第4話イクホとレン

「お先に失礼します」


そう言ってビニール袋に弁当2つを入れコンビニを出る。


「あ、古野さんお待ちしてました!」


出てすぐの所で茶髪のポニーテールの女性と合流する。

一緒に帰る様になってもう1週間ぐらい経とうとしていた。

最初は違和感しかなかったが、最近は慣れたもんで彼女との会話も少しするようになった。



「あ、そうそう!知ってますか!?今度ファミレスがオープンするらしいんですよ」


「へ〜そうなんだ」


「これなんですけど…」

そう言って河野さんは首にかけた小さめのバックから折り畳まれた紙を取り出す。


その紙を広げると先程河野さんが言っていたファミレスのオープンを知らせるチラシだった。


「あれ?ここってエアリーズの道路挟んだ向かい側の場所じゃん」


「そーなんですよ!すぐ近くなんです!」


そんな会話をしながらチラシを見てると俺はある文字に気を取られていた。


「なのでオープンしたら一緒に行きません?」


と言う言葉は俺の耳には入っていない。

何故ならチラシのバイト募集の欄を見ていたからだ。

バイト募集には女性スタッフ募集と書いてあり未経験でも大丈夫と書いてあった。

だが、俺が気になったのはそんなありきたりな文字じゃなく

その下の方に書いてある【ウチは女性だけの職場です】の一文が気になっていた。


「あの?聞いてます?古野さん?」

そう言われながら肩を{トントン}と叩かれる


「あ、ん?な、なに?」

いきなりの事で驚きを隠せないまま返事を返す。


「どうしたんですか?チラシを見て」


「いや、ここ女性だけの職場って書いてて…」


「あ〜!珍しくはないですよ。そう言うの増えてるみたいですよ?この辺では珍しいですけど…」


「女性だけって、店長とかも女性って事だよね?」


水無月育穂みなづきいくほって知ってます?その人が関わってるみたいですよ」



水無月育穂と言えば流石の俺も知っている。

水無月は色んな事業を成功させてる人の名前で、水無月育穂はその人の一人娘だ。

女社長で、父親とは違う道の事業を成功させてる。

50だが60だがの年齢なのに見た目が若くて美魔女の走りと言われてる。


「確か女性物を中心とした事業を行なってる人だよね?」


「はい!服のブランドやコスメ系もやってますし美食として体に良い料理を世に出したのも水無月育穂さんですね!それらは育穂商品と呼ばれ世の女性達に支持されてますね!」


「そんな人のファミレスが、ここに出来るの?」


「噂だとこの辺に住んでるみたいですよ?」


「えっ!?そーなの!?」


「あくまでも噂ですけど…」


「そっか…それならなのかな…」


そんな会話をしていると、いつもの分かれ道に辿り着いた。


「もし良かったらこのチラシくれない?」


「それは全然良いですけど…」


「ありがとう!じゃ、また明日!」

そう言って手を振り俺は駆け足で家に帰る。



「姉さん姉さん!」


家に帰ると姉さんを呼びながら{バタバタ}と姉さんの部屋に行く。

すると部屋に入った瞬間、俺の目に下着姿の女性が映り込んでくる


「きゃあああ!!」

俺に気付くとその女性は叫び服で体を隠した。


「ご、ごめん!!」

俺は慌てて姉さんの部屋を出る。



ドクンドクン

心臓が飛び出しそうなぐらい脈を打つ。

ね、姉さんが着替えていた…。

あ、姉貴だぞ…お、落ち着け俺!実の姉の下着姿なんかにドキドキするな!!


心を落ち着かせようと椅子に座る。

心頭滅却心頭滅却。

姉さんの下着、学生の頃から変わって無いはずだよな??


えっ?学生の頃からあんな紐の下着持ってたの!?な、なんで??彼氏の趣味とか?いや、でも姉さんに彼氏は居なかった筈だ。

俺が知らないだけで居たのか??


って!そんな事どーでも良いんだよ!!

