第3話イチジョウカエデ

「姉さん今日外出てみない?」


今日はバイトが休みなので姉さんの社会復帰に貢献しようと思った。

布団から起こし一緒に朝ごはんを食べてる時にそう切り出した。


姉さんは何か考えてるのか動かしていた箸を止め固まる。

流石に無理だったか?そう思い

「嫌なら良いんだけど…」

そうフォローを入れる。


沈黙が数秒続き『あぁ…駄目だ早計過ぎた』と後悔した時

{コクン}と姉さんの頭が動く。

俺は驚きのあまり


「えっ!?良いの!?」

と変な事を口走ってしまう。


優兎ゆうとと一緒なら…」


その一言が嬉しくて俺は、ついガッツポーズをしてしまう。


「じゃあさ!公園行こう!白金公園だっけ?ちょっと歩くけど良い公園があるんだよ!」



こうして俺と姉さんのお出かけが始まった。


「レジャーシート良し!弁当良し!飲み物良し!タオル良し!」

バッグの中身を確認しバッグをからう。


丁度その時{ガチャ}っと姉さんの部屋が開く。


「うん!姉さん凄く良いよ!」

長めのスカートに半袖を着て出てきた姉さんにそう言った。


この服は姉さんが学生の頃に着ていた服で今でも入るのはきっとあの頃よりやつれて痩せたからだろう。


「服も買わなきゃね」

そう言って俺は姉さんの手を握る


「よーし!出発だー!」



姉さんは思ったより歩く事が出来なかった。

そりゃそうだ約5年、まともに外出したのは叔母さんの家を出る時以来だ。

あの時も一緒にゆっくり歩いたっけ。


そう言えば昔、家族でお祭りに行った事があった。

まだ2人共小学生で、姉さんは良く母さんの真似をして俺を叱っていた。


あの時も俺がワガママを言って姉さんに叱られて

「もう!!、1人で帰る!」

と、不貞腐れたんだ。


祭り会場から家まではそう遠くなく子供1人でも帰れただろう。

しかし子供にとって"夜道"は、かなり怖かった。


意地になり1人で帰ると走り出したが、暗い道を歩いてると恐怖で後悔し始める。

なんで我慢出来なかったんだろう…そう自分を責める。

そんな時

「アレ?ここどこ??」

自分が迷子になった事に気付いた。


昼間とか明るい時に母さんと一緒に歩いてるから道は分かってると思った。

けど夜道だと道が分からなく記憶にある似たような道を行ってしまい見事に迷子になったのだ。


もう帰れないのかな…このまま死ぬのかな…そんなマイナスな思いが脳を支配し


「うぅぅ…うわぁぁぁん」

俺はその場で泣き出した。


人は誰も通らない道だったのか街灯も無く闇の中で一人ぼっちになった。

何秒泣いただろう?何分かな??分からない。

とにかく泣いた。


どうしようもなく泣いて泣いて。


誰も助けてくれないと諦めかけた時―――




「見つけた!!」


―――声が聞こえた。


声のする方を見るとそこには姉さんが居た。


「ほら、帰るよ」

そう言って姉さんは手を差し伸ばしてくれた。

俺はその手を握り{コクン}と頷き姉さんに引っ張りられ家まで帰った。



そんな昔の事を思い出し『ふふ』と笑みが溢れる。


「どうしたの?」

隣で俺の手を握ってる姉さんが聞いてきた。


「次は、ちゃんと俺が姉さんを導くからね」


―――あの日のように―――




「よし!休憩終わり!歩こうか?」


数分歩いて「疲れた」と姉さんが言ったので立ち止まって休憩をした。

そして数分休憩し再び歩き出す。


「もう少しで着くからね。」


家から目的の公園までは、そんなに距離はなく俺が普通に歩いて行けば20分ちょっとで着く。

しかし今携帯を見たら30分が過ぎようとしていた。


おぶって行こうとも考えた。

今の姉さんは、かなり軽いので簡単な事だ。

でもそれじゃ意味がないと辛そうな姉に鞭を打つ形で歩かせる。

本当にヤバかったらおぶるけど。



「はぁ…はぁ…」

姉さんは、かなり息を切らしていて少し歩いて立ち止まるを繰り返していた。


「ほら、見えてきたよ?もう少しだから頑張ろ!!」


最初は手を握っていたのに今は俺の肩にしがみついて歩いている。

もう少し…もう少しなんだ…けど、そのもう少しが長い。


ベンチまで5mもない。

けれど姉には1km…いや、それ以上に見えてるのかもしれない。


「ゆっくりで良いからね?」

俺の肩にしがみつく姉さんの腰に手を回し支える。


「はぁ…はぁ…」


一歩一歩をゆっくり確実に歩き、そしてやっとの思いでベンチに到着する。


「姉さん頑張ったね!」

汗だくの姉さんを持ってきたタオルで拭いてあげる。


{ゴクゴク}と姉さんは水分補給する。

一通り飲み終わると

「ユウト」

と呼ばれた。


「ん?どうした?」

汗を拭きながらそう返事を返す


「ありがとね」


「良いんだよ。一緒に頑張って行こ!」



一通り姉さんの汗を拭き終わり隣に座る。


「疲れただろ?帰りはバス乗る?」


「ううん」

姉さんは首を横に振った


「行き頑張ったから帰りはバスでも良いんだよ?」


「ユウトに甘えてられないから…」


「え?」


「私も早く社会に慣れないと駄目だから…」


「姉さん…」


「5年は長過ぎたよね?」


「そんな事ないよ。姉さんのペースで良いんだよ」


