【三章】逆の意味で将来有望な新人職員だと思う
コルンの町から暫く馬車を走らせ、草原地帯から林道へと入る。裏山には繋がっておらず、魔物の気配も今のところは感じない。できることなら、王都に着くまで遭遇したくはないものだ。
「……むにゃ」
寝息が聞こえる。
視線を下げると、クーが俺の膝を枕に眠っていた。どこでもどんな状況でも眠る特技でも持っているのだろうか。いや、馬車が走ることで起こる軽快な振動は、乗る者達に睡魔を与えるか。
だが、ルノは全く眠くないらしい。先ほどからずっと口を開き、俺と言葉を交わしている。
「普段はですね、王都からの公営馬車が迎えに来るのです。それに乗り、王都へと通っていたのですが、今回は少し早めに行くことが出来ます。これも全て、アルガさんのおかげですね」
「公営馬車か。頻度はどのぐらいなんだ?」
「だいたい、三月から四月に一度といったところです。直近ですと、アルガさんが町に来る一月ほど前に、公営馬車に揺られて王都に行って参りました。わたしの他にもいろんな町の代表者が同乗していましたから、楽しかったですよ」
他の町にも寄りながらの馬車旅か。なかなか面白そうだ。
「出発前に地図を確認したんだが、この辺って町村は少ないみたいだな」
「そうですね……真っ直ぐ西に向かうとエザの町がありますが、道を少し逸れると小さな村が幾つかあります。町規模になりますと、コルンの町とエザの町の丁度真ん中辺りから南に向かうとモクンの町があったはずです」
モアモッツァ大陸に関して、俺は無知に等しい。地図を見るだけでも楽しくなってくる。
一度も足を運んだことがない場所というのは、どうしてこんなに胸が躍るのか。
時間に余裕があるならば、小さな村々にも行ってみたい。どんな村があるのか興味がある。
「モクンの町っていけ好かない貴族の領土ですよねぇ、あたし好きじゃないですう」
「「――ッ!?」」
慌てて後ろを振り向く。やけに聞き覚えのある口調だが、やはり……。
「ちょっと、ミール!? 貴女何故ここに!!」
「え? 何故って言われましてもぉ、……ここに馬車があったから?」
目の前に馬車があったら乗り込むのか。
「降ろしていいか?」
「ダメですう! あたしもご一緒させてほしかったからですってば~」
「何を言っているの! 貴女には受付業務を任せたはずでしょう!」
「ウリガ先輩に代わってもらっちゃいました~」
「ッ、もううっ!!」
珍しく、ルノが怒った顔をしている。笑いながら内心怒るよりも、こっちの方が断然良いな。勿論、本人には口が裂けても言えないが。新たな一面を見ることができて嬉しい気分だ。
「アルガ様、今すぐ引き返してもらってもよろしいですか?」
「え、今からか?」
「はい、今からです!」
「ええ~っ、もしかしてあたしのせいですう?」
「そうに決まってるでしょう!」
「でもあたし、絶対役に立ちますよお?」
ニコォ~ッと、ミールが笑う。「少なくともルノ先輩よりは~」と呟いた声は、どうやらルノには聞こえていなかったらしい。命拾いしたな、ミール。
ルノを怒らせたら恐いのは、いつぞやのマッサージで思い知っている。……あれは別に怒らせた訳ではないか。だが、とにかく恐いから怒らせるのは避けたい。
「モクンの町に住んでたから分かるんですよお。あそこはスルーした方がいいですねぇ」
「住んでいたのか?」
「はいですう」
聞くと、ミールが頷く。
「ミールはコルンの町の生まれで、数年前にご両親と一緒にモクンの町に移り住んでいたのです」
そう言えば、前に一度、ミールについてルノに尋ねたことがあったな。
「家族は……」
「パパとママですか~? 今も元気にイチャイチャしてますよぉ、きっと」
遠い目をしながら、ミールが返事をする。
「なるほどな。それならワルドナ国から帰る時に寄り道してみるか」
「うえっ!? マジ勘弁ですってば!」
「あっ、それもいい考えですね」
嫌そうな表情のミールとは逆に、ルノは良案だと思ってくれたらしい。
ミールにお仕置きするかの如く、薄らと口元に笑みを浮かべながら、ルノが口を開く。
「貴女、ご両親にはまだ伝えてないでしょう? 受付嬢として頑張っていますって報告しないとね?」
