【一話】一先ず手元に置いておくことにした
ムニムに金貨百枚を肩代わりしてもらった翌日のこと。
聖銀の鎧兜を競売にかけ、一日も早く大金を手にし、借金を返そうと思ったのだが……。
「……手段が無くなったか」
残念なことに、競売所は無期限休止状態となっていた。
それもそのはず、ダーガ率いるドローマンの襲撃を受けた競売所は、外部はともかく内部がボロボロになっていたからだ。
落札物の受け取りや支払いに関しては最優先で行われているのだが、やはり修繕作業が不可欠であり、最低でも一月はお休みすることになるだろうと、競売所の関係者から教えてもらった。
予想はしていたことだが、さすがに一月以上ともなると、こちらも手持無沙汰となってしまう。
「アルガ様、どうしましょうか?」
俺の隣に立ち、尋ねてくるのはルノだ。
聖銀の鎧兜を手放し金を得る為にワルドナ王都へと足を運んだのだが、まさかここで足踏みすることになるとは思いもしなかったからな。
元々、長く留まるつもりはなかったし、留守にしているコルンの町にも早く戻っておきたいところだ。ルノはコルンの町の冒険者組合の長なのだから、長引けば長引くほどに仕事の量が増えていくはずだ。
「めんどくさいですし、その辺の武具屋か冒険者組合に引き取ってもらったらどうですかぁ?」
とここで、詰まらなそうに欠伸をするミールが提案してくる。
正直言って、それも有りのような気がしてきた。
一応、聖銀製の鎧兜だからな。二束三文にならないことは確かだろうし、それなりの額を手にすることができれば、あとは足りない分を魔物狩りで補うこともできるだろう。
仮に出品することができるようになったとしても、競売所での件が悪評として広まっている。あの男の装備一式と同時出品せずに済むようになった場合でも、大した額にはならないだろう。
むしろ競売所に出品した方が安値で落札されるかもしれない。
だが、だからといってミールの言うとおりに武具屋か冒険者組合に持って行き、売却するかと言われると……少し考えてしまう。
ナルディアとダーガとの戦闘を終えて以降、実は少し気持ちに変化が出てきた。
俺は、禁忌魔法やナルディア、ダーガを相手に苦戦した。
たとえ敵が人間であり魔物ではないとはいっても、それを言い訳にしてはならない。剣や投擲用の道具を用意していたにもかかわらず、防具に関しては特に気にすることはなかった。敵の攻撃を受けるはずがないと、内心油断していたのだ。
その油断、慢心が原因で、俺は戦闘開始早々に怪我を負ってしまった。手元に聖銀の鎧兜が無いのであれば、別の装備を身に着けるべきだったのに、それを怠ったのだ。
「いや、一先ず手元に置いておくことにする」
「ええ~? じゃあ一体何の為に王都まで来たんですかぁ~。アルガさんの装備を売っ払って豪遊する為ですよねぇ~?」
「豪遊するつもりはないからな」
とはいえ、ミールの言い分はもっともだ。
聖銀の鎧兜を手放さないのであれば、王都にまで足を運ぶ必要はなかったからな。
ジリュウと全く同じ装備一式を身に着けることに対し、俺は嫌悪感を抱くようになっていたし、だからこそ聖銀の鎧兜を競売にかけ、処分することを決めた。
ただ、今後もし、ナルディアを操る禁忌魔法のような敵が俺の前に現れ、ルノやクーに……コルンの町を脅かすようなことになった場合、俺は今のままで大丈夫なのだろうかと悩んでしまう。
ジリュウと共に旅をしていた時も、俺は聖銀の鎧兜を身に着けていたおかげで死を回避することが多々あった。たとえ手放したいと思うようになっていたとしても、聖銀の鎧兜は俺の体の一部のような存在であることに変わりはない。
ナルディアとダーガとの戦闘時に、聖銀の鎧兜を身に着けていたとしたら、魔王討伐した時のような動きをすることができたのかもしれないと思うと、迷いが生まれてしまうのも仕方のないことだろう。
昔の俺とは環境が異なるが、今の俺にはあの時とは別に守るべき大切なものができた。それを守り抜く為にも、必要なのかもしれない……か。
「はあ~、王都でいっぱい遊べると思ってたのに、蓋を開けてみればこのざまですぅ。コルンで大人しくサボってた方がよかったかもですねぇ」
「ミール、サボるのはダメだからね?」
