【二話】喫茶で寛ぐのも悪くないかもしれない
競売所から喫茶に行く道すがら。
ワルドナ王都の町並みを、俺は改めて瞳に映してみた。
第一区画から第三区画まで、全ての区画を行き来したにもかかわらず、俺はまだこの町が作り出す日常の姿を知らない。
ここに着いてからというもの、厄介ごとの連続で、散策する暇など無かったからな。
唯一、何度も足を運んだ場所といえば、聖銀の鎧兜を出品する為に顔を出した競売所のみ。寄り道せずに、ムニムの屋敷と競売所を行ったり来たり。食事に関しても、競売所内で済ませることがほとんどだった。
「どうかされましたか、アルガ様?」
辺りをキョロキョロとしながら歩いているのが気になったのだろう。
ルノが声を掛けてきた。
「いや、もう少し周りに目を向け興味を持つべきだったかもしれないと思ってな」
「興味を……そうですね」
言われて、ルノが頷く。
今更ながらに思うが、ここは良い町だ。
ワルドナ国王のお膝元、城下町は活気に満ち溢れている。大勢の貴族が死に、競売所が停止した状態にあるとはいえ、それほど悲観した様子もない。それどころか、国民達が率先して修繕作業にあたり、兵士達の指示を仰いでいるではないか。
魔人ルオーガが復活した際も、今のように力を合わせていたのだろう。一度は滅んでしまったエザの町も、今では修繕作業を行う兵士達が集い、一日も早く元の姿を取り戻せるようにと職務を全うしている。復興するのも、そう遠くないはずだ。
そして俺は、晴れてこの国の民となったわけだ。
エルデール大陸では賞金首の俺を受け入れてくれた恩に報いる為にも、何かできることがあれば手を貸すべきだろう。
「ここですぅ、着きましたよぉ~」
いつの間にかムニムの屋敷の近くへと戻ってきていたらしい。
ミールの案内に従い、俺達は住宅街へと入り込んでいた。
「どうですかぁ? いい感じの喫茶でしょう?」
ムニムの屋敷の周辺は住宅街であり、目に付くようなお店はなかったように思えたのだが、案外すぐ傍に、その喫茶は軒を構えていた。
一見すると民家のようにも見えるが、入口の横に小さな立て看板が置いてある。足を止めて見てみると、喫茶メニューが記載されているではないか。これでは気付かずに素通りする人が多いかもしれないな。
しかしまあ、入口から店内の様子が少し見えるが、確かにミールの言ったとおり、雰囲気は良さそうに見える。
「ここか、よく見つけたな」
「サボる時は喫茶に限りますからねぇ、このぐらいお茶の子さいさいってやつですよぉ♪ とは言っても、コルンに洒落た喫茶なんて全然ないんですけどねぇ~……あっ」
言った後で、口が滑ったと焦りの表情を見せるミール。だが、幸いにもルノは立て看板に目を奪われていたらしい。
サボり魔のミール、命拾いしたな。
「見てください、アルガ様。ケーキの種類が豊富ですよ」
スイーツや甘い物が好きだという態度は、今まで一度も見せたことのなかったルノだが、どうやらケーキが気になっているようだ。セットメニューもあるみたいなので、それを頼むのも悪くないか。
「アルガー、ケーキ食べるー。早く行こー?」
袖を引っ張るクーに誘導され、俺達は店内へと足を入れる。
白と茶を基調とした店内には、優しげな音楽が流れていた。ミールが言った通り、雰囲気のいい喫茶だ。
俺達が入ってきたのに気付いたのだろう。店主と思しき老人が奥から姿を現し、一礼する。
「四人だが、今大丈夫かな」
尋ねると、店主は返事をせずに頷き、俺達を席へと案内する。
テーブルの上に置かれたメニュー表を手に取り、改めて目を通してみる。ミールも言っていたが、よくよく考えてみれば、この手の喫茶はコルンの町に一軒もなかったな。町民の数が減少傾向にあるとはいえ、一軒ぐらいあってもよさそうなものだが、やはり酒場とかの方が需要が高いのだろうか。
まあ、冒険者というものは、お茶するよりも酒を飲む方が性に合っているか。
「あたしはですねぇ、これとこれと~、あとこっちも食べたいですぅ。ああでもこんなに食べたら豚さんになってしまうかもですね~」
「クーはねー、これにするー」
「わたしもクーちゃんと同じものでお願いできますか?」
ミールは単品でケーキを幾つか頼むつもりのようだ。一方、クーとルノは同じものを注文している。元々はランチを頼むはずだったが、予定というものはその都度変わるものだ。俺自身も、ケーキセットを頼む気分になってしまったからな。
「俺もそれで頼む」
「何ですかぁ? みんな同じやつとかつまらないんですけどぉ。ふーんだ、せめてあたしだけでも別のものを注文しますからねぇ」
各々注文するものが決まり、店主へと伝える。
