第7話違和感

 意気揚揚と学校へ到着すると、駐輪場にママチャリを置いて教室へと向かう。いつも通り、何一つ変わらない日常が今日も始まる。そう思っていたのだけど、ちょっとした違和感のようなものを感じた。

 なんだか知らない人が多い気がする……? そんな疑念を抱くが、勘違いだろうと深くは考えなかった。そもそも私はそこまで知人が多いわけじゃない。全く見覚えのない人が学校にいっぱい居たっておかしくない。

 だからなにも考えないようにして歩いていく。教室に着くと、いつも通りクラスメイトと挨拶を交わして席に着く。

「おはよう仁美」

 席に着くなり、先に教室にいた梓が近寄ってきた。そんな梓に、私は元気よく挨拶を返す。

「おはよう梓!」

「おお、なんだか元気だね」

 若干梓に引かれながらも、私はテンションが高い理由を説明する。

「うん、聞いてよ。今日お父さんから三万円もらったんだ〜」

 私が嬉しそうに言うと、梓はニヤっといやらしい笑みを浮かべる。

「へ〜。まああずさは六万だけどね!」

 自慢げにそんなことを言ってきた梓だが、今は気分がいいので梓のそんな発言にも腹をたてることなく。

「マウントうざ〜」

 なんて笑いながら返すと、梓も笑って「いいでしょう」と返してくる。朝の時間はそんな他愛のない話をしていると終わってしまった。それから授業中に修学旅行の自由時間でどこにいこうかと考えていたら、あっという間に昼休みになっていた。昼休みのチャイムが鳴ると同時に、梓が私の席に弁当を持ってくる。

 だから私も、自分の鞄から弁当を取り出す。それからいつも使っている水筒を取り出そうと鞄の中身を漁るが……。

「どうしたの?」

 ずっと鞄を漁ってる私を見て不思議に思ったのか、梓は声をかけてくる。

「あーちょっとごめん。水筒忘れたから下で飲み物買ってくるね」

 どうやら朝っぱらからテンションが上がって変な行動ばかりしていたせいで、逆に大切な水筒を鞄にしまうと言う行為を忘れたようだ。どんだけバカなんだ私は……。

 と自分に呆れつつも、財布を持って下の階にある自販機へ歩いていく。

 向かう途中で様々な生徒とすれ違うが、やはり見覚えがない生徒が多いような気がした。別にこの高校はそんなに大きな高校じゃないから、他学年でも一度や二度ぐらいなら全員の顔を見たことがあるはずなんだけど。

 なのに、一回も顔を見たことがない生徒がそこら辺にごろごろいる気がしてならない。朝は杞憂だろうと気にしなかったが、やっぱりおかしい。だんだんと不安になってきて、その不安を払拭するため、急いで自販機に駆けつけて飲み物を買い、すぐに教室に戻った。

 教室に戻ると、梓は手元の弁当には手をつけず携帯をいじっていた。私に気を使ってくれたのかな。そんな梓の気遣いがなんだか嬉しかった。私が飲み物を買ってきたことを確認すると、梓は携帯をスカートのポッケにしまって弁当箱を開封し始める。

 私はと言うと、朝から感じる奇妙な違和感をより強く感じてしまい、それでもそんな曖昧でおかしなことを梓に相談出来ないと思い、その感情を紛らわすように弁当を食べはじめた。私の様子が少し辺なことに勘付いたのか、梓は声に出さず心配そうな視線を送ってくる。

 その視線がなんだか申し訳なくて、私は適当に話のタネをまく。

「そういえば、梓が昨日いってた映画のPV。YouTubeで見たよ」

「あ、ほんと!? どう? 面白そうだったでしょ!」

 案の定梓は食いついた。本来なら映画に行くのは来週の予定だったけど、この気分を紛らわすため今日にしてもらおう。

「ねえ梓。映画なんだけどさ、今日の放課後行かない?」

 私が途端にそう提案すると。

「いいよ! いやー実は来週まで待ちきれそうになかったんだよね〜」

 梓は私の提案を嬉しそうに受諾してくれる。だから私はホッと謎の安心感を感じながら、お父さんに「今日は外食してきて」とのラインを送る。

 放課後になると、私と梓はチャリで映画館のある場所まで向かうことにした。

 学校から映画館までは結構な距離があり、普段運動をしない私にとってはかなりきつい道のりだった。それでもなんとか映画館に着くと、早速チケットを購入するため受付にに向かう。

