半年前

2019年10月10日。

今から約半年前、二人しかいないこじんまりとした部室で、何の脈絡もなしにこう言い放った。


「私たちも文化祭のステージの上、立ちたくない?」


「何もかも唐突だなお前は。」


「回りくどい話し方は苦手なの、知ってるでしょ?」


「そうかよ。」


こいつの口ぶりが現在と何も変わっていないことはさておき、文化祭といえば高校生の一大イベント。そのステージの上に立つともなれば、いくら颯といえど心惹かれるものがあったのだろう。


しかし、だ。



「この学校でのバンドライブなんて、前例がないのにどうするんだ?」



そう、俺たち二人が所属しているのは軽音部。颯が入学して間もないころに教室の隅で暇そうにしていた俺を連れ出して設立した、現在この学校で一番新しい部活である。


余談だが、俺が入部した理由は単純明白。かわいい女子(颯)に誘われたからだ。いや、俺の入部理由一行で終わるんだけど。スライスチーズもびっくりの薄っぺらい志望動機だわこれ。



「どうするも何も、私たちがルールを作ればいい話でしょ。むしろチャンスよ。初犯なら何でも許されるからやりたい放題よ。」



育ちの悪いガキみたいな考え方じゃねーか。そしたら来年以降は『またやったね、君ね?』とか言われる奴じゃないのこれ。



「とにかく、文化祭まであと二週間しかないんだからチョッパヤで進めないと間に合わない。春馬も手伝うでしょ?」


「なら、まず生徒会に承諾してもらわないとな。」



情けない話だが、俺は颯の命令なら大体聞いてしまう。ので、そこからの行動は早かった。


まず、この学校の生徒会に掛け合わなくてはならない。

この学校の文化祭は基本、生徒が全て決める。

出し物から日程から飲食店の販売許可まで、「自主性」を重んじる学校の方針だ。


「失礼します。生徒会の文化祭実行委員長のかたはいらっしゃいますでしょうか。」


「はい私です私!!今日はどうなさいました?」


「実は文化祭で軽音部の発表をしたくて…」



ちょっとテンション高めでポニーテールの女性がどうやら実行委員長のようだ。

一年生で、しかもこの学校の軽音部でライブをやるとは夢にも思わなかったらしく少し驚いていたようだが、こちらはあらかじめ資料作成をしていたため、あとは話を承諾してもらうだけの状態にしてある。

なのでとんとん拍子で話は進み、無事に可決された。



「承知しました。ではこちらに判を押させていただきますので…」


「ちょっといいかな?」


そう言って出てきたのは、すらっとした容姿をもつ青年。青みがかった髪に既定の紺色のブレザーとのマッチアップでいかにも好青年といった雰囲気を醸し出している。

そして、何を隠そうこの人こそがこの学校の生徒会長。生徒主体のこの学校においては間違いなくカーストの最上位に君臨する人物だ。


「どうされました?会長」


「今の話は聞いてたけど、今日から準備ってのはちょっと無理があるんじゃないかな?僕は中途半端になってしまうことは避けたいんだ。」


その反論に答えたのは颯だった。


「間に合わせます。現に資料にも予定は記載したじゃないですか。」


「あのね、予定なんてものは狂って当然なんだ。君はまだ1年生だろう?初めての文化祭ならば今後も時間はある。余裕をもって準備するといいよ。」



会長の言葉はある意味正しい。一年目だから大それたことはしないほうがいいと忠告するのは、会長でなくても言う人はいるかもしれない。


だが、この言葉が別の意味をはらんでいることを俺は知っていた。


この学校の生徒会長は大学からの評価が非常に高い。でも、大学は直接活動を見るわけじゃない。あくまで生徒会長というレッテルで評価しているにすぎないのだ。

つまり、極論何もしなくても安泰、という仕組みになっている。


仮に新しく始めたバンドのイベントがコケたとして、その責任は生徒会にも責任が及ぶ。だから現状維持にこだわろうとして実質的な中止を提案しているのだ。

しかし、そこは六郎木颯なので、


「でしたら完成したものを見せれば何も問題ないですね。可能な限り早く仕上げますのでよろしくお願いしますね、。」


なぜ颯は会長のことを名前で呼んだのだろうか。あのときそれを疑問に持てていれば、あんな後味の悪い結末にはならなかったのかもしれない。


当時の俺たちはそんなことはつゆ知らず、というかステージを作るので精いっぱいだった。


颯のつくった資料はさすが彼女というべきか、簡潔かつ分かりやすくまとめられていた。図を用いた道具の設置場所に、音響の調節マニュアル、挙句の果てには貸し出しの道具の使用権で先輩ともめた時の対処法まで書いてあった。


六郎木颯は基本何をやらせても優秀で、全国模試で総合一けたに入るほどの秀才。

もちろん、彼女が優秀というのは学力の高さだけで評価しているわけではない。

全体的に要領がいいのだ。だから部活動にどれだけ時間を費やそうが最低限の勉強で点数が取れてしまうし、短時間で資料を作ることだってできる。


その資料のおかげもあって、文化祭の3日前にはすべての作業が完了していた。

体育館ステージの両サイドにスピーカーが設置され、演奏器具のギターとドラムはすでにステージ上に設置されており、音量も体育館上の放送室で確認済み。

あとは会長にみてもらうだけ。


の、はずだった。


事件はクラスのホームルーム、一枚の配布プリントから始まった。

そして、それは颯がとしての終わりを意味していた。





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