【終章】お前は排除

 山岳地帯に作られた牢獄前での一戦から、三日が過ぎた。

 ナルディアを操っていた禁忌魔法はムニムの手によって焼却処分となり、その一方で大火傷を負ったダーガは、体内に植え付けられた目玉型の魔物の卵を取り除くことに成功し、ルノが持ち合わせていた薬草類のおかげで九死に一生を得た。だが、死を免れたのも束の間、再び牢獄の中へと逆戻りだ。

 命を救われたことに恩を感じたのか否か不明だが、ダーガが口を割ったことにより、運び役の囚人達の足取りを追い掛け、競売所の出品物を取り戻すことも出来た。これにより、ワルドナ王の命を無事完遂し、全てが丸く収まっ……てほしかった。

「……え? あの首飾りを落札されたのは、アルガ様だったのですか?」

 バレた。盗まれた出品物が競売所に運ばれた後、既に落札済みのものから順に取引が行われることになったのだが、厄介事が多すぎた故に、金策を練る暇が無かった。

 いっその事、見つからなければいいのに、と。ふわりとした理想を思い浮かべていたのが仇となった。俺が最も恐れていたことが現実となってしまったのだ。

「落札額はワルドナ金貨百枚でしたっけ? アルガさんって、お金持ちですぅ。……お腹空いたから美味しいものでも食べに行きたいですねぇ」

 擦り寄ってくるのはミールだ。しかし残念だったな、そんな金は無い。

 俺は今から間違って入札してしまったことを正直に伝えに行かなければならないのだ。これが原因でダーガと仲良く牢獄暮らしを始めることになったとしても、甘んじて受け入れなければならない。

 ナルディアが持つ長剣によって貫かれた俺の腹部の傷は決して軽傷ではなかったが、幸いなことに、魔導騎士団の中にエーニャと同じ【癒術師】の紋章を持つ者がいたおかげで、大事には至らなかった。

 最も、ワルドナ国へと戻るまでの間は、ダーガと同じく、ルノが持ち合わせた薬草があったからこそ、生き長らえることが出来たわけだがな。

 ルノが用意していた薬草は、どうやら高級品のようで、もしもの為に大枚はたいて手に入れていたらしい。この礼はいつか必ずしなければならないが、残念ながら今の俺はただの借金持ちだ。

