四日目
第19話思い出したくない記憶
目が覚めて、気だるい体を引っ張ってなんとか下の階に降りる。そんな状態で冷蔵庫を開けると、入っていたお茶をコップに注いで喉に通す。学校どうしよ……。
時計を見ながら、これから学校に行くかどうか考える。どうせ行ったところで周りの同級生の顔なんか覚えてないし、それにもうすぐ意識不明になるんだから行かなくてもいいんじゃないか?
ズズズっとお茶を飲み終えると、もう一度布団を被りに行こうと思った。だと言うのに、私の足は学校へ向かっていた。もうすぐ記憶が消えて、学校に通うこともなくなる。だったらあとほんの数日だとしても、最後まで私が通っている学校というところに行きたいと思った。
適当に支度を済ませると、自転車にまたがり学校へ向かって漕ぎ進める。漕いでいて一つ不思議に思ったことがある。そういえば、どうして私は学校への行き方を覚えてるんだろうと。それ以外にも、自分がどこに住んでいるのか、どうやって生きてきたか、他人以外の記憶がしっかりと残っているのだ。
本当に不思議だ。今頃は峻輝も同様に、みんなの記憶を無くしちゃったのかな? でも峻輝は初日でクラスの半数以上の記憶が無くなったって言ってたし、実はもう昨日ぐらいから全部の記憶がなくなってたりするのかな?
そんなことを考えていると、学校に着いた。校門の横に書かれている学校名を確認してから、校内の駐輪場に自転車を止める。
自転車を止めると、不安な感情を感じつつも、自分の教室に向かって歩いていく。
教室の前に立ち、ドアのガラス越しに室内を確認する。今はちょうど昼休みの最中らしく、中の人達はお弁当やコンビニのご飯などを食べていた。
ガラガラと後ろのドアを開けて教室内に入ると、数人の生徒がこちらを振り向いてきて。
「仁美! 遅いじゃん」
などと声をかけてきてくれる。それに対して私は、なんともいえない表情で。
「あはは」と愛想笑いを浮かべ、自分の席に座る。
自分の席の場所は覚えているのに、他人の記憶だけはしっかりと抜け落ちてる。気味が悪い。そんなことを思っていると、頭の悪そうな格好をした生徒が私の机に食べかけの弁当を持ってきた。
「仁美遅いじゃん! 仁美が全然来ないから、私は一人でこの漫画を読んでたよ」
ぷりぷりと怒った様子の彼女に既視感を覚える。そういえば、私には親友のようにいつも一緒にいた友達がいたような気がする。それがこの子かな?
悪いけどやっぱり思い出せないや。親友がいたという記憶だけはなんとなく残ってるけど、それが誰で、どんな名前だったのか、全く思い出せない。
ニコニコと笑みを携え、食べかけの弁当を食べ始めた彼女の顔を凝視するが、彼女に関する記憶を思い出すことは出来なかった。まあでもいっか。とりあえず記憶が無くなっていることを悟られないようにして、この子と喋ろう。そう思い、私は口を開きかけるが……。
あれ? 私っていつも、どうやって喋ってたっけ? どうやって人と接して、どうやって関わってきたっけ? 今までどうやって他人とコミュニケーションをとってきたっけ? 思い出せない。全然。いつもの喋り方がわからない。どうしてわからないんだろう? 人の記憶がなくなっただけで、自分の記憶はなくなってないのに。確かテンションが高めで、バカっぽくて。
「ね……え」
言葉が思うように出てこない。そもそも人と喋る時ってどうしてたっけ? いつもどういう自分を演じてたっけ? 演じる? なんで?
「仁美……?」
私の様子がおかしいことに気がついた目の前のクラスメイトは、心配そうな表情で私を見つめてくる。どうして喋れない? どうして偽る? 私の中に眠っていた、思い出したくない記憶が、忽然と、鮮明に思い出されてくる。そう、あれは確かお母さんが亡くなった次の日のこと。
だんだんと呼吸は荒くなっていく。息が苦しくて、嫌な記憶が脳みそをぐるぐる回りだして、私はその場に倒れ伏せる。
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