「ぐへぇ……。あたしのパパとママ、ところ構わずいちゃつくから目の毒なんですよねえ。お前も彼氏ぐらい作れって口うるさく言われますし……」
げんなり顔だ。勢いのないミールも、また珍しい。これはこれで見ていて飽きないな。
「よし、それじゃあ決まりだな。帰りはモクンの町に寄ろう」
「はいっ」
「あたしの意見はガン無視ですかあ~?」
お眠り中のクーを起こさないように、声の大きさを少し落とすか。
「ミールの話は終わりとして、正直なところどのぐらいの値で売れると思うか」
「アルガ様の装備ですか?」
「ああ」
「えっ、あたしの話ってもう終わりですう? 軽く疎外感が……もういいですし。顔引っ込めてダラダラしときますから」
食料さえ勝手に食べ散らかさなければ、別に構うことはない。
「うーん、聖銀作りの装備の価値は分かりかねますね。コルンの冒険者組合に卸される武具とは比べものになりませんので……」
仮にもロザ王国が勇者の装備として提供したものだからな。当然といえば当然か。
「お力になれずに申し訳ございません」
「いやいや、気にしなくていいから。競りにかければ分かることだからな」
今は亡き……馬車に乗り損ねたイリールの情報によると、競りは日常的に行われているらしい。
出品すら叶わずに帰路へ着く、なんてことにはならないはずだ。
「……んあ」
「クー、起きたのか」
俺の膝の上で、クーが大きな欠伸を一つ。むくりと起き上がり、馬車が行く道先を指差す。
「あっちー、ゴブリンいるー」
その声に、俺は馬車を止め、意識を前方へと集中させる。
だが、ゴブリンの姿は勿論のこと、気配すら感じない。クーが寝ぼけたのか?
「ゴブリンか……」
いや、クーの魔物感知能力に限って失敗は有り得ないか。人間ではなく魔物なのが理由か否か不明だが、クーは魔物の居場所を感知することが出来るからな。まあ、もし本当にゴブリンがいたとしても、群れでなければ脅威ではない。近付いて来るならば、逆に狩り尽くしてしまおう。
「ミールは、何か武器は使えるか」
「ふえぇ~、武器ですかあ~? そんな危ないものぉ、持ったことないですう」
ダメだ、ミールは戦力にはならないらしい。
となると、手綱を任せて俺が対処するしかないか。
「ああでもぉ、あたしって才能の塊ですから、武器なんてなくてもゴブリンの一匹や二匹くらいやっつけちゃいますよお?」
「……どういうことだ」
「そういうことですう」
と言って、ミールは服の胸元を手で引っ張る。
「その紋章は……【火術師】なのか」
「大正解ですう」
まさかミールが【火術師】の紋章を持っているとはな。
これは予想外の出来事だが、魔法を扱えるということはつまり、戦力になるということだ。
「えっ、【火術師】って本当なの、ミール? わたしはてっきり【受付師】の紋章を持っているものだとばかり思っていたのに……」
「可愛い女の子は秘密を持ってるんですよぉ、ルノ先輩~」
「面接の時、確か【受付師】の紋章持ちだと言っていたはずだけど……嘘だったの?」
「嘘じゃなくてえ、秘密ですってばぁ」
ルノの様子を察するに、どうやらミールは己の紋章のことを誰にも話していなかったらしい。
それをこんなところであっさりと教えるとはな。よく分からない奴だ。
「ミール、ゴブリンの駆除を頼めるか」
「めんどいですう」
「面倒くさいって……何の為に隠れてまでついて来たんだよ」
「えぇ? 仕事をサボる為ですよぉ。……あっ、間違えました。ルノ先輩、今の忘れてですう」
今にも怒り出しそうな表情で、ルノがミールを見ている。しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。せっかくミールが役に立つ機会が訪れたのだから、ゴブリンの様子を見てきてもらおうと思ったのだが……仕方ないな。
「すぐ戻る。馬車から離れずに待っていてくれ」
「えっ、あの、アルガ様?」
「ミール、二人を頼んだぞ」
「は~い、いってらっしゃいですう」
「ですー」
三者三様の声を背に受け止め、手綱をルノへと渡す。
御者台から降りて背伸びする。それから、前方に向けて一気に駆け始めた。
「――ギッ?」
「おおっ、本当にいたぞ」