「クーもいっしょに行くー?」

「いや、皆と待っていてくれ。俺一人で行ってくる」

「んー。ろーやぐらしするなら、クーがたすけてあげるねー?」

 今は眠たくないのか、クーの瞼は半分以上空いている。俺の心の声を読み取り、気を遣ってくれるのは有り難いが、ルノの前では返事のしようがない。

「早よ来んか、アルガ」

「……ああ、今行く」

 ムニムに急かされる。

「それじゃあ、行ってくる」

「はい。ここでお待ちしていますね」

 ルノとクー、それとミールに見送られて、俺は落札物の引き渡し所へと向かうことにした。

「お主、具合はどうなのじゃ? 傷口は完璧に塞がったかの?」

「ああ、ムニム率いる魔導騎士団様のおかげだよ。本当に助かった。感謝する」

「うぬうぬ、ならばよいのじゃ」

 ご機嫌顔のムニムの歩幅が、心なしか大きくなる。俺の返事に満足しているのだろう。

 だが、俺の心は晴れない。

「……はあ、憂鬱だ」

「ん? 何故じゃ? お主が落札した物を受け取りに行くんじゃぞ? 嬉しくはないのか?」

 隣を歩くムニムが、視線をぶつけてくる。どうせすぐに分かることだ、今のうちに言っておくか。

「実はな、金が無いんだ」

「ほう、お金がのう」

 ふむふむ、と頷く。ほんの僅かな沈黙の後、ムニムが眉をしかめて、再度俺の顔を見る。

「アルガ、お主ひょっとして……お金が無いのに、あの首飾りを落札したのか?」

「……手元を誤り、な」

「て、手元を……誤ったじゃと? いやいやいやいや、何故今まで言わんかったのじゃ! 正直に言う機会はあったじゃろうが!?」

「ムニム、お前に聞いたよな。落札した物を取り消すことができるか否か……」

「むむう、そう言えば……」

 入札は自己判断であり、取り消しを認めることは出来ない。競売が成り立たなくなるからな。

 間違って入札したのは事実だが、だからと言って落札を無しにすることは出来ないので、俺は首飾りを落札して以降、ずっと頭を悩ませていた。

「もし、牢獄行きになったら、ルノやクーのことを頼んでもいいか」

「お主は阿呆か、縁起でもないことを口走るでないわ」

 呆れながらも歩き続け、やがて俺達は取引所の前へと到着する。

 競売所のスタッフが満面の笑みで出迎えてくれるが、その表情も直に曇っていくことだろう。

「ええと……アルガ様が落札された品は、こちらでお間違いありませんか?」

 取引台の上に置かれた品は、ワルドナ金貨百枚の値が付いた首飾りだ。……溜息しか出ない。

「間違いない」

「ご確認いただきまして、誠にありがとうございます。ではこちらの品の支払い方法についてのご相談ですが、現金でのお支払いかそれとも――」

「そのことについてだが、実はその……」

 スタッフの説明を止め、唾を呑む。

 何事かと目を向けてくるが、舌が乾いて上手く喋ることが出来ない。しかしながら、伝えなければ何も始まらない。己の背中を押し、口を開こう。……だが、

「……ええと、ワルドナ金貨百枚じゃったかの」

 横からムニムが口を挟み、台の上に置かれた用紙に何やら文字を書いていく。

「いや~、競売が終わった後でやっぱり欲しくなってしまってのう、アルガに頼み込んで落札権利を譲り受けることになったのじゃ」

「え」

 ムニムが何を言っているのか、すぐには理解出来なかった。が、スタッフの声で思考が追いつく。

「ワルドナ金貨百枚分の小切手、確かに頂戴いたしました。なるほど、確かにこちらの品はムニム様にとてもよくお似合いだと思います。しかしながら、ご自身の落札権利を譲られるとは、アルガ様は実に心の広いお方のようですね」

 違う、全く違う。それはただの勘違いだ。俺は心が広くもないし手持ちも無い。牢獄に入るつもりでこの場に顔を出したのだ。それなのに、ムニムは……。

「落札物じゃが、この場で貰ってもよいかの」

「勿論でございます」

 スタッフから首飾りを受け取るムニムは、それを俺へと手渡す。

「ほれ、わしに付けてくれ」

「え、俺が?」

「なんじゃ、何か文句あるのか」

 有無を言わさぬお願いに、俺は大人しく従う。

「……と。これでいいか」

「ふむ。……まあ、たまにはこの手の光り物を身に着けるのも悪くはなかろうて」

 頬を赤くしながら笑みを浮かべるムニムに、その首飾りはとてもよく似合っている。

 ルノにプレゼントする為に落札したものだったが、結果的にムニムの手に亘ることになった。

「では、皆の許へ戻ることにするぞ」

 それ以上、スタッフと言葉を交わすことなく、ムニムは踵を返す。俺の腕を引っ張り、二人並んで歩き始めた。その途中、周囲に人がいないことを確認したムニムが、俺の顔を見上げてくる。

「手の掛かる男じゃのう」

 頬を緩め、呆れながらも笑みを浮かべながら、ムニムは溜息を吐いた。

「よいか、これは貸しじゃからな? ワルドナ金貨百枚稼いだら、ちゃんとわしに返すのじゃ」

「あ、……ああ」

「なんじゃなんじゃ? お主まだ呆けとるのか? それとも借金踏み倒すつもりじゃなかろうな?」

 脇腹を小突かれ、体が跳ねる。しかし今は言い返したりやり返すことは出来ない。というか、暫くの間は頭が上がらないだろう。だが、言い返すのはともかくとして、せめてこれだけは言わせてくれ。

「……ムニム、恩に着る」

「なあに、気にするでない。わしとお主の仲じゃからな?」

 ひらひらと手を振り、ムニムは歩を進める。

 ムニムのおかげで、全てが丸く収まった。依然として借金は残っているが、相手がムニムになったから気は楽だ。……だが、俺は一つ重要なことを忘れていた。

「お主等、待たせたのう!」

「あっ、お帰りなさいです、アルガ様、ムニムさ……ま?」

 ルノの声が、明るさを失う。その瞳が捉えるのは、ムニムが身に着けた首飾りだ。

「あの、ムニム様……それは?」

「うぬ? ああ、これか。アルガから貰ったのじゃ。よかろう?」

 悪意無く、ムニムが無邪気に笑う。

「アルガー、今すぐにげたいのー?」

「ははは……そうだな」

 ……ああ、やっちまった。


     ※


 ゴブリンの頭部が消し飛んだ。

 直後、四肢が四方に飛び散り、どす黒い血を撒き散らす。

「あはははっ、もう終わりかなー? ぼく、まだ物足りないよー!!」

 頭部に角が生えた少年が、とても楽しそうに笑っていた。その手には、先ほどまで生きていたホブゴブリンの頭部が握られていたはずだが、既に潰され、原型は残されていなかった。

