終章 あの日


 いつもそう。

 理由のない、理不尽に殺された霊は、俺が見える人間だとわかると何度も訴えてくる。


 どうして、なんで、どうして、どうして殺されたのか。どうして、どうして、どうして自分なのか……と、その答えを俺に求めてくる。

 そんなこと知らないよと言っても、理由を求めて、何度も何度も俺に語りかけてくる。


 そういう悲痛な念いに同調してしまうのは、俺が弱いからなのだろうか……

 自分の意思とは関係なく流れる涙を、堪えるのが本当に大変で、何度経験してもなれないこの感覚は、きっと、誰にも理解されないだろう。

 こみ上げる憎悪は霊が感じているものなのか、自分が感じているのかわからない。

 喉が締め付けられるように熱くなり、気を抜けば吐きそうになる。


 取り返しのつかないことが起きる前に、止めなければ。

 まだ、あの子が俺の言葉を、理解できるうちに……




 ▼ ▼ ▼



「これは……一体どういうことですかねぇ? 撮影はどうしたんです?」


 午後からの撮影場所が変更になったと、龍雲斎に連絡が入ったのは当日の朝だった。

 午前中の雑誌取材を終えて、迎えに来たスタッフに連れられ、変更場所に来てみれば、そこには撮影クルーは一人もいない。

 カメラもマイクもなく、これからテレビの撮影が始まるようには思えない状況だった。


 ほとりの森公園の池の前。

 舗装された柵の前に、共演者の占い師である友野と強面のスーツの男、その側には若い妙に綺麗な女の子と、同い年くらいの男。


「すみません。こうでもしないと、あなたはここには来ないと思いましたので……————」


 友野はどこか遠くを見るような目で、龍雲斎を見つめると、指差して言った。


「龍雲斎さん、あなたは、霊能力者なんですよね?」

「なんです、いきなり? 当たり前でしょう……」

「では、それは見えているのですか?」

「……それ?」


 龍雲斎は友野が指差した方を見るが、特に何もない。

 振り返っても、ただ公園の遊具が遠くに見えるだけだ。


「なんのことです?」

「見えないんですね、やっぱり」

「は?」


 この若い占い師は一体何を言い出すのかと、龍雲斎は訳が分からず眉間にシワを寄せる。

 青二才の分際で、一流の霊能力者である自分をバカにするような態度を取られていると感じた。

 サングラスで隠してはいるが、昔の血が騒ぎ、ついつい目つきが変わってしまうのを、必死でこらえながら龍雲斎は無理やり笑顔を作った。


「どういうことです? ちゃんと説明してください……一体、この龍雲斎に何が見えないというのです?」


 友野は、深いため息をついてうなだれると、もう一度、龍雲斎が見えないというそれを指差して、風に揺れる葉音にかき消されないように大きな声ではっきりと告げる。


「あなたが殺した、女性の姿ですよ。左目に、大きな泣きぼくろのある……この池で溺死した、女性の霊です」


 龍雲斎が見開いた目は、サングラスで隠れて見えない。

 無理やり上げた口角が、ピクリと動いた。


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