それもまた日常(改定)

ごもじもじ/呉文子

第1話 グリフォンの檻

 いつだって、子どもはアイスが好きだ。春夏秋冬おかまいなしに、それはもう機械のように正確に、息子は保育園の帰りにアイスをねだってくる。

 

 仕事の後で疲れ切っている私は、なだめすかしたり反対するのも面倒になってしまって、五回に二回は承諾してしまう。


 保育園の近くに、アイスの自販機なんて置いてあるのがなによりいけない。いや、そんなことを言い始めたら、そもそも最初に懇願に負けて、買ってしまった私がなによりいけないのだけれど……。


 アイスを食べ終わり、ひとしきり満足すると、息子は高らかに宣言する。


「グリフォンを、みる」



 アイスの自販機の通りに面して、ペットショップが立っている。ペットショップはいつも清潔で、ぴかぴか輝いている。


 その一角に、グリフォンのコーナーがある。


 民間で飼育されているグリフォンは珍しいためか、いつも一人二人は見物人が来ている。


 私と息子も、そんな見物人の一人だ。


 グリフォンは美しい。あでやか、というよりも、むしろ野生の力強い優美さがある。その迫力は、ガラス越しにも人目を強く引く。鷲の頭やつややかな翼、ライオンの胴の力強さは、自然の美しさ不思議さを私達に教えてくれる。息子の大のお気にいりだ。


 息子を抱っこして、グリフォンのガラスの前で、見えやすい位置をとる。3歳になって、だいぶ重くなってきた。


「グリフォン、すてきだねー」


 私の声に反応して、グリフォンは毛づくろいを始めた。私は少し動揺する。聞こえているんだ。


 グリフォンは賢い。私達の言葉を理解していてもおかしくはない。いや、これだけ来ているのだから、そろそろグリフォンの方で、私達のことを覚えている可能性さえある。


 私の動揺なんておかまいなしに、息子は楽しそうにグリフォンを眺めている。


「グリフォン、おっきいねー」


「そうだね。大きくなったね」


 ふと、隣の猫のコーナーが目に入る。「新しいお家が決まりました!」のPOPに、別の動揺が大きくなる。


 これだけ大きくなってしまったこのグリフォンに、引き取り手は出るのだろうか。


 取り繕うように、私は言葉を繋ぐ。


「これだけ大きくなったら、きっと立派なおうちにもらわれていくんだよ。よかったねー」


 嘘だ。小さいうちがしつけやすいのは、どの動物も同じだ。大きくなればなるほど、貰い手は少なくなる。


 そして引き取り手のない動物の末路は、保健所だ。


 私は誰に向かって嘘をついているのだろうか。息子だろうか。グリフォンだろうか。


「またね。ばいばーい」


 私の声につられて、息子はグリフォンに手を振る。またね、があるんだろうか。また明日、このグリフォンはいるのだろうか。それとも私は「グリフォンは、素敵なおうちに行ったんだよ」と最後の嘘をつくんだろうか。


 グリフォンのまなざしは、私達を確かに捉えている。



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