「はあ、退屈ですわ。わたくし、まだ一体しか倒していないのに……」

「それも良し。手間が省けただけのこと」

 女エルフと老騎士が言葉を交わす。それはただの日常風景だと言いたげな様子だ。

「ひ、ひっ、嘘でしょ……? ゴブ、ゴブリンが……ぐちゃぐちゃに……っ」

 一方で、共に連れて来られた若い娘は、目の前で起きた惨劇に瞬きするのも忘れていた。そして、

「……く、くくっ、さすがだぜぇ」

 恐怖に全身を震わせ、顔を引きつらせながらも、強がることを止めない男が一人。

「くかかっ! こいつ等がいれば、あのクソ男爵をぶっ殺すこともわけねえぜ!」

 ジリュウの笑い声が、室内に響き渡る。

 その声が館の主に届いたのだろうか、鍵が掛かっていたはずの扉が自動的に開く。と同時に、聞き覚えのある声がジリュウ達の耳に届けられた。

「――合格だ。諸君は、私の奴隷として生きる権利を勝ち取った」

「ッ!? この声ッ、てめえどこにいやがる! 姿を見せやがれっ!!」

「扉の先に、諸君の住む部屋を用意している。ゴブリンの屍を越えて行きたまえ」

「おいこらっ、聞いてんのか! てめえの指図は受けねえぞっ!!」

「耳障りなクズですわね」

「ッ、なんだとこのクソエルフがっ!」

「ねえー、早く行こうよ? 皆が待ってるよ?」

「うっせえクソガキが! ……って、皆だと?」

 少年の言葉に、ジリュウが視線を彷徨わせる。開いた扉の奥から、ぞろぞろと姿を現す者達がいた。

「……な、なんだなんだ!?」

 老若男女関係無く、一人また一人と灯りの下に集まってくるではないか。

「ふむ、これがご自慢の奴隷達か。悪趣味にも程があろう」

「やっぱり、ここにいましたのね……」

 首輪と手枷を嵌められた奴隷達を瞳に映し、老騎士が目を細める。

 横に立つ女エルフは、今にも怒声を上げそうな表情をしていた。

「なんだよ、ただの奴隷共か! ったく、俺様を持て成す為に出てきたのか? んなことしなくていいからよー、さっさと出口に案内しろよな!」

 相手が魔物ではないと知り、ジリュウは勢いづく。

 一番近くの奴隷の許へと歩み寄り、肩を小突いてみせた。が、

「お前は、排除」

「おっ、ああ?」

「お前も、排除」

「えっ、……え」

 奴隷達が、ジリュウと若い娘を取り囲んでいく。

「――そうそう、言い忘れていたことが一つ」

 とここで、再びローデルの声が室内に響いた。

「合格者は三名。残りカスは排除させていただく」

「の、残りカスって……まさか」

 若い娘の表情が、見る見るうちに青ざめていく。ローデルの言葉の意味を理解したのだろう。

 ジリュウと若い娘は、ゴブリンと戦おうとはしなかった。それが排除の理由だ。

「おいおい、排除って何だよ? この俺様に何をするつもりなんだよ!?」

「短い付き合いでしたわね。さようなら、偽勇者」

「て、てめえ……ッ、俺様は本物の勇し――……」

 奴隷達の手がジリュウの体を抑え込み、身柄を拘束する。

 苦しさの中に助けを求めもがいてみるが、手を差し伸べてくれる者はいない。

「ぐ、……ぐっ、くそがぁ……ッ」

 意識が朦朧とする中で、ジリュウは思い浮かべる。こんな時に、あいつがいれば……と。

 だが勿論、その人物が助けに来ることはない。何故ならば、その人物はジリュウの操り人形でもなければ分身体でもないのだから……。

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