店の奥へと戻っていく店主の背を見送り、欠伸を一つ。ここ最近は忙しなかったからな、どうやら俺も疲れが溜まっているようだ。
コルンの町に戻ったら、暫くのんびり過ごしてみるか。……いや、それも悪くはないが、木の実拾いだけは日課として続けておきたいところだ。
時期が変われば新しい木の実が生り、今までにない発見もあるだろう。戦闘ばかりだと息が詰まるからな。小さな変化でも構わないから、見過ごさずに楽しみたいところだ。
「そういえば、アルガ様と同じものを出品された方はどちらに行かれたのでしょうね」
「さあ、見当も付かないが……」
ふと、ルノが思い出したかのように口にする。
ダーガが身に着けていた装備一式は、無事に回収することができた。しかしながら、肝心の出品者が行方を眩ませたままだ。
競売の際にはあれだけ息巻いていたというのに、装備一式が戻ってきても引き取りに来ないのは、何らかの問題が起きたと考えるべきだろうか。
持ち主のいなくなった装備一式は、一先ずは競売所で預かることになるが、引き取りに来ない場合は競売所の判断で処分されることもあるらしい。もしそうなったら、何とも言えない結末だな。
「せっかくですぅ、あたしが代わりに引き取って売っ払いますよぉ。売ったお金であたしに似合う可愛い装備を買うのも悪くないですねぇ」
「競売所が保管することになったからな、諦めろ」
ミールの企みに口を挟んだところで、店主が姿を見せる。
注文したものを一つ一つテーブルの上に置き、一旦店の奥へと戻り……また出てくる。どうやら他に店員はいないようだな。
「食べていーい?」
「ああ、勿論だ」
「うんー、いただきまーす」
待ちきれないクーが、一足先にケーキを食べる。その後にルノとミールが続いた。
「あっ、美味しい……!」
ルノが頬を緩ませ、ケーキを食べる。どうやらお気に召したらしい。
戦闘行為こそしないものの、ルノも冒険者組合の長として忙しい日々を送っている。たまには羽を伸ばしてゆっくりしても罰は当たらないはずだ。
「……ん、確かに美味いな」
「ですぅ、これならあと三つぐらい入りますよ~」
ミールの主張には耳を傾けず、クーの様子を見る。あっという間に平らげてしまったらしく、ミールの皿をジッと見ている。
「なんですかぁ? そんなに見てもあげませんからねぇ?」
「うんー」
あげないと言われても、皿の上に並べられたケーキから目が離せない。
すると、今度はミールがソワソワし始めた。
「……全くもうぅ、そんなに見られると食べ難いじゃないですかぁ! これだからお子ちゃまは苦手なんですぅ」
そう言って、ミールはメニュー表を手に取り、手を上げる。
店主が寄ってきたのを見計らい、息を吐いて顔を上げ……。
「この子が食べたいって言うんでぇ、ここに載ってるケーキ、全部頼んでもいいですかぁ?」
無言で頷き、大量のケーキの用意を始める店主。
満足気なミールと、今か今かとケーキを待つクーを見やり、俺は肩を竦める。
「あの、大丈夫ですか、アルガ様? もし手持ちが無いようでしたら、わたしが……」
「心配しなくていい。酒代に比べれば安いものさ」
聖銀の鎧兜を売り払うことはできなかったが、木の実拾いで多少の蓄えはある。
それに、ナルディアとダーガの行方を追う際に、多くの魔物を倒したからな。討伐報酬もそれなりのものになるはずだ。
「あ、ではその……もしよければ、わたしも……いいでしょうか?」
「ん? 何がだ?」
「えっと、そのですね……ケーキのお代わりを……」
恥ずかしそうに頬を染めながら、ルノが告げる。
その台詞を耳にして、少しだけ驚いたが、すぐに俺は口元を緩めた。
「ああ。俺ももう一つ食べたいと思っていたところだ」
「ッ! では……!」
「ルノ先輩、太っちゃいますよぉ? 大丈夫ですか~?」
「お前が言うな、ミール」
山ほどケーキを注文したミールと比べたら、ケーキ二つなど可愛いものだ。
それに、サボり魔のミールとは違って、ルノは激務だからな。朝から晩まで冒険者組合の仕事をこなし、夜は実家の宿屋で俺とクーの為に食事を作ってくれている。
疲れたところを見せないルノだが、無理は禁物だ。休める時に休むべきだからな。
「じゃあじゃあ、あたしはランチ追加してもいいですぅ?」
「クーも! クーも食べるよー?」
戯言を口にするミールと、それを真似するクー。
「分かった分かった。食べるのは構わないが、残すんじゃないぞ」
「うんー!」
「豚にならない程度に食べまくってやりますぅ」
結局、ケーキセットだけでは飽き足らず、ランチも頼むことになりそうだ。
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