「ありがと」



爽やかな風が吹く。

俺と姉さんはお互い喋る事なく、それでも確かにお互いを感じながらベンチに座っていた。

公園には子供達の遊び声とその親達の話し声が響き渡り、野良猫も優雅な1日を過ごしている。


「良い天気だね〜」

そう言って俺は大きく伸びをする。


「もう6月だよ」


「今年も半分か〜早いね」


そんな他愛のない会話をしていると後ろから誰かが近付く気配がした。

しかし公園なんだから誰か来るだろうと無視していると


「もしかして美帆乃みほの??」


そう女性の声が聞こえてきた。

俺と姉さんはびっくりして振り返る。

するとそこには…


かえで…?」

姉さんが相手の名前を言った。


俺は楓と言う名前に心当たりがあった。

一条楓いちじょうかえで、姉さんの同級生で小学生からの親友。

ショートカットの女性で身長も高く口調も男っぽいので、良く男装をさせられてた。


よく言われていたのが、姉さんは姫で楓さんは姫を守るナイト。

その例えの様に姉さんに近付く男達は皆、楓さんに蹴散らされていた。



「やっぱりミホノだ!って事は隣は優兎ゆうとか!?」


「はい!久しぶりですカエデさん!」


そして5年ぶりに見る楓さんは、昔と変わらずショートカットで服装もジーパンにシャツとジャケットでボーイッシュな格好だ。



「カエデ!カエデ〜」

姉さんは、よっぽど嬉しかったのかベンチから立ち上がり楓さんに抱きつく。


「おぅおぅ、姫から抱き付かれるなんて光栄だな〜」


「だって嬉しいんだもん。」


「私だって嬉しいぞ〜」

そう言って姉さんの頭を{くしゃくしゃ}と撫で回す楓さん。



姉さんの笑った顔久々に見たな。

俺は2人の笑顔を微笑ましく感じるのだった。


「あ、そうだユウト!」


「は、はい!?」

急に呼びかけられ驚く。


「ジュース買いたいけど小銭が足りないからさ、ちょっと付き合えよ」


そう言いながら真剣な眼差しで楓さんは見つめてくる。

これは間違いなく『2人で話したい』と言うサインだ。


「分かりました!姉さんは座っててよ!」


「あ、うん分かった」



こうして階段を降りた先にある自販機へと歩き出す。

歩きながらジャケットのポッケに手を入れ

「やつれたな…」

と、楓さんは呟く。


「ずっと家に居たんで」


「ずっと!?5年間!?」


「はい…今日5年ぶりに外出させたんです」


「足は?確か両足刺されたって聞いてたけど?」


「奇跡的に両足共、回復したんですよ。傷跡も残ってなく今の科学力って凄いですよね」


「じゃあ体に傷は無いんだな?」


「そーですね…多分無いと思います」


「あるのは心の方か…これが1番厄介だぞ」


「ですね。男性恐怖症で俺以外の男とは話すのもヤバいです」


「あんな事されちゃ当たり前だっつの!」

そう言ってポッケから両手を出して{パチン}と拳をぶつける


「とにかくミホノの事は頼んだよ?」


「勿論!あの時何も出来なかったから、俺は…」

言葉を続けようとしたら目の前に拳が迫ってきたので驚いて口をつぐむ


「ばっか!贖罪でやんな!!ミホノはそんな事気にしちゃいねーよ!弟として!支えてやれ!!そこに理由を付けるな!」

右腕を伸ばしたまま楓さんは言う。


これは楓さんなりの励ましだと理解した。

俺はあの時何も出来なかった。

その事をずっとずっと気にして生きてきた。

だから姉さんのリハビリを手伝うのは贖罪だと思ってた。


でも罪を背負う必要は無いんだ。

姉さんの親友がそう言うのならそれは姉さんの言葉でもある。

勝手な解釈かも知れない。姉さんは許してないのかも知れない。

でも俺は、どこか救われた気持ちになった。


「ありがとうございます」


「おう!じゃあ私は行くよ」


「あ、もし良かったらまた姉さんと会ってくれませんか?」

『おう!分かった!』なんて言葉が返ってくると思ってた。でも実際返ってきたのは


「いや、もう会わないよ」

と言う冷たい言葉だった。


俺はその言葉に動揺して

「えっ?な、何でですか?」

と質問する。


すると楓さんは下を向き、どこか儚げな悲しそうな顔をしてポツリと言ったんだ。

「ミホノは眩しいんだよ…」


その言葉の意味が分からず再度質問しようとしたら

「んじゃ!元気でな!会えて嬉しかった!」

そう言って走り出した。



姉さんが眩しい…って言ったよな?どう言う意味だろ…

それにもう会わないってハッキリ聞こえた。

何でだ?考えても分からない。

とりあえず姉さんの所に戻る事にした。



「あれ?カエデは?」

俺だけが戻ってきた事を疑問に思って姉さんがそう言った。


「用事があるから帰るって…」


「そっか…。でもまた会えるよね?」

次いつ会えるのかワクワクと笑顔を見せる


「そーだね…」

俺は、姉さんに本当の事を言えなかった。


その後、俺と姉さんは持ってきた弁当を食べ帰路についた。

帰りも辛そうだったが、行きと比べると軽やかな足取りに見えたのは楓さんに会った効果かな??


楓さんが、何であんな事を言ったのか…その日は、その事で頭が一杯だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る