魔王と勇者

はんぺん

決戦の日

 「とうとう追い詰めたぞ!魔王」

勇者は扉を開け、剣を取り、その矛先を暗闇に向けた。日光も当たらない、暗く淀んだその扉の先から、うごめく者が見えた。

 魔王だ。

「よくぞここまで来た。だが、お前の努力は水泡と帰す。ここで終わるか、私の元に仕えるか、どちらか選ぶと良い」

まるでその暗闇が囁くかの如く、魔王は落ち着き払い、淡々して喋っていた。

「ふざけるな!誰がお前なんかに仕えるものか…多くの町に火を放ち、そしてまた多くの人をさらったお前を、俺は許さない!」

情熱的に感情を露にした勇者は、剣を振りかざし、そのまま闇の中へ消えていった。


 勇者はその闇の中心で光の魔法を出す。辺りは光に溢れ、ようやくその玉座の間の全貌が見えた。魔王は、勇者のすぐ後ろにいた。異常な程の体格に、二本の角。禍々しい体の色はいかにも魔族の王といった感じだった。勇者はそれに気付き、すかさず距離を離す。魔王は微笑したまま、話を続けた。

「まあ、落ち着けよ、勇者君。君は誤解をしているんだ。君は…そうだな、つまり人々の幸せが目的な訳だ」

勇者はゆっくりと頷く。

「じゃあ安心してくれ。人々に悪い事はしてないさ。それに町に火を放ったのは町民が全員居なくなったからだよ。ほら、私は何も害になることをしていない」

勇者は怒りに震え、魔王に斬り込むと共にこう叫んだ。

「黙れ!あの時取り残された子供の気持ちが分かるのか!親を失った子の気持ちが!」

魔王は服を少しも荒げず、また華麗に避け続けた。魔王は勇者をあしらいながら、思い出したかのように言った。

「ああ、子供が居たのかい?それは知らなかった。その子供に伝えてくれ、すぐお母さんお父さんに会えるとね。すぐ迎えに行くよ」

勇者は前よりにも増して攻撃が荒くなった。魔法もざっくばらんに打ち込み、剣もあらぬ方向に向かった。魔王はそれを哀れむように見るのみだった。

「勇者君。君にはやはり父の血が交じっているよ。無駄に歯向かって死に行った君の父にそっくりだ。二の舞になりたくないだろう?じゃあ証拠を見せてやらないといけないな」

魔王はまるでショーを見せるように、玉座の裏の、深紅色の幕を引いた。そこには無数の町民が、等しく楽しげに、働いていた。

「どうだね、みな幸せそうだろう?」

勇者はその光景を見て慄然とし、目をかっぴらいて言った。

「幸せ…?こんな物、洗脳じゃないか!そんなの、本物の幸せではない!」

「洗脳の何がいけないんだ?」

魔王は不思議そうに勇者を眺めた。

「じゃあ君は作られた幸せは無意味だと思うのかい?」

勇者が答える間もなく魔王は答えた。

「例えば演劇も、噂も、食べ物も、本も。全て誰かが作った物だ。それを見たり、聞いたり、食べたりして幸せを感じる。それは変なことかい?君はそんな人々を否定するのかい?」

勇者は血走った目で訴えた。

「お前のしている事は外道の行為だ!許される行為ではない!」

魔王は、すっかり正気を失ってしまった勇者を見て嘆き、こう言った。

「ああ、これは君の父よりも酷い信念だ。君の行動を振り返ってごらん。一方的に剣を私に振るい、攻撃を止めない。私は何もしていない。それを第三者が見たら、一体どう思うだろうね?」

勇者は剣を落とした。それは周りの町民が、勇者を軽蔑の目で見ていたからだ。救うべき民のブーイングと、蔑みの嵐を目の前に、勇者は絶望するしかなかった。

「やれやれ。だからこの世は君一人が救うべきでは無いんです。この世界の人全てを救うと言う事は、全ての人を信用していないと言う事になり得るのですよ」

勇者はその場に倒れ、魔王はそれを救うかのように手を差し伸べた。部屋に照らされた光は、皮肉にも彼らを美しく彩ったのだった。



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魔王と勇者 はんぺん @nerimono_2

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