暫く進んだところに、ゴブリンが三体ほど。そのうちの一体はホブゴブリンか。
クーが居ると魔物の動きを予め察知することが可能なので有り難いな。
「ギッ」
「ギギィッ」
こちらの姿に気付いたらしい。鋭い目を向け、ゴブリン達が臨戦態勢を取る。
「悪いな、お前達の相手をしている時間が勿体ないんだ」
行く手を阻む者には容赦しない。腰のベルトに巻き付けた筒状の皮入れの蓋を開ける。その中から細長い鉄の棒を三本取り出す。出発前にこしらえた先の尖った鉄製の棒は、とても軽くて扱いやすい。
まずは一本、ホブゴブリンの頭部目掛けて軽く投擲してみる。
「ギギャッ!!」
「誤差無し」
一瞬の間に頭部への攻撃を受けたゴブリンは、眼球をぐるりと回してその場に倒れてしまう。その様子を目の当たりにしたゴブリン達は、明らかに動揺している。
「隙だらけだ」
「ギッ」
「ギャッ」
続けて二本、鉄の棒を投擲する。残された二体のゴブリンは逃げる暇もなく頭部を貫かれ、ホブゴブリン同様に地へと伏した。
魔法の類いは扱えなくとも、少し離れた場所の敵を倒すことなど容易いものだ。
「討伐完了っと」
ルノが心配しているかもしれないからな。早く馬車に戻ることにしよう。
「うげっ、ほんとにいますねぇ。なんまんだぶですぅ」
馬車へと戻り、再び手綱を握った後、先ほど戦闘を行った場所に辿り着く。
ミールが「乙女には刺激が強すぎますぅ~」と言ったところで、ルノが口を開いた。
「ゴブリンが二体と……ホブゴブリンが一体ですね? 直接確認しましたので、町に戻ったら報酬をお支払いしますね、アルガ様」
「魔核は持ち帰らなくてもいいのか」
「はい。組合職員のわたしが見ていますから、魔核による証明は必要ありませんよ」
それは非常にありがたい。
今から数十年前に冒険者組合が発明した魔法は、対象となる人物がどのような魔物を何体倒したのか調べることが可能だ。その人物を取り巻く魔力の流れを読むのだそうだ。
この魔法のおかげで、魔物の種類や数を認識し、魔物狩りを主戦場とする冒険者達は報酬の取りっぱぐれがなく、確実に受けとることが出来る。
しかしながら、件の魔法の効果は短く、二十四時間以内に討伐した魔物に限られている。
魔物狩りを遂行したにも関わらず、冒険者組合への報告が遅れてしまうと、報酬を受け取ることが出来なくなるので、魔物の体内から魔核を取り出し、自ら証明する他にない。
俺やホルン、エーニャ達が魔王討伐を果たした時、頭部を持ち帰ったのが良い例だ。
「魔核も同時に持ち込んでいただけますと、報酬額が上乗せされますが、回収作業が大変ですし、別の目的もございますからね」
「ああ、残念だが魔核を取るのは止めておこう」
魔核には魔力が蓄積されているので、魔道具の類を作るには丁度いい材料となる。
それ故、冒険者組合は魔核の買い取りも同時に行っている。
「でもよかったですねぇ、アルガさん。木の実採りなんてやってる場合じゃないですよお。この機会に、ちゃちゃっと魔物狩りで稼いじゃいましょう」
「俺はのんびり暮らせればいいんだよ」
ゴブリンの死体の横を馬車で通り過ぎ、ミールが話し掛けてくる。
確かに、これはこれでありかもしれない。冒険者組合の職員であり最高責任者のルノが傍にいる限り、二十四時間以内に町に戻って報告するという形式を取る必要もない。
一体ずつ体を裂き、手を汚しながら魔核を取り出すのは面倒であり、しかもそこまでやっておいて実は既に魔核が壊れていましたなんてこともしばしばだ。魔核回収による報酬額の上乗せは、精神的にも肉体的にも労力に見合わない。回収相手がスライムやゴブリンでは尚更だ。
魔核の大きさや魔力濃度は、その魔物や魔人の強さに比例する。スライムの魔核など、どれだけ探しても見つからない程度の大きさだ。変に目立つつもりがなかったから実行には移さなかったが、いつぞやのオークやオーガ狩りでは、魔核を回収することも可能ではあった。
ただ、やはり今ののんびりとした生活は捨てられない。コルンの町に危機が迫れば対処するが、そうでなければ木の実採りの日々でも十分だからな。
「それにしても、やっぱりアルガさんは強いですう」
「ゴブリンが相手だ。不意を突かれず冷静に対処すれば問題ない」