「うっ、分かってますよ~。今のは冗談ですってば」
口笛を吹きつつ、ルノから距離を取るミール。
「アルガ様。装備は町に持ち帰るということで……よろしいのですか?」
「ああ、そのつもりだ」
競売所に出品するには、王都にいなければならないが、武具屋や冒険者組合に引き取ってもらうのであれば、コルンの町でも可能だ。だとすれば、持ち帰るのも悪くはあるまい。
それに一つ朗報がある。
ジリュウが装備する聖銀の鎧兜は、奴の手元にはない状態だ。何者かは不明だが、あの男が競売所に出品していたからな。
故に、俺が再びこの装備一式を身に着けたとしても、奴とお揃いになることはないわけだ。
その点に関しては、少しホッとしている。
「では、いつ頃に王都を発ちますか?」
「そうだな、早ければ早い方がいいだろうが……ムニムへの挨拶もまだだからな」
首飾りの代金を肩代わりしてもらった後、ムニムは王城へと向かってしまった。ナルディアの策略により、大勢の貴族達が犠牲となったので、その後始末に追われているのだ。
実際に、昨日は屋敷に戻ってこなかった。
元より魔導騎士団の総隊長として忙しい身だ。今後暫くは、隣国エイジェールへの対応や国内の安定化に向けて眠れない日々が続くことだろう。
王都滞在中、屋敷を自由に使っていいと言われているのだが、さすがに何も言わずに発つのは申し訳ない。ムニムが屋敷に戻ってくるまでは待っていた方がいいか。
「お子ちゃまへの挨拶なんて必要ないですぅ。あんなゴミ屋敷にあたし達を寝泊まりさせるなんてひどい話ですよぉ」
「それなら一人で宿屋に泊まればよかっただろう」
「お金が掛かるからごめんですぅ。王都の宿は高いですからねぇ」
まあ、確かに。
ルノの宿屋の値段に慣れているから、一泊代の金銭感覚が少し麻痺しているか。ムニムの屋敷に泊めてもらえるようになって本当に助かった。
「っていうか、お子ちゃまが戻ってくるまでゴミ屋敷でお留守番ですかぁ?」
「そういうことになるな」
「うへえ、また今日もゴミの山に埋もれて眠ることになるんですねぇ……」
「少しは片付いた……だろう」
少しは、な。
「それでしたら……あまり出歩いたりはせずに、ムニム様のお屋敷で待っていた方がいいでしょうか」
「いや、置手紙があれば問題ない。俺達は俺達でゆっくりしよう」
王都に滞在している間にしなければならないこともあるからな。
ジリュウの装備一式を競売所に出品した男を見つけ出し、入手ルートを聞き出しておきたい。
その結果、行方知らずのジリュウが何処にいるのか判明するかもしれないからな。
……まあ、それが分かったとしても、どうこうするつもりはないわけだが。
「アルガー、おなかへったー」
「ん……飯でも食べに行くか」
クーに腕を引っ張られる。
ムニムの屋敷に手紙を置いてから飯屋を探してみるか。
「あっ! じゃあじゃああたしの行きたいお店に行ってもいいですかぁ? ゴミ屋敷のすぐ傍に雰囲気の良さそうな喫茶を見つけたんですよねぇ。多分、ランチもあると思いますよ~」
喫茶か、それも選択肢の一つとして有りだな。
王都に来てからというもの、厄介事が多すぎて城下町をゆっくりと観光する暇もなかった。
足を運んだ場所といえば、ムニムの屋敷と競売所、それと……王城ぐらいなものか。
「俺は構わないが……ルノ、クー。二人は喫茶でも大丈夫か?」
「うんー。いっぱい食べるねー」
「私も賛成です」
問題無しか。
聖銀の鎧兜を手放す為に、ここにいる三人はわざわざ王都までついて来てくれた。だとすれば、少しぐらい骨を休めても罰は当たるまい。
「よし。喫茶代は俺が出そう」
「さっすがアルガさんですぅ! 太っ腹ですぅ! これは一番高いものを注文しなくちゃですねぇ~」
「よろしいのですか、アルガ様?」
「ああ。ルノとクーも好きなものを食べていいから」
「アルガー、はやく行こー?」
待ち切れないのか、クーが足踏みしている。
その体を背に抱え、王都の街路へと目を向ける。
「あたしが案内してあげますから、行きますよぉ~!」
「転ばないでね、ミール」
「もちろんですぅ~!」
ミールの背に続き、俺達は競売所から喫茶へと向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます