第10話犬顔面
「それにしても、本当に奇妙な世界だなぁ……」
独り言を漏らすようにボソッというと、峻輝は空を見上げて。
「でもちょっと楽しくない?」
ちょっとだけ興奮した様子で言ってくる。楽しい? 今のこの状況が?
「それ本気で言ってる? 私は怖いし不安だし、早くあっちの世界に返して欲しいって思うけど……」
こんな状況で楽しめるなんて、やっぱり峻輝は変わり者だ。私はぶるりと肩を震わせ、なるべく周りの物を見ないように努めながら歩いた。私に異を唱えられた峻輝は少しムスっとした様子で続ける。
「確かに意味わからないし怖いとも思うけど、それ以上に未知のものが目の前にあるって、普通はワクワクすると思うんだけど……。やっぱり七瀬さんって少し変わってるね」
「ええ!」
峻輝にだけはその言葉を言われたくなかった。私は反論するようにして、強く物申す。
「峻輝にだけは言われたくないよ! 普通はこんなところに来たら、早く帰りたいって思うよ」
「うーん。僕はならないけど」
「それは峻輝が変だからだよ」
「変かぁ……。じゃあ逆に、普通ってなんだと思う?」
いきなり哲学的な事を聞かれ、私は戸惑う。普通……普通……ねぇ。
「そりゃあ、大多数の人の意見とか考えじゃない?」
私なりの見解を話すと、峻輝は納得できない様子だ。
「じゃあもし七瀬さん以外の人が"人殺しは当たり前だ"って考えになったら、七瀬さんはそのことが普通だって思うの?」
「それは思わないよ! 人殺しが当たり前なんておかしいもん」
「じゃあ七瀬さんの考える普通ってことと矛盾しない?」
「あ……」
言われてハッとなる。うまいことはめられた気分だ。もしかして峻輝って頭がいいのかな? それとも私の頭が悪いだけ? そんな事を考えつつも、それた話題を元に戻す。
「そもそも、なんで普通がどうとかの話になったんだっけ?」
「それは、『七瀬さんが変わってる』って僕が言ったら、七瀬さんが反論してきたからじゃないっけ?」
言われて思い出し、パンと手を叩く。
「あーそうだった。まあ結局のところ、峻輝が変わり者ってことでいいんだよね?」
「何がいいのかわからないけど、もうそれでいいよ」
はぁと小さなため息を吐いて、諦めたように峻輝はそう呟く。やっぱり峻輝が変わり者だった。峻輝を言い負かしたことに満足感を感じながら、私はルンルンと気分良くお城に向かって歩いていく。それから数分後。私たちの目の前を一匹の犬が通り過ぎようとした。
「あ、ワンちゃんだ!」
その犬を見た私は、咄嗟に犬の方へ走り、犬を抱きかかえて撫でる。いきなりそんな事をしだした私を見て、峻輝は呆れたような口調で。
「七瀬さんってちょっと子供っぽいところがあるよね」
なんてことを言ってきたので、口調を強めて言い返す。
「別に子供っぽくないよ! 老若男女、みんな犬が好きでしょ」
反論すると、峻輝ではなく、抱きかかえた犬がいきなり。
「この無礼者が。手を離さんか!」
怒気を孕んだ口調で喋った。いきなり喋り出した犬に驚いた私は、思わず「きゃあ!」と叫び犬を手放した。
「な、何この犬? 今喋ったよね? 私の幻聴じゃないよね?」
私は驚きすぎて腰が抜けたというのに、峻輝は落ち着いた様子で犬を観察していた。この状況でも微動だにしないって、やっぱり峻輝は変だと思い直しつつ、ゆっくり地面に着いた尻を上げる。
立ち上がると、埃を払うように手の甲で尻の汚れを払う。私がサッサと埃を払っていると、犬は。
「全く最近の若者は礼儀を知らん!」と悪態をつきながら、路地裏の方へと姿をくらました。
一体何だったんだ今のは? 隣にいる峻輝は、犬が歩いて行った路地裏を見続けていた。
「峻輝は犬が喋ったっていうのに、やけに落ち着いてるね」
「まあ……。確かに不思議だけど、もう慣れたんだよね」
なんだかこの世界に順応するのが早すぎる気がする。普通はもっと戸惑ったり驚いたりするもんじゃないの? やっぱり峻輝は変わり者だ。そう思いつつ、私たちはお城へと歩いていく。
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