「あの、この映画のチケットを二枚お願いします」

「はい。座席はどこにしますか?」

「えーと、梓はどこがいい?」

「えーそうだな〜。ここでいいんじゃない?」

 梓は真ん中らへんのよく画面が見えそうな場所を指定した。私は梓の指定した席に賛成して、その座席のチケットを購入する。

「上映までまだ時間あるけど、どうする?」

 時間は五時七分。上映開始までまだ三十分ほどの時間がある。梓は悩むような振りをして、顎に指を当てて考えている。

「ん〜ご飯食べる?」

「え、早くない?」

「そう? あずさはお腹空いてるけど」

「そうなの? ならいいけど」

 別に私もお腹が空いてないわけじゃない。むしろ長いこと自転車を漕いでいたせいで、お腹は十分空いている。梓はポッケから携帯を取り出すと、食べログで近くの美味しい食べ物屋さんを検索し始めた。

「ねえ、ここなんてどう?」

 梓は携帯をグイッと私の目前に持ってきて、ラーメンの画像を見せつけてくる。

「ラーメン屋さんに行きたいの?」

「うん。普段食べないし、評価も高いし、いいでしょ?」

 言われて考える。ラーメンかぁ。別に嫌いとかじゃないからいいけど、脂っこいものを今から食べて、ちゃんと映画に集中できるかな……。胃もたれとかしたらどうしよう。そんな不安を覚えつつも。

「うん、いいよ」

 梓の言ったことに同意する。私は基本、人の頼みを断ったり、人の意見に反対したりしない。これは小さい頃からの癖だ。なんでそうなのか自分でもわからない。いつも宿題を梓に見せるのだって、本当は梓のことを考えたらダメなのに断れない。小さい頃からずっとそうだ。

 なんでだっけ? まあいっか。それよりも早くラーメン屋に向かおう。私たちは急ぎ足でラーメン屋に向かう。

 ラーメン屋の中に入ると、油が宙に浮いてるんじゃないかと思うぐらいギトギトしていた。いや、本当にそのぐらい油っこいお店なんだ。私はメニュー表を手に取ると、一番人気と書かれたラーメンを注文しようと決める。

「私はこの一番人気のやつを頼もうと思うんだけど、梓は何にする?」

「ん? 梓も仁美と同じやつでいいよ」

「わかった。すいませーん」

 店員さんを呼びつけ、注文する。濃厚とんこつラーメン。いかにも濃厚そうな見た目をしている。ちゃんと食べきれるかな〜と思っていたのだが、食べてみてびっくりするぐらい簡単に食べきることができた。それはなぜか。理由は単純明快、美味しかったからだ。

 胃もたれとか油とか、そんな些細なことを気にする余裕のないぐらい箸が進んだ。

 お腹いっぱいだと言うのに、私と梓はホクホク顔で店を後にした。

「いやー美味しかったね」

「だね。あずさが今まで食べたラーメンの中で一番美味しかったと言っても過言じゃないよ!」

「だね。私もそのぐらい満足したよ。じゃあもうそろそろ時間だし、映画館に戻ろっか」

 私たちはお腹をさすりながら、映画館に戻る。上映時間ぴったり席に座ると、画面には他の映画のCMが流れていた。あ、これは興味あるとか、これはあんまり面白くなさそうとか、そんなことを考えていたら映画泥棒とパトランプ男が、盗撮は犯罪だと言うことを演劇風に説明してくれた。

 そうしてその説明が終わると同時に、館内の明かりは消えて私たちを映画の世界に没入させる準備を始める。正直アニメや漫画の実写映画にはあまり期待してなかったけど、予想よりも断然面白かった。何より俳優の演技がすごくて、思わず感情移入してしまった。

 映画が終わると、私たちは映画の感想を言い合った。

「今の映画面白かったね」

 私がそう言うと、梓はうんうんと頷いてきた。

「でしょ! ほんと、吉沢亮くんかっこよかったなー」

「それって映画の感想じゃなくない?」

「何言ってるの仁美。これも立派な感想だよ」

「そ、そうなのかな?」

「うん、そうだよ。仁美はどこが面白いと思ったの?」

 聞かれて考えると、すぐには思いつかなかった。面白い要素はたくさんあったけど、何か突出して面白かったと聞かれるとわからなかった。強いて言うなら……。

「俳優さんの演技が良かったかな」

 梓に合わせるようにそう答える。すると梓はでしょでしょと共感してきた。

「だよねー。やっぱり亮くんしか勝たん」

 そんな会話をして、私たちは帰路に着いた。

「それじゃあ梓、また明日」

「うん。またね」

 梓と別れた私は、今日食べたご飯のことや映画のことを考えながら自転車を漕いでいた。なんの悩みもない、いつも通りの私にこの時だけは戻っていたのだ。そうして家に帰ると、いつも通り、何一つ変わらない様子でベッドに横たわると、疲れからかすぐに眠りにつく。

 































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