第8話また、あの夢にいる

 嫌なこととか気になることとか、そう言う蟠りを全部忘れてぐっすり眠りにつけたと思ったのに、目を覚ましたら昨日の夢に居た。頭がうまいこと回転しなくて、もう一度目を瞑ってまた開ける。それでもやっぱり私の視界は変わることがなくて、昨日倒れた場所の続きから夢が始まった。

 なにこれ? どう言うこと? 確かに昨日、私はおかしな夢を見た。夢なのに痛覚があって、夢なのに夢を見ているとしっかり認識できるおかしな夢を。でもそれは、結局夢だったんじゃないのか? 昨日たまたま変な夢を見た。それで終わりだと思っていたのに。なのにどうして、私はまたあの夢の世界にいるの?

 意味がわからず混乱するが、頬をつねっても痛いだけだった。ヒリヒリと痛む頬を抑えながら、私はキョロキョロと辺りを見渡す。

 そういえば峻輝は? 私より先に倒れた峻輝がどこにもいない。もしかして置いてかれた? 立ち上がると、昨日清美さんがいた部屋にお邪魔する。ガチャリと部屋を開けると、部屋の内装は何一つ変わらず、ただ一つ昨日と違う点は、部屋の中に清美さんがいないと言う点だ。どこにいったんだろう? もしかして峻輝も清美さんも私が作り出した幻影で、もういなくなっちゃったんじゃ……。

 最初っから誰も存在してなくて、この怖い思いを紛らわすために私が脳内で作り出した妄想だったんじゃないのか? 嫌な考えが次から次へと思いつき、不安な気持ちに押しつぶされそうになる。もうずっとこのベッドの上で包まってようかな。そうすれば嫌なこととかも忘れられそうだし……。

 布団に手を伸ばすが、すぐに引っ込める。とりあえず下の階に行こう。もしかしたらそこに峻輝がいるかもしれないし。私はなんとかその希望に縋るよう、神頼みしながら峻輝が下の階にいることを願いつつ階段を下った。

 下った先には、椅子に座りながらテーブルに頬づえを着いている峻輝の姿があり、峻輝は私のことを視界に捉えると。

「おはよう七瀬さん」と挨拶をしてきてくれる。

 そんな声をかけられ、私の不安な気持ちは一瞬で晴れ上がる。良かった。峻輝はちゃんと存在したんだ。ホッと胸をなでおろし、安堵の気持ちに駆られると、私は彼に向かって。

「おはよう峻輝!」 

 なるべく元気な素振りで峻輝に挨拶をして、彼の隣にある椅子の上に座り込む。

「ねえ、その、結局この世界って夢じゃないのかな?」

 そんなことを峻輝に尋ねると、着いていた頬づえを崩して、峻輝は答える。

「どうだろう。寝て起きたら変な世界に居るって、普通に考えたら夢だと思うけど……」

「でも痛覚もあるし、夢だと実感できるし。それに何より、ちゃんと現実に存在しているであろう私たちが、同じ夢の中にいるって言うのはどう考えてもおかしくない?」

 夢なのにこれほど夢っぽくない夢は、今まで見たことがない。私にそう言われた峻輝は、う〜んと腕を組んで考える。

「じゃあ寝てる間に異世界に飛ばされてるとか?」

 いきなり素っ頓狂なことを言い出した峻輝の発言に驚く。

「異世界って、流石にそれはないと思うんだけど……」

「だよね。僕も言ってみただけだからあんまり気にしないで」

「そうなんだ……」

 そこで会話は止まり、二人してこの世界がなんなのか考えこむ。やっぱり寝てる間に来てるってことは夢だと思うんだけど……。え〜もうわかんない! そもそもこんなことを考えたところで、意味なんてなくない? ここが仮に夢だとして、だからなんだって話だし。私は考えるのを放棄するようにして、だらーんと椅子の背もたれに背中をあずけ、手をぷらぷらとさせる。

 時計のチクタクチクタクと言う針の音がやけにうるさく感じてくると、峻輝はふと思い出したかのようにして、私にとある質問をしてくる。

「そういえば、七瀬さんって現実世界で変なこととかが起こったりしてない?」

「変なこと?」

 突然そんなことを聞かれて、少しばかり考える。変なこと、変なこと……。言われて、微かに思い当たる節があった。

「勘違いかもしれないけど、学校に知らない人がいきなり増えた気がする」

 私がそう発言すると、峻輝は頷き共感してくる。

「だよね。僕も今日教室のドアを開けたらさ、クラスの九割ぐらいが知らない人になっててびっくりしたよ」

「え?」

 峻輝の言葉に私がびっくりする。クラスの九割? え? 私のと規模が違いすぎるんだけど。一体どう言うこと? ますます混乱する。

「クラスの九割って、え? どう言うこと? 私は流石にクラスメイトで分かんなかった人は誰もいなかったけど……」

 混乱する私に、峻輝は淡々と説明を始めてくれる。

「多分だけど、この夢を見てから他人に関する記憶が消えてると思うんだよね」

「記憶が消えてる?」

「うん。自分と関係の浅い人間の記憶が消えてると思うんだ」

「そう……なのかな?」

 だとしたら、峻輝はクラスの九割型の人間と関係が浅かったと言うことになるけど……。なんだかかわいそうだなと思いつつも、口には出さなでおいた。

「うん。まあだからなんだって話なんだけど……」

 いきなり話を切った峻輝に驚く。

「だからなんだって……なんだで済まなくない!? いち早くなんとかしないとダメじゃん」

 焦ったようにそう言うが、峻輝は落ち着いた様子で続ける。

「別に他人の記憶なんか消えても良くない? ましてや、自分と関わりの薄い人間との記憶なんて……」

 そんなことを淡々と言う峻輝に戦慄する。やっぱり峻輝はどこかズレてる。だって他人の記憶が消えていいなんて、普通は思わないもん。私は峻輝の言葉に耳を傾けず、立ち上がる。

「とにかく、記憶がなくなるのをなんとか阻止しようよ」

「なんとかって……どうするの?」

「どうするって言われても……。とりあえず、外に出てみない? 外に出てこの世界を探索してみれば、何かわかるかもしれないし……」

 そう言うが、峻輝はあまり乗り気ではない。それでも、私はかまわず峻輝の手首を掴んで外に連れ出そうとする。

「とにかく外にでよ。ずっとこの家の中にいるわけには行かないでしょ」

 無理やり峻輝を外に連れ出すと、どんよりジメジメとした空気に襲われる。改めて外を見てみると、やっぱりおかしい。空は真っ暗で覆われていて、そこには星なんてものはなく、ただ大きな三日月が寂しそうにぽつんとあるだけだ。なのに外は妙に明るい。ほんと、奇妙で気持ち悪い世界だなって思う。そんな感想を心の中で抱いていると、峻輝がとんとんと肩を叩いてきた。

「七瀬さん。あれ見てよ」

 私は峻輝が指差した方向に目を向ける。目を向けた先にあったものは、ものすごく大きなお城のようなもの。

「あれってお城? それにしては大きすぎる気がするんだけど……」

 お城のようなものは、結構遠くにあるにも関わらず、ものすごい大さだとわかるぐらいには大きかった。

「目的地もないし、とりあえずあそこに進んでみる?」

「うん。それでいいと思う」

 峻輝の提案に賛成して、私たちはお城を目指すことになった。



























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