勇者の代わりに魔王討伐したら手柄を横取りされました

ひじり

【序章】魔城にて

 ――魔王の首を獲れ。

 聖銀の鎧兜に身を固め、戦場の端で指揮を執る勇者が、同じ防具を装備した騎士に命じる。

 至極単純な命だが、効果は絶大だ。聖銀の騎士は反応を示し、背に携えた剣を引き抜くと、一片の迷いなく地を駆け出した。

「殺す、殺す、殺す」

 彼の為に殺す。それが彼の願いだから。

 それは、己の意思で行動した訳ではない。この世に勇者として生まれ落ちた人物が、唯一無二の固有能力を行使した結果に過ぎない。抗う事の不可能な確定事項でしかなかった。

 故に、聖銀の騎士は一切の疑いを持たず、圧倒的強者――魔王と対峙した。

『余ヲ……討ツカ』

 混じり気のない黒の劫火に身を焦がす。

 強固な黒鱗を生やす八尾に叩き潰される。

 剛腕強打の連撃に全身の骨を歪み軋ませる。

 一瞬で死へと誘う毒牙に片腕をもぎ取られる。

 大翼が生み出す加減無き刃に身を切り刻まれる。

 何度も何度も何度も何度も、苦痛に顔を歪ませる。

 或いは抵抗せず、死した方が利口なのかもしれない。

 だが、それでも背を向けず、死と隣り合わせのやり取りに身を委ねる道を突き進んだ。何故ならば、

「――安心して、アルガ。貴方には私達がついているわ」

 聖銀の騎士には、信頼すべき仲間が存在する。

「私の魔力が尽きてしまおうとも、貴方の身を守ってみせる……ッ」

 僧侶服の女性が左右の手を重ね合わせると、白く輝く魔法陣が中空へと描き出された。すると、もぎ取られた片腕と聖銀の騎士の全身を包み込み、瞬時に癒し尽くす。だからだろうか。地に膝を折ろうとも、その度に聖銀の騎士は立ち上がり、義務と言わんばかりの勢いで折れた剣を振るい続ける。

『死スラ選ベヌ身ノ者ニ問オウ』

 矛となり、息の根を止めんと駆けずり回る。

 盾となり、朽ち果てようともその身を削る。

 だが、癒しの魔術では、蓄積した疲労を取り除くことは出来ない。日も昇らぬ魔城での死闘に、聖銀の騎士の手足は次第に鈍り、反応速度は著しく低下していた。

『何故ニ従ウ』

 喉を唸らせ音を響かす許可は得ていない。全ての権限は勇者の手の平の上にある。

 しかしながら、死闘の最中での問い掛けに、勇者が耳を傾けることは不可能だ。

 であれば、言葉を発するか否か……、聖銀の騎士は己の意思で決断しなければならない。

 そしてその答えは、音となり響く。

「……命じられた」

 故に続ける。だから殺す、と。

『クク……、解セヌトハ感ジヌカ』

 兜越しの声に反応し、更に音が響く。

『ナラバ余ガ、手向ケヲ与エントシヨウ』

 魔城の主の手元に歪な形の魔法陣が出現すると、どす黒い魔力を帯びた霧が噴き出していく。全てを終わらせるつもりであろうか、それは辺りを覆い始め、聖銀の騎士と仲間達の連携を崩し分断させる。しかしながら、魔城の主は見くびっていた。彼等の最後まで抗う意思を……。

「ぐあああッ」

 聖銀の騎士の背を押し出し、もう一人の仲間が身代わりとなる。

 魔城の主が描いた魔法陣は、仲間の片足と重なり合い、一瞬にして消し去った。

「ぐうううっ、受け取れっ、アルガッ! お前が討つんだ!!」

 だがそれでも声を絞り出す。仲間は激痛に耐えながらも己の剣を投げ、聖銀の騎士へと後を託す。

「――ッ!!」

 黒霧に隠された視界の中に、より黒く鮮明に輝く剣が姿を現した。柄を取り、魔城の主へと向き直る。魔王は強力な消滅魔術を行使した反動か、僅かに動作が鈍っていた。

 その隙を見逃さず、聖銀の騎士は持ち得る全ての力を腕に込めると、真っ直ぐに喉元を貫いた。

『グッ、……ガッ』

 存在の核となるもの――魔核が破壊されたのだろう。喉元の傷から吹き出す魔城の主の魔力に黒霧が掻き消える。聖銀の騎士の一突きにより、長きに亘る命の削り合いが今、終焉を迎えたのだ。

 では、次にすべきことは、ただ一つ。

 魔城の主の首を斬り落とし、命を出した勇者に捧げること。だがその時、

『――……』

 地に背を任せ、死を受け入れた魔城の主が、唇を震わせ、何事かを呟いた。

 と、聖銀の騎士の脳裏に、何故か不意に過去の出来事が映し出されていく。死闘の果てに、感慨に耽てしまったのか、それとも別の要因か。

「今のは……気のせいか」

 散漫な焦点を魔城の主へと戻す。魔力を失った硬い肉壁には風穴が作られていた。首を落とす準備は万端だ。しかし、

「よくやった。後は、この僕が引き受けよう」

 肩に手が置かれた。その手の主は、汚れの見当たらない綺麗な鎧兜を身に着けている。

「魔王よ、よく聞け! 【勇者】の紋章を持つ僕が、魔の時代に終焉を与えよう!!」

 勇者は、声も高らかに宣言する。

「……だから死ね、間抜けめ」

 続けて、ぼそりと呟く。

 頭部に狙いを定めた勇者は、聖銀の騎士の肩から手を放し、自ら手にした宝剣を振るう。すると、やけに呆気なく刎ねられ、頭部が地を転がっていく。 

「見たか、魔王よ! お前の首を獲ったのは、この僕だ!!」

 仲間達に言い聞かせるかのように、勇者は舌を動かす。

「さあ、僕の分身よ。転がった魔王の頭部を拾ってきてくれるかい」

「……俺が?」

 聞き返し、自らその行動に驚く。

 と同時に、聖銀の騎士は理解した。

「解放……か」

 魔城の主は、死の間際、確かに呟いていた。

 その言葉の意味を、聖銀の騎士はどのように解釈するべきなのか……。



『余ノ権限ニヨリ、予メ定メラレタ呪縛カラノ解放ヲ許可スル――……』

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