第21話安心

「ッッッは!?」

 一瞬で頭が冴えて、目を開ける。久しぶりにあの頃のことを思い出した。意図的に忘れようとして、無理やり封印した記憶が今、鮮明に頭の中に思い描かれた。

 そういえばそんなこともあったなと、胸糞の悪い気分で上体を起こす。

 ここは保健室かな? 真っ白な空間で、辺り一面に消毒液の香りが漂ってる。

 壁にかけられている時計に目を向けると、針は3の文字を指していた。ということは、二時間ほど寝ていたのか……。ベッドの横に丁寧に置いてあった上履きを履くと、シャーとカーテンを開ける。

「あ、起きたのね。体は大丈夫?」

 カーテンを開けた先には、白い服装に身を包んだ女性が椅子に座っていた。多分保険の先生だ。

「はい。大丈夫です」

「そう。なら良かった。お友達がすごい心配しててね。『仁美が死んじゃう〜』てすごい大慌てでここに来てね」

 保健の先生はクスクスと口元に手を当てて笑う。

「そう……なんですか」

「うん。もうすぐ六時間目の授業も終わる頃合いだし、戻ったらその子のことを安心させてあげてね」

「……はい」

 返事が遅れる。私のことをそんなに心配してくれる子がいたんだ。さっき私の席に弁当を持ってきた子かな? そういえば夢の中のあの子と似てるかも。だったら色々と納得だ。

「それじゃあ……。失礼しました」

 そう言い残し、私は教室へと戻って行った。教室に戻り、ガラガラと前のドアを開ける。開けると、国語の教科書を音読していた先生は一旦口を閉じ、私の方に目線を向けた。室内はシーンと静寂に包まれ、なんだか申し訳ない気持ちが溢れてくる。そんな中、私は保健室でもらった紙を先生に渡すと、静かに自分の席に座る。

 私が座って教科書を取り出すと、先生は国語の教科書に目を向け先ほどの続きを読みだした。それから特に面白みのないまま授業は終わる。

「それじゃあ今日はここまでにします」

 チャイムの音と同時に国語の先生は教室を出て行く。それと同時に、昼休み私の席でお弁当を食べていたバカっぽい女の子が。

「仁美! 大丈夫!?」

 涙目を浮かべ、心配そうに私の元へ駆けつけてきてくれる。私はそんな彼女に対し、気まずそうな表情を浮かべる。

「だ、大丈夫……」

 なるべく心配をかけないようにそんなことを言うが、目の前の女の子は怪訝な表情で私を見てくる。

「なんか元気なくない? やっぱりまだどこか悪いんじゃ……?」

「そ、そんなことないよ……」

「それになんだか喋り方も変じゃない?」

 この子鋭いな……。でも前の喋り方ってどんなだっけ? 無意識的にやっていたことをいざ意識してやるとできないように、今の私は前のような元気でバカっぽい喋り方ができない。だから口数を減らして、怪しまれないように努める。

「本当に大丈夫だから……。それより、早く席に着いた方がいいんじゃない?」

 これ以上話していたくない私は、なんとかこの子に席に戻ってもらえるように示唆するが、目の前の子は時計に目を向けると、話をそらすようにして別の話題を持ち出してくる。

「まだ全然大丈夫だよ。それよりもさ、昨日仁美と見に言った映画あるじゃん?」

 あるじゃんと言われ、昨日のことをなんとなく思い出す。そういえば昨日、よくわからない恋愛映画を観に言ったような……。その時隣にいたのがこの子だっけ?

 どこで何をしたかは朧げにだが覚えているのに、隣にいた子にはまるで靄がかかっているような感じで、はっきりと思い出せない。

「それがどうかしたの……?」

 それでも思い出せないなんてことは口にせず、話を合わせる。

「それでね、また今度他の子達と行くことになったんだけどさ、仁美もどう?」

 目の前の子からそんな誘いを受けるが、もちろん断る。

「私は遠慮しとくよ……」

 愛想笑いを浮かべて、誘いを断る。

「そっか……。じゃあまた、次は別の映画に行こうね」

 彼女はそう言い残すと、別のクラスメイトたちがいる場所へと赴いて行った。彼女がいなくなった私は、おもむろに携帯を取り出して、携帯をいじっているふりをする。なんだか一人でいるのが落ち着かない。それに、一人でいるのを見られるのが嫌だ。何でだ? 原因はよくわからないけど、とにかく落ち着かない。だから私は、携帯の画面を意味もなく左右にフリックし続ける。

 帰りの会が終わり先生が帰りの挨拶をすませると、他のものには目もくれず家に帰る。家に着くと、私はものすごい安心感を得ることができた。疲れた心が安らいでいくのを肌で実感する。そのままベッドに寝転がると、瞼を閉じて、私はあの世界へ向かう準備をする。























 

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