第16話親子
部屋から追い出された私たちは、二人顔を見合わせて相談する。
「これからどうする?」
私がそう聞くと、峻輝はチラッと由貴ちゃんの部屋に目を向けて。
「その、あの子ってさ。多分だけど香澄さんの子供なんじゃないかって思うんだよね」
峻輝なりの見解を話してくるので、私も峻輝の予想通りだと思い共感する。
「多分そうだよね。名字とか雰囲気とかでなんとなく察したよ。じゃあこの後は香澄さんの家に戻る?」
「うん。とりあえずそれでいいと思う。もうやることもないし、目的地もないしね」
ははっと乾いた笑みを浮かべた峻輝と共に、私は香澄さんの家へと向かった。向かってる最中に、私は由貴ちゃんの発言を思い返し、もう一度よくこの世界を見渡してみる。
「ねえ、やっぱり由貴ちゃんの言う通り、この世界って絵本の中なのかな?」
不安げにそんな疑問を口にすると、峻輝はもう一度よくこの世界を見渡してから。
「どうだろう。流石に違うと思うけど……」
そう言ってくれるので、私は。
「だよね」
とだけ返してから、あまり周りを見ないようにして視線を地面に向ける。大きな橋を渡りきり、香澄さんの家の前に着くと、私は家についているインターホンを鳴らす。ピンポーンと聞き慣れた音がして、それから数十秒ほどの時間が経つと、ガチャリとドアが開いて香澄さんが顔を覗かせてくれる。香澄さんの顔をもう一度よく凝視して、やっぱりあの子は香澄さんの子供だと確信する。
「あ、昨日ぶりだね……。その、どうしたの?」
どうしたの? と聞いてきた香澄さんに、私はなんて答えるか考える。別に特別用があって来たわけじゃない。ただ、由貴ちゃんが香澄さんの子供なんじゃないかと考え、それだけの理由でここにきただけだ。
でもそれを聞いてどうするんだ? 香澄さんと由貴ちゃんのことに、私たちが下手に首を挟むべきじゃないんじゃないのか?
香澄さんに対してなんと返答しようか考えていると、隣にいた峻輝が口を開いた。
「その、単刀直入に聞くんですけど、あそこに住んでる子は香澄さんが昨日話していた子供と同一人物ですか?」
峻輝がそう質問すると、香澄さんはお城の方に目を向け、しかめっ面で。
「……うん。そうだよ。あのお城にいる子供は、私の子供で間違いない……」
と答えた。申し訳なさそうで、罪悪感に押しつぶされそうな香澄さんの表情。その顔を見て、私は先ほどの考えを捨て、香澄さんに由貴ちゃんのことを質問する。
「あの、だったらなんでこんなところにいるんですか? 今の香澄さん、すごく辛そうな表情をしていますけど、由貴ちゃんとしっかり話し合えば、心の中の蟠りも無くなるんじゃないんですか?」
そんなお節介なことを口にすると、香澄さんは首を横に振って。
「無理だよ……。私なんかがあの子に合わせる顔なんてないんだから」
気弱な発言をする。そんな弱気な言葉を聞くと、私は香澄さんの手首を掴み。
「由貴ちゃんはずっと寂しそうにしてました。香澄さんはこのままでいいんですか? もし過去の選択を後悔しているなら、絶対に由貴ちゃんと腹を割って話し合うべきです」
そう言うと、無理やり香澄さんを家から引きずり出そうとする。私に腕を引っ張られた香澄さんは、強く抵抗せず、ゆっくりと裸足のまま家から出てきた。そんな香澄の腕を引っ張りながら、私たちはお城へと向かう。
お城に近づくにつれ、香澄さんの足がどんどんと重くなっていくのを感じる。
「その、由貴は私のことをなんか言ってなかった?」
橋の上で心配そうに聞いてきた香澄さんに。
「大丈夫ですよ。きっと由貴ちゃんも香澄さんと同じ気持ちですから」
質問の主旨とはズレたことを返す。だって、もし本当のことを言うとするなら「由貴ちゃんはあなたのことを嫌いと言ってました」と香澄さんに伝えなきゃいけないことになる。でもそんなこと言えるわけがない。だからこれでいいんだ。