戦う場所にもよるか。開けた場所で複数体を相手にするよりも、個人的には薄暗い洞窟内で、一対一で戦う方が危険だ。地の利もあり、ゴブリンの勢いが増す。
「ねー、今どのくらいー? どのくらい走ったのー?」
俺の腕を掴み、クーが揺する。
町を出てから暫く経った。ぐっすり眠ったのか、眠気も一段落といったところか。
「凡そ二時間ってところだな。まだまだ掛かるぞ」
道中の村々で休息を取ることも可能だが、基本的には馬車内での寝泊まりとなるだろう。
名も知らぬ村を訪ねるにしても、コルンの町からワルドナ国までの道すがらに通過するわけではない。途中で道を外れる必要があるだろうから、その分の時間が勿体なくもある。
「もう暫く走らせましたら、足を休ませましょう」
「ん。そうだな」
馬も酷使しては使い物にならなくなる。その都度休息を挟み、目的地へと向かうことにしよう。
※
「寒いなら、火を出してあげましょうかあ? あたしって【火術師】ですから、その手のことなら任せてもらってもいいですよぉ」
あれから更に少し進んだところで、休憩を取ることにした。
食事の用意をする為に座る場所を作ったりしていると、ミールが得意気な表情で話しかけてくる。
「出せるのか」
「もちろんですう。あたしをなんだと思ってるんですかあ?」
「……サボり癖のある受付嬢もどきとか?」
「ふむぅ、確かに!」
確かに、じゃないだろうが。そこら辺はしっかりと直してくれないと、ルノが怒るぞ。
「ミール。貴女、本当に魔法が使えるの?」
「ええ、まあほんのちょこっとですけどねえ~」
半信半疑のルノへと視線を向け、ミールは優越感に浸っている。
仕事場の先輩に勝てる要素が一つでもあってよかったな。
「頼めるか」
「はいですぅ」
季節は既に春を迎えており、徐々に暖かさが増してきた気がするが、それでもまだ朝方や夜は冷え込むからな。集めた木の枝で火を起こそうと考えていたので、ミールの案を受けることにした。
「んではいきますよぉ……そ~っれ!!」
むむむぅ、っと顔をしかめたミールは、木の枝を重ねた場所に向け、両手を翳す。
すると、とても小さな魔法陣が空中に描かれていく。
「ぬふ、ぬふふっ。見てますかあ、ルノ先輩~? あたしってば、実はできる子だったんですよぉ」
「凄い……凄いわ、ミール! 貴女の言っていたことは本当だったのね!!」
「え? あ、……あ~、そうですぅ」
ルノの反応を目の当たりにして、ミールは不満そうに口を動かす。
素直に感嘆しているので、その姿に呆気に取られてしまった感があるな。
「んもうぅ」
溜息を吐きながらも、ミールは更に魔力を込める。空中に魔法陣を描き終えると、その中心部から小さな火の玉が具現化される。ふよふよと宙を漂いながら木の枝の束へと接触し、着火する。
「おおっ」
「わあっ」
「アルガー、もえたー」
これは暖かい。真っ赤な炎が木の枝を材料に燃え上がり、寒さを消していく。
「どうですか~、褒めてくれちゃってもいいんですよぉ?」
「ありがとな、ミール」
「うえっ? ルノ先輩に続いてアルガさんまで素直すぎますってばぁ~」
「おかげで手間が省けたよ」
「べ、別にこれぐらい余裕ですう。そんなことよりもお腹空いちゃいましたよぉ」
目を泳がせ、ミールが馬車から荷物を降ろす。勝手に漁る手が、どこか覚束ない感じに見えるのは、もしかして褒められることに慣れていないからか。
「ほら、ミール? 勝手に袋を開けたらダメでしょう」
「ふわ~い」
傍にルノが歩み寄る。二人して今晩の食材を確認し始めた。
「ルノ、今日のご飯は何にするんだ」
「ごはんなにー?」
「長持ちしやすいものを中心に持ってきました」
「……長持ち? って、木の実か?」
ピクッと、クーの体が揺れた。落ち着け。
「いえいえ、違いますよ? 木の実も多少は持ち込みましたけど、普段からよく食べていますし、それだけでは飽きちゃいますからね。今回は別のものを用意しています」
「おねえちゃんすきー」
木の実料理が出てこないと分かった途端、クーがルノに抱き着いた。
「何か手伝えることがあったら言ってくれ」
「はいっ。でもわたしに出来ることと言ったらお料理ぐらいですので、今は休んでおいてください」
