わかんない! ぶつけようのない怒りをふつふつと感じていると、梓が弁当を持って私の席の前に座ってきた。
「仁美。今日はどうして寝坊なんてしたの?」
そんな質問をされ、私はあははと笑いながら。
「別に理由なんてないよ。私だって寝坊する時ぐらいあるから」
なんて風に誤魔化す。まあ実際寝坊したことに変わりはないけど、寝坊した理由は複雑というか、意味がわからないので言わないことにした。梓には真剣な相談をしたことがない。そもそも私は悩み事などを抱える性格ではないし、梓と真面目話をするのはなんだかむず痒いというかしづらいというか……。
まあだから、今回の記憶がなくなることも梓には相談しなことにした。そもそも相談したところでどうにかなることでもないだろうし。考えていて、私は今後どうなるんだろうって思った。もしかして、もう今後一生記憶が戻らないまま過ごしていくのかな? それどころか、明日には梓の記憶すらもなくなってるんじゃ……?
それは嫌だな。でも、私が梓の記憶をなくすことなんてありえるのか? 小さい頃からずっと一緒だったんだ。忘れるわけはない。でも念のために……。
じーっと梓の顔を見て、今のうちにしっかりと脳に梓の顔を記憶する。私に熱い視線を向けられていることに気がついた梓は、私と視線を合わせて怪訝そうな表情で。
「どしたの?」
ジロッと眉を吊り上げて聞いてくる。聞かれた私はちょっと動揺してしまうが、なんとか冷静を装いながら。
「いやー、梓は綺麗だなーって」
そんなお世辞を言う。まあ実際梓は綺麗だから、あながちお世辞というわけでもないけど。私に綺麗と言われた梓は、「いきなりやめてよー」と嬉しそうに笑いながら言ってきた。そして照れた様子を誤魔化すようにして、ご飯を口の中に勢いよく掻き込みだす。
梓がぱくぱくご飯を食べているのを見て、私も弁当を取り出そうと鞄を漁る。鞄を漁っていて、やけに中身がすっからかんなことに気がつく。そうじゃん。今日大慌てで家を出てきたから、弁当なんて作ってないじゃん。普通に忘れてた。
弁当を忘れたことにショックを感じ、私は梓に乞食する。
「梓〜。ちょっとご飯ちょうだい!」
手を合わせてお願いすると、梓は首を傾げて「なんで?」と聞いてくる。
「いやさ、今日慌てて家を出てきたから弁当忘れちゃって……。お願い! 今度何か奢るから」
「んー、まあいいけど、あずさのお弁当は高くつくからね」
そう言って、梓は弁当の蓋の上にご飯とハンバーグと唐揚げを乗せて、それを私に差し出してくれる。
「割り箸でいい?」
「うん。ありがとう」
私は梓から割り箸を受け取ると、蓋の上に置かれた弁当を食べ始める。本当にいい友達を持ったなと思うが、もしかしたら明日には忘れてしまっているかもしれないのかと思うと、なんだかご飯が喉を通らない……。それでも残すわけにはいかないので、なんとか押し込む。
梓の記憶がなくなるのは嫌だな。もしなくなったとしたら、私はどうなんだろう? 私の人生の大半は梓との思い出だ。その記憶がなくなったとしたら、私の人格はどうなるんだ? 考えたくもない。あの夢を見てからというもの、ネガティブなことばかり想像してしまう。
そんな状態で学校は終わり、私は家に向かって自転車を漕ぐ。家に着くと、記憶がなくなってしまった恐怖心から、携帯やテレビなどの娯楽を嗜む気になれなかった。
だからと言って特にすることもなく、ただぼーっと何も考えないようにして一点を見つめ続けていた。そんなことをしていると、あっという間に5時のチャイムがなり、私は慌てて料理を作り始める。作り始めてから数十分ほど経つと、お父さんの車が車庫に止まる音がする。
「仁美ー帰ったぞー」
「おかえりー」
私は料理を作りつつも、お父さんの顔を凝視する。眼鏡をかけ、それほど高くない身長で、特徴のない顔立ち。うん。私の知ってるお父さんだ。
もしかしたらお父さんのことまで忘れてしまっているかもしれないと思ったけど、それは大丈夫だったみたい。でももしかしたら明日には……。そんな怖い考えが脳裏をよぎり、身震いがする。
それでも私はいつも通り不自然のないようにしてお父さんと食卓を囲む。かちゃかちゃと食器を並べ、二人揃って「いただきます」を言うとご飯を食べ始める。
ご飯を食べ始めると、お父さんはテレビをつけニュース番組を見始める。
いつも通りの食卓。いつも通り生きてきたはずなのに、どこでどう変わっちゃったんだろう。どうしていきなり私はあんな世界に? なんでこんな目に?
あーもう、本当になんなんだ! 考えれば考えるほど、頭がぐちゃぐちゃになっていく。本当は今この時も私は夢を見ているんじゃないか? それで、起きたら他人の記憶も何もかも元どおりで、またいつも通りの日常を送る。そんな願望を詰めた妄想を描くが、私の五感すべてがここは現実世界だと訴えてくる。
はぁ……。自分の現状が理解不能で、本当に嫌になる。でももうどうしようもないし、だったらもう全てを受け入れて、あの世界で一生暮らしていくのもありなのかな? もしそうなったら、私の隣には常に峻輝がいるのかな。それはそれで楽しそうだな。ゆっくりご飯を食べながら、いろいろなことを考える。
私の惰性的な日常が突然変化してしまい、恐怖や悲しみの感情に駆られる。いつからだっけ? ずっとおんなじことを繰り返し続けたのは。誰からも好かれるようにして、みんなに愛されるようにしてきたのは……。
あんまり思い出せない。考えるのは苦手だ。考えれば考えるほど、嫌なことが見えてくるから。人生を楽しく送るコツは、何にも考えないことだと私は思う。人と接する時も、その人のことを深く考えずに、外側のいい部分だけを見続ける。人以外でもそうだ。奥に入れば入るほど嫌なものが見えてくる。
だから脳みそをからっぽにして生きていく。私はいつものように考えることを放棄すると、寝床につく。今夜もあの夢のような場所に行くのかな? 嫌だな……。そんなことを思いつつ、そっとまぶたを閉じた。
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