と、自分にツッコミを入れる。


{ガチャ}

「いきなり入ってこないでよ!」

姉さんの部屋が開くと同時に怒りの篭った姉さんの声が聞こえてきた。


「ご、ごめん!まさか着替えてるとは思わなくて」


「それで?何か用だったんじゃないの?」


「あっ!そうだった!これなんだけど……」

先程河野さんから貰ったチラシを姉さんに渡す。


姉さんは、折り曲げられたチラシを広げてじっくりと中を見ている。


「ここなら社会復帰し易いんじゃないかと思うんだけど…」


そう言ってみても姉さんはチラシを見ていて返事はない。


「あ、でも無理なら良いんだよ?」

と、フォローを入れておく。


それからお互い無言のまま時間が経った。

何秒か何分かは分からないが、俺には凄く凄く長く感じた。


「ここって家から近いね」


チラシを見終わった姉さんが一言そう言った。


「俺のバイト先のコンビニの目の前なんだよ」


「へ〜そうなんだ?」


「オープンは2週間後!それまでにリハビリ頑張って体力戻そう!って考えなんだけど…どうかな?」


「そーね…。でも体力ならだいぶ戻ってるわよ?8時間働けるかは、やってみないと分からないけど…」


「きっとオープン初日は、めちゃくちゃ忙しくなると思う。それ考えたら来年とかでも良いと思うんだよな〜」


「でも受かるかどうかも分からないでしょ?それに忙しい時期を経験してた方が絶対良いと思うわ」


思ったより前向きな姉さんに驚く。

でも確かに姉さんの言う事は正しい。

忙しい時期を経験する事は絶対に必要だ。

しかし俺が心配なのは、姉さんの体力だ。

本人は大丈夫と言うが、それはいつでも休める環境を前提にしている。でも仕事は、そんなしょっちゅう休めない…その事分かってるのか??


チラッと姉さんを見ると真剣な眼差しをしていた。

強い覚悟を感じた俺は

「明日面接行こうか?」

と、姉さんを信じる事にした。



「私、電話するよ」

そう言ってチラシを持って部屋に行こうとする姉さん


「携帯なら俺の使って!どうせ姉さんの充電切れてるでしょ?」

そう言って携帯を渡す


「あはは…そうだったね」



そうして姉さんは部屋に戻った。


姉さんが仕事か…ここは時給も良いから俺より稼いでくれて助かるけど、本当に大丈夫かな?

いやいや、信じるんだ!姉さんなら大丈夫!!!上手くやってくれるさ。


後は道を教えるだけか…。

ここから10分ぐらいかな?もう少しかかるか??

そんな事を考えていたら{ガチャ}っと姉さんの部屋の扉を開く。


「はい携帯」


「どうだった?」


携帯を返してもらいながら質問した。


「明日の2時に面接来てほしいって…」


「そ、そか!じゃあ履歴書書かないとね!」


「ううん、履歴書は要らないって」


「え?何で?」


「履歴書は一種のハラスメントになるらしくて、例えば学歴ハラスメントとか?それで社長?オーナー?の意向で履歴書は必要ないんだって!」


なるほど…確かにどんだけ良い学校を出てようが仕事に対する情熱が無ければ意味がない。

水無月育穂みなづきいくほって最先端を行ってるんだな…いや、むしろ俺達が古いだけか??



「じゃあ道は?分かる?」


「チラシに地図載ってるから多分大丈夫!」


「そか!15時に俺はバイト終わるから一緒に帰る?」


「うん!」



そんなこんなで時間が過ぎ、俺はバイトを終わろうとしていた。

「お先に失礼します」

てっきり店先に姉さんが居ると思ったけど、居る気配がない。


「まだ終わってないのかな…」


そんな独り言を呟いたら後ろの方から声が聞こえる。


「何が終わってないんですか?」


声の主を見ると小柄なバックを肩にかけた河野さんが立っていた。


まだ面接が終わってないとなると直接ファミレスに行った方が良いかな?