優しく微笑み、ルノは調理道具を並べる。
一方で、ミールはガサゴソと袋を開けては閉じ、気に入ったものを手元に置く。イリールが居なくとも、食料の減り具合に注意する必要がありそうだ。
「ミール、見張り番は交代制で頼むぞ」
「え? ええ~っ!? あたしって乙女ですよぉ! 夜に見張りなんてガクブルですう!!」
「火の玉を具現化すれば魔物も近付いて来ないだろう」
「無責任な~っ、役に立ったんだから見張りぐらい免除してくれてもいいじゃないですかあ~っ」
文句を言う姿は、間違いなく普段のミールだ。
「全くもう~、鬼畜すぎますよぉ~、あたしにも睡眠と言う名の心の安らぎが欲しいですう~」
涙目になりながら訴えるミールだが、そのくせ手元は止まらない。夜食用にあとで食べるつもりか。
辺りはすっかり暗くなっている。
ワルドナ国へと旅は、まだ初日だ。今日は早めに仮眠を取り、明日の出発へと備えよう。
※
「――ギイィ、ギギッ!!」
「グルルルルゥッ、ガウウッ!!」
草原地帯を全速力で駆ける馬車が一つ。と、後方から追い掛けてくる獣の群れの姿が一つ。
四足歩行の獣の上に跨がるのは、数種類のゴブリンだ。どうやら草原地帯を縄張りにしているらしい。馬車が射程内に入ると同時に、一斉に攻めてきやがった。
その数、パッと見ただけでも三十は超えている。
「ふえぇ~っ、あっち行けですう~っ」
獣の足の速度は、こちらの馬よりも上だ。だが、馬車の後方部からひょこりと顔を出すミールが手元に魔法陣を描き出し、一体ずつ確実に消し屑にしているおかげで、牽制になっているのだろう。未だ追いつかれてはいない。
魔法陣を描いては火の玉を放ち、更にもう一度魔法陣を描き出す。連射することは出来ないみたいだが、魔力量に問題は無さそうだ。【火術師】の紋章は伊達ではないな。
「あんなのにモテても意味ないですよぉ~っ」
「頑張って、ミール!」
「えいえいおー」
「ふえええぇ~!! 誰か代わって下さいいいぃ~っ!!」
事前に、クーから情報は得ていた。周辺にゴブリンの群れらしき気配があると。ただ、直接的に戦闘を行なうのも面倒だったので、真っ直ぐに突っ切っていくことを決断した。その結果が、これだ。
途中、何故かゴブリンの群れにスライムが勢いよく突っ込んでいき、行く手を阻むかのような動きを見せているが、一体全体何が起きているのやら。魔物の考えることは理解のしようがない。
「アルガさん~っ、もっと全力で走らせて下さいですう~っ!!」
「無茶言うな、馬の足にも限度がある」
多勢に無勢、これほどの量の群れと遭遇するとは思わなかった。途中で近隣の村に寄ったところまではよかったが、元の道に戻る際、近道になるからと草原を突っ切り、この有り様だ。
遠目に確認した限りでは、種を統べる者――ゴブリンロードの姿は見当たらなかった。とはいえ、統率の取れた陣形や攻め方を前にしては、後方辺りで指揮を取っていても不思議ではない。
ホブゴブリンの他にも上位種のゴブリンファイターもチラホラといるし、有り得なくはないだろう。
「ルノ、代わってくれ」
「ふあっ、は、はいっ」
慌てて、ルノが御者台に腰を下ろす。
「とにかく全力で走らせてくれ」
「わっ、分かりました!!」
見たところ、前方に魔物の姿や障害物の類いは存在しない。
この状態ならば、後方の駆除作業に顔を出しても影響はない。
「待たせたな」
「ふえぇっ、やっときてくれたんですか~っ! もうそろそろ限界ですよぉ! 乙女が必死になってる姿なんて見せるもんじゃないですう~っ!!」
「もう一踏ん張りだ、頑張ってくれ」
「ひぎいっ! アルガさん鬼畜すぎますぅぅぅっ!!」
ホルンの剣は背に携えたまま、大振りの片手剣を左手に持ち、右手で皮筒の蓋を開ける。コルンの町を発ってから、既に六日が過ぎている。投擲専用武器――鉄の棒の本数を減らしたくはなかったが、魔物の群れを前に勿体ぶってなどいられない。思う存分、使わせてもらおう。
標的はゴブリンではなく、獣の方だ。移動手段を失ってしまえば、ゴブリンの足では馬車についてくることは出来ないからな。
「近づいてきた奴から仕留めるぞ」