無理やり腕を引っ張って、香澄さんを由貴ちゃんのいる部屋の前に連れてくると、私はその部屋をトントンと二回ノックする。ノックすると、2秒ほど遅れて。
「誰?」
少々怒気を孕ませながら聞いてきたので、私は少しだけ猫なで声で。
「仁美だけど、入っていいかな?」
と返す。私の声を聞いた由貴ちゃんからの返答はない。きっとまだ不機嫌なままなんだ……。由貴ちゃんから返事がもらえないと思った私は、勝手にドアを開けて中にはいる。中に入ると、由貴ちゃんが白いベッドの上で座りながら、私たちの方を見ていた。
「何しにきたの?」
煩わしいものを見るような目つきでそんなことを言ってきた由貴ちゃんに、私は。
「由貴ちゃんに会って欲しい人がいるんだよね」
そう言って、後ろにいる香澄さんを全面に押し出す。私が入った時は煩わしそうな顔をしたいた由貴ちゃんだが、香澄さんが中に入ってきたのを目にすると、一気に苦虫を噛み潰したような、そんな、なんとも言えない表情になった。
それから由貴ちゃんは、怒気を孕んだ声色で。
「なんでいるの?」
香澄さんを睨みつける。由貴ちゃんに睨みつけられている香澄さんは、由貴ちゃんとまともに目を合わせず、斜め下に顔を向けながら。
「その、由貴に謝りたくて……」
消えそうなほどか細い声でそう言った。香澄さんの発言を聞いた由貴ちゃんは。
「聴きたくない!」
感情を荒げるように声を高くしてそう言うと、ギュッっと目を瞑り両手で耳を塞いだ。それでも香澄さんのことが気になるのか、由貴ちゃんは塞いでいた目と耳を開けると。
「……なんでいなくなったの?」
香澄さんの方を見ながら、不安そうな声で質問する。やっぱり口では「嫌い」と言いつつも、香澄さんのことがずっと気になっていたんだ。静寂の空間の中、私たちは香澄さんの次の言葉を待つ。不安そうに見守る中、香澄さんはかすれそうなほど小さな声で。
「その……由貴と夢を天秤にかけて……夢を、取ったの……」
罪悪感に押しつぶされそうな表情で、不安を募らせてた声色で、その言葉を口にした。そんなことを言って大丈夫か? と一瞬懸念し、由貴ちゃんの方を見ると、由貴ちゃんは瞳に大きな涙の粒を浮かべて。
「何それ……。なんで私じゃなかったの? ずっと一緒だったのに! 結局、私のことなんかどうでもよかったんでしょ!」
感情的に、怒りを露わにした。
先程までの由貴ちゃんは達観した様子だったのに、今の由貴ちゃんはどこにでもいる、癇癪を起こした普通の子供だ。そんな由貴ちゃんに、香澄さんは。
「それは違うよ」
由貴ちゃんの発言を必死に否定しようとするが、由貴ちゃんは手元にある私が先程読んだ絵本を香澄さんの足元に投げつけ。
「うるさい! あんたなんか大っ嫌い!」
そう言い放った。由貴ちゃんに嫌いと言われた香澄さんは、足元の絵本を拾い上げると、ドアノブに手をかけ。
「ごめんなさい……」
謝罪の言葉をボソリと呟くと、走って部屋を出て行った。そんな親子のやりとりを見ていた私たちに、由貴ちゃんは大きな声で「出て行って!」と怒鳴りつけてきた。
由貴ちゃんに怒鳴られた私たちは、即座に部屋を後にしてドアを閉める。
今のやりとりを見て、話し合いでどうこうなる訳ではないのかもと思った。申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつ、私は由貴ちゃんの部屋から離れるようにして、トボトボと橋の方へ向かって歩き出す。
あても無いまま適当に橋の上を歩いていると、そこでグラっと世界が揺れて、私は地面に倒れ伏す。このタイミングで来るのか……。頼むからもう、この世界に連れてこないでほしい。切実にそう願いながら、私は意識を失う。
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