第2話カワノルチ

「それじゃ行ってくるよ」

姉さんにそう言って家を出る。


「おはようございます」

最低限の挨拶を店長にする。

それからすぐに

「おはようございます」

と同じシフトの女の子が店長に挨拶をする。


「ルチちゃんおはよ」

俺の挨拶は無視し女にだけ挨拶を返すクソ店長。

だが、まあ仲良くしたいとかも思わないし楽なので別に良い。


こうして始まりあっという間に15時になり

「お先に失礼します」

俺はバイトを終える。


ウチのコンビニは店長はアレだけど、弁当はめちゃくちゃ美味しい。

家から近いってのも勿論あるが、弁当の美味しさに惹かれここのバイトを選んだ。


いつものように賞味期限ギリギリの廃棄される弁当を二つ貰い帰路についた。

すると


古野ふるのさん待ってください〜」

と、女性の声に引き止められる。


「はぁ…はぁ…」

走って追いかけてきたのか茶髪のポニーテールをした女性は、俺のそばに来るや否や呼吸を整える


「えっと……」


「あっ!河野瑠千かわのるちです!」


「あ、そうそう河野さん。何か用?」


「用って訳じゃないんですけど…途中まで一緒に帰って良いですか?」


「別に良いけど…」



コンビニで働き出して約1年。

この人は俺と同じ日に働き出した言わば同期の様な人。

俺は誰とも仲良くするつもりがないからすぐに先輩や店長から距離を置かれたが、この河野さんは明るくてコミュ力も高いからすぐに先輩達と仲良くなっていた。


仕事上必要な会話はするが、プライベートな事は一切話さなかったし仲も良いとは思えない。

そんな感じなので今までこうして一緒に帰るなんて事は無かったんだが…



「私今年21歳になるんですよ。古野さんも同じですよね?」


「まあ、そうだね」


「ほら他の先輩達って30代だったりで歳上じゃないですか?だから同じ年齢の人が居て嬉しかったんですよ」


「そうなんだ」


「決して先輩達が嫌いって訳じゃないんですよ?でもやっぱり話してて合わないな〜って事があったりして…。あ、そうだ!古野さんって音楽とか聴きます?」


「いや?」


「じゃあ好きなドラマとかアニメとかは?」


「テレビは見ないかな」


「あっ!そうですよね!?今はテレビより動画配信サイト見ますよね?好きなクリエイターとか居ます?」


「いや、そう言うのも見ないかな…」


「えっとーーじゃあ、、、


「無理しなくて良いよ」

言葉を繋げようとした彼女にそう促す。


そのまま無言で歩く。

何秒経ったのか何分経ったのか分からないが、隣で一緒に歩いてた河野さんが立ち止まる。

それに合わせるように俺も立ち止まり後ろの河野さんに振り向く。



「…迷惑でしたか?」

下を向きそう小さな声で河野さんは言う。


「俺は誰とも仲良くするつもりないから。」


「何で…ですか?」


「他人を信用出来ないから…かな」


「そう…ですか……。」


「そう言う事だから」

そう言って歩き出そうと前を向いた時


「私はもっと古野さんと仲良くなりたいです!!せっかく同じ職場で働く仲間なんだからもう少し寄り添いたいです!」


「そう言う所が嫌なんだ。」

そして彼女を置いて歩き出す。

これでもう話しかけられる事はないだろう。

そう思ってたんだが……



次の日のバイト終わり

「古野さん!一緒に帰りましょう!」

何故かまた一緒に歩いていた。



「tubeNEOって言う動画配信サイトで動画を配信してる人達の事をネオエイターって言うんですよ。それでですねエフェクターって言うグループのネオエイターが居るんですけど、これがまた凄いんですよ」


昨日の事なんか無かったように河野さんは普通に会話をする。

俺は嫌われても良いとそんな気持ちで彼女を遠ざけたのに何でまた近付いてきたんだ??



「今まではドラマと言えばテレビでしか見れない物って認識だったと思うんですけど、エフェクターはtubeNEOでドラマを配信してるんですよ!これがまた完成度が高くて!エフェクターのメンバーは皆演技上手いしドラマのストーリーも面白いしで、今までドラマを書いてた脚本家達が危機感覚えてるとか言われてます!!」



に、しても昨日から思ってたが河野さんはよく喋る。

まあ相槌ぐらいで済むから楽で良いんだけど…



「エフェクターでオススメのドラマは舞い恋ですね!エフェクターのデビュー作なんですけど、これを素人が作ったの?!と必ず驚きます!!この次に見て欲しいのは、主転決しゅてきです!これを見てエフェクターの動画編集力の凄さを思い知りましたね!!」



…と、熱く語ってくれる彼女には悪いが、そろそろ本題にいこう。



「昨日の事…覚えてるよね?」

正直切り出し方は間違えたかも知れないが、俺はそう言って先程まで明るかった空気を重くした。


「覚えてますよ!古野さん誰とも仲良くしたくないんですよね?」


「だったらさぁ!?」


「はい。だから私が一方的に話します!それで気になる事があったら聞いてください!」

そう言って{ニコ}っと笑う。


その可愛らしい笑顔に{ドキ}っとしながらも冷静を装う。


「俺に構う時間があるなら違う事をした方が良いと思うよ」


「いえ、大丈夫です!私は一つ気付いた事があるんです!」


「気付いた事??」


「はい!古野さんは優しい方なんです!」


「俺が?」


「何だかんだ私の話を聞いてくれました!」


「それはただ聞き流してるだけだよ」


「いえいえ、隠そうとしてもダメです!古野さんは優しい方なんです!!本当は怖かったんです。昨日あんな風に言われて…もう話しかけるのやめようとも思いました」


「じゃあ何で??」


「分かりません。けど古野さんなら私の味方になってくれると思ったんです」



……ん?今なんて言った?