「ふえっ、その前に魔力の補充のお時間ですう!」
横を確認すると、ミールが可愛らしい形の小瓶を手にしていた。
「魔力回復薬(ポーション)か」
「ですぅ!」
魔法を扱う者は馬車に乗る予定ではなかったから、その手の道具は積んでいない。つまり、ミールが持参したものということだ。
口では何とでも言えるが、案外こうなることを見越していたのかもしれないな。
「ぷはあっ! アルガさん~、これ結構高いんですからねえ? あとで代金請求しますよぉ!!」
グチグチ言いながらも、ミールは魔力回復薬(ポーション)を一気飲みする。時間差はあるだろうが、確実に魔力を得ることが出来るだろう。
「宛名は冒険者組合で頼む」
火の玉が放たれるところをのんびりと眺めていたいところだが、残念ながら余裕はない。
「ミール、広範囲型の魔法は扱えるか」
「できますけどぉっ、でも詠唱に時間掛かりますよぉ!」
「十分だ。俺が時間を稼ぐから始めてくれ」
「ふええぇっ、人使いが荒いゲス野郎ですうぅぅ~!!」
詠唱に時間が掛かるとのことだが、その間は俺が魔物の相手をすればいいだけの話だ。
「さあ、どこからでもこい」
ミールの魔法による攻撃が中断され、ゴブリン達の勢いが増す。馬車の後方から追いかける奴らを筆頭に、左右へと回り込み、隙を窺う部隊に別れている。
直線上の敵は問題ない。問題は、左右の敵だ。近づかれる前に殺す。狙いは勿論、獣の方だ。跨がるゴブリンを倒しても獣が無事なら意味がないからな。
まずは右側の獣達に狙いを定め、鉄の棒を投擲する。。
「ギャンッ」
少しズレはしたが、鉄の棒は獣の胴体へと突き刺さる。苦痛に足が縺れた獣は、顔面から地に転がり込んでいく。と同時に、上に跨がるゴブリンが勢いよく放り出された。
左側も同じ要領で、鉄の棒を投げ付ける。今度は頭部に命中し、一撃で死へと誘うことに成功した。
「――っと。ここまで近づいていたか」
「ギギッ!!」
左右に気を取られていた。直線上を駆ける獣達が、あと少しで馬車に手が届く位置まで近づいていたが、むしろ好都合だ。
「死を与えよう」
距離が近いということは、剣の間合いでもある。
片手剣を軽く振り抜き、ホブゴブリンの首を跳ばす。頭部を失った胴体は、獣の上から地面に落ち、後続の獣達に踏み潰されていく。
「ガルルルッ!?」
「上を気にする余裕はないぞ?」
跨っていたはずのホブゴブリンが転げ落ちたことで、獣の意識が散漫になる。
俺を目前に余所見は厳禁だぞ。
「――ギャフッ!!」
腰を下げ、剣で突く。獣の目は驚愕に見開かれ、そのまま崩れ落ちていく。
「次は……」
「退いてくださぁぁぁいっ!!」
視線を彷徨わせ、次の獲物の位置を確認していると、横から声が掛かる。詠唱を終えたミールが両手を翳し、唇を震わせていた。火の玉を具現化した際の魔法陣と比べると、三倍ほどの大きさか。
「でかいな、それ」
「ご注文通りの品ですうううぅ!!」
馬車の後を追い掛ける魔物達を目掛け、描き出した魔法陣を行使する。
すると、大きな魔法陣から大量の水が具現化され、一気に噴き出す。
「お、おお……ッ」
思わぬ場所での水攻めに、獣達は足を取られて転がっていく。回避出来たものは皆無だ。水を噴き出すだけの魔法なので、直接的な殺傷力はないが、追い掛け回されることはなくなった。だが、
「ミール、水属性魔法も扱えるのか」
「ですうっ。パパが【水術師】なんで、ちょこちょこと教わったんですよぉ」
魔術師の家系か。魔力があるというのは羨ましい限りだ。
「何ならアルガさんにも教えてあげましょうかぁ? 例え出来るようにならなくても、指導料だけはしっかりといただきますけどぉ」
「遠慮しておく」
御者台に戻り、ルノの隣に腰掛ける。目の前に広がる景色を見るが、前方に魔物の姿は視認できない。しかし油断は禁物だ。足止めは出来たが、のんびりとしていては、すぐに追いつかれるだろう。
「アルガ様! エザの町に着けば、ワルドナ国の兵士様がいるはずです!」
「よし、このまま一気に進むぞ」
ルノの声に頷き、手綱を引き受ける。いざ、エザの町へ。
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