じゃあ、このまま河野さんとは別れよう。


「今日は予定があるから一緒に帰れそうにないや!ごめん!」


「いえいえ、予定があるならそちら優先ですよ」


「んじゃ、俺行くね」

そう言って手を振ってファミレスへと向かう。


そんな優兎ゆうとの後ろ姿を見送りながら

「ごめん…か…」

と、瑠千るちは呟く。

自分が勝手に古野さんに付いて行ってるだけなのに、いつの間にか一緒に帰るのが当たり前になっていたから

その一言が何となく嬉しく思った。



バイト先のエアリーズから大きな通路を挟んで目の前にあるとは言え、信号から渡る為に遠回りをする。

急がば回れとは言うが、これはこれでめんどくさいな。


信号を渡り右に真っ直ぐ行くと【close】と書かれた看板が置いてあり中は真っ暗だった。

建物は至って普通のファミレスと言う感じで、出来たばかりなので綺麗だ。


外から見える範囲では姉さんの姿は確認出来ない。

って事は中に居るのかな?なんて思って建物の裏に回る。

裏に回ると裏口があり、多分ここから入れるのかな?と思いドアノブを握る。


{ガチャ}とドアノブを下に下げ扉を引く。

そして中に入ろうとした時

「ここは関係者以外立ち入り禁止です」

と、背後から声が聞こえた。


俺は慌てて手を離し

「す、すいません!」

と謝り後ろを振り向く。


そこにはスーツ姿の綺麗な人が立っていた。


「アリアンロッドは男子禁制だけど何か用?」


綺麗な顔とは裏腹に冷たい態度で聞いてくる。

いや、でも彼女の態度は正しい。男子禁制の店に男が入ろうとしてるのだ警戒しない方がオカシイ。

なので俺は誤解を解く為に説明する。


「今日姉さんが面接に来てると思うんですけど…まだ終わってないみたいだから迎えに来たんですけど…」


「お姉さんの名前は?」


古野美帆乃ふるのみほのです」


そう告げると綺麗な顔の女性は何か考える様に手に顎を付けた。

数秒程経った時に

「分かった。着いてきな」

そう言って裏口へと招いてくれた。


裏口に入るとすぐ通路があり左右に扉がある。

それらを何個か過ぎて何番目かの扉のドアノブに手をかけ

「失礼します」

と、綺麗な顔の女性は扉を開ける。


俺も釣られて

「失礼します」

と言って部屋に入る。


「あられんちゃん来たのね」


部屋は、そこそこの広さで真ん中にテーブルが置いてあり何個か椅子があった。

その椅子に2人の女性が座っていて、1人は姉さんで、もう1人の人が口を開いた。


「客人の前でちゃん付けは良してください」

憐ちゃんと呼ばれた俺を案内した人は、照れ臭そうに言った。


「あれ?優兎ゆうと??何で?」

俺に気付いた姉さんが呼びかけてくる。


「遅いから見に来たんだよ」

そう返事を返す。


「あら?あなたは古野さんの弟さんかしら?」


状況から察するに姉さんの面接を担当してる面接官の人が俺に質問をした。


「はい。古野優兎ふるのゆうとです。」


「あら!礼儀正しいのね!私はこう言う者です」

そう言って名刺を渡される。


名刺には【水無月育穂】と名前が書いてあった。


「えっ!?水無月育穂!?」

俺は驚いて声に出してしまった。


昔雑誌か何かで見た事あったが、まさか本人を見る事になるとは思わず俺はかなり驚愕する。


「憐ちゃんは自己紹介した〜?」


「えーっと、古野美帆乃さん古野優兎さん以後お見知り置きを」

そう言って憐ちゃんと呼ばれた綺麗な人が俺と姉さんに名刺を渡してくる。


名刺には【社長秘書、霞憐かすみれん】と書かれていた。


「社長秘書!?」

またもや驚いて声を出してしまう。


たかが面接に社長と社長秘書??どうなってるんだ??

と言う俺の疑問を察したのか水無月社長が口を開いた。


「私ここのオープンの日来れないから、せめて面接には関わろうと思ってね〜」


な、なるほど…一応の納得はする。


「因みにそこの憐ちゃんは、ここのお店の店長のサポート係だから憐ちゃんは当日来てくれるわ」


「だからちゃん付けは…」

よっぽど恥ずかしいのか拒否反応を示す霞さん。


「あ、因みに古野美帆乃さん。合格ね。」


「えっ?…あ、ありがとうございます!」


姉さんが驚くのも無理がない。

さらっと合格発表をされたら誰だってそんな態度になる。


「結構さらっと決まるんですね?」


嫌味とかじゃなく、勿論合格は弟としても嬉しいし、でも幾ら何でもさらっとし過ぎだから霞さんにそんな事を言ってしまった。


「あぁ〜あの人いつもあんな感じ。でも確かなは持ってるから間違いはないよ」


「なるほど…随分信頼なさってるんですね」


「そりゃ私のだからね〜」

と、会話に入ってくる水無月社長。


って…

「息子!!?」

姉さんを見ると目を丸くして霞さんを見ていた。多分俺も同じ様に驚いていると思う。


「育穂さん!俺が男なのは内緒じゃなかった!!?」


「あぁ〜そうだった…てへ」

舌を出して可愛くポーズを取る。



「って事は男!?憐さん男なの!!?」


俺は思わず声を大にして言ってしまう。


「はぁ…」

そうため息をはいて

「そうだよ俺は男だよ。でも皆には内緒だからな!」

と、人差し指を口元に付ける



「そ、それに息子って!!?」

姉さんが更に質問をする。


「それは説明するのが面倒だからパスで」

と軽くあしらう。


「それより見て見て〜ここの制服これなんだけど可愛いでしょ〜」

と、携帯の画像を姉さんに見せる水無月社長。


「わっ!ほんとだ!可愛いですね」


まるで女子高生のようなノリで姉さんとキャッキャしてる。

これが水無月社長??なんか全然イメージと違うと言うか…

 女手一つで幾つもの会社を経営してきた人だからもっと厳しい人なのかと思ったけど

そんな事は無く、むしろかなり砕けた人の様だ。


そんな俺の考えが伝わったのか霞さんが、そっと告げる

「イメージと違っただろ?あれが育穂さんのリアルなんだよ」


「そーなんですね。」


「人前で砕けるのも珍しいんだけどね。よっぽど君達を気に入ったみたいだ」


「え?俺達を??」


「なんか色々話してたみたいだからな」


「そーなんですか…」


「育穂さん!そろそろ時間ですよ」


霞さんが、そう言うと水無月社長は渋々に話を切り上げ

「では、これで面接は終わりです」

と、面接が終わった事を告げた。


「詳しい事はまた電話します」

と、霞さんが続ける。


「「ありがとうございました」」

俺と姉さんはそう挨拶をして店を出る。



これが姉さんが社会復帰に一歩踏み込んだ時の話だ。

これから先、色んな事があると思う。

けど俺達キョウダイは一緒に乗り越えていけるはずだ。

だって、たった2人の家族だから―――





―――確かにその時は、そう思っていたんだ。












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