"味方"になってくれる??



「え?味方??それどう言う意味??」


そう聞くと河野さんは立ち止まる。


「今困った事が起きてるんです」

そう静かに語り出し肩にかけた小さめのバックから携帯を取り出す。

そしてある画面を見せてきた。


その画面は店長とのラインのやり取りで、誰がどう見てもセクハラをされていた。



「これって…」

そう言って彼女の顔を見る。


彼女は{コクン}と頷く。

「はい。セクハラです…」



「他の人には?」


「いえ、古野さんにしか言ってません」


「何で俺に?俺と君は仲良くないよね?」


「古野さんは良くも悪くも店長と距離を取ってるじゃないですか?店長だけじゃないですけど…。他の先輩達はやっぱり店長には逆らえないと言いますか…信用してないとかじゃ無いんですけど……」



つまり俺と違い他の人は店長と距離が近いからいざと言う時裏切られるんじゃないかと思った訳だ。

その点俺は、店長とは最低限の会話しかしないから店長側に着くと思えなかったって事か……


読みは正しいが、残念ながら俺は力になれない。


「そう言うめんどくさいの嫌なんだよね」


「ち、違うんです!古野さんにどうこうしてほしいとかそんなんじゃないんです!!」


「てか、警察行きな?としか言えない」


「はい、分かってます。これ以上酷くなるようなら警察に…とは思ってます…」


「これ以上…ね…」


ラインの内容は、今度2人で食事に行こうとか旅行に行こうとかそんな感じで毎晩電話もきてるみたいだった。

もうこの時点で相当酷いと思うが、これ以上酷くなったら犯罪になるんじゃないか?



「古野さんにお願いしたいのは、こうして一緒に帰ってくれるだけで良いんです。話すのが苦手なら私が一方的に話します!相槌を打つだけで構いません。……駄目ですか?」



「それだけなら別に構わないけど…」

それで問題が解決するとは思えないが、本人がそれで良いって言うなら良いんだろ…



「良かったぁ〜」

よっぽど嬉しかったのか安心からなのか彼女はそう言うと目元を指で拭う。

「えへへ、安心したらちょっと泣いちゃいました」

照れ笑いをしながら河野さんはそう言った。



安心…か。

そうか彼女は安心したかったのか。

彼女からしたら店長は敵だ。先輩達もそちら側に行く可能性がある。

そう思いながら仕事をするなんて気が休まらないだろうな。

もしかして触られたりとかもあったんかな?

でもどちらにせよ


「問題を先送りしてるだけじゃ解決はしないからね」

俺はそう念を押した。


「はい!色々と整理が付くまでは、お付き合いください!」



こうして俺達はまた歩き出す。


「ところで古野さんは、いつも弁当持って帰ってますよね?ウチの弁当ってそんなに美味しいんですか?」



……




え?今なんて言った??

ウチのコンビニ…エアリーズの弁当が美味しいのか?…だとぉ??


「河野さん!君はっ!エアリーズで働いてるのに弁当を食べた事がないのか!?」

{ガバ}っと隣の河野さんの肩を掴む


「は…はい…」


「もったいない!それは勿体ない!!エアリーズの代表作であるトンカツ弁当!!これは独自の弁当容器を開発したおかげで、いつでも衣がサクサク中はジュースィーなトンカツを食べられる!!それだけじゃないお米にも気を遣っていて、エアリーズのブランド米を使っているんだ!!この米と一緒にカツを食べる事で、トンカツの脂を吸収してくれるからヘルシーな物になる」


{ガサガサ}と肩を揺らし俺は熱弁する


「トンカツだけじゃない!オムライスは革命的だ!!今までコンビニやスーパーのオムライスなんて時間経過の壁でフワフワ卵は無理と言われていた!!しかぁし!!最新の技術力を利用して作ってるウチのオムライスは、いつでもフワフワの卵が食べられるんだ!!」


「あ、あの!あの!!」

肩を揺られながら河野さんは俺の背中を{ポンポン}と叩く


「パスタにも注目だ!!このパスタは……って…あっ…」

背中を叩かれ俺は我に帰る。

河野さんの女性らしい細い肩を掴み挙句に思いっきり揺らしながら熱弁していた自分が恥ずかしい。


「ご、ごめん」

すぐさま手を離し距離を取る


てっきり怒られると思ったが

「ふ…ふふ。アハハハ」

{カラカラ}と河野さんは笑い出した。


何で彼女が笑い出したのか分からず俺はその場に立ち尽くす事しか出来なかった。

そんな俺を見て落ち着いたのか目元を指で拭いながら河野さんは言った。


「あの古野さんが弁当の事を熱く語ってるのが面白くて。ふふふ」


「そ、そんなに面白かった?」


「そりゃもう!でも嬉しいです!古野さんの意外な一面が見れて」


「ご、ごめん」

恥ずかしさのあまり顔が火照る


「じゃ、私こっちなんで!」

そう言って彼女は二つの分かれ道の右の方に駆け足で行く。


少し進んで、そのまま{クル}っとこちらを向き両手を腰に付け上半身を少し前屈みにしながら


「きっと弁当ぐちゃぐちゃですね」

そう言ってイタズラな笑みをして右手を振り走って去って行った。


弁当…。あ、そうか弁当の入った袋を持ったまま河野さんの肩を揺らしたから…。

{ガサ}っと袋の中を見ると案の定弁当はぐちゃぐちゃになっていた。


「嵐のような人だな」

そうポツリと彼女の印